第5節「霊能力者と超能力者/その4」
一見、なんの変哲もない普通のマンション。
周囲は、まるでアニメやドラマにご都合主義的によくある人払いの術という術を施したかのように空き地がぽつぽつと目立つ。
そんな場所に先輩がお世話になっているという人はいた。
見上げる三階のガラス窓には『御蔭堂』と書かれた看板が出ている……ってか、あんな看板じゃ、いったい何の会社かわからない気がするんだが。
しかし、中に入って出会った当人はそんなことを気にするような人じゃなかった。
「おかえり」
一室まるまる事務所なのか、事務机が並べられている。その一角に応接用と思われるソファがあって、その上で1人の男がダラリと週刊誌を読みふけっていた。
長身で長髪。うっすらと無精ひげを生やし、ボサボサの髪を後頭部の首元で縛り付けている。
さらに仕事という雰囲気がまったくしないサングラスにジャージという出で立ち。
(この人、ホントに霊能力者なの……?)
そんな風に思わされる人が美百合先輩の紹介したい相手らしい。
俺の印象とは無関係に先輩が語り始めた。
「この会社の代表を務めてる普賢大介さん。名字は違うけど、優ちゃんのお兄さんよ」
「はじめまして」
「ああ、話は聞いてる。俺は普賢大介だ……大介でいい。どこかのマグナム使いと名前が似てるのは偶然だ」
「そういえば、そうですね」
「まあそんなことはどうでもいい――で、オマエは超能力が使えるんだって?」
「あ、はい……。触れたモノから過去の記憶や人の思念を読み取るサイコメトリーです」
「ふぅ~ん、なるほど。それで美百合はその力を使って物霊を捕まえようってワケか」
「そうらしいです。自分じゃあどういう風にお役立ちできるかわかりませんが……」
「いいんじゃねえの? 役に立とうが、立つまいが、俺には関係ないしな――とりあえず、話はわかったぜ」
「え? そんなにあっさりと認めてくれるんですか?」
「だから、俺には関係ないからな」
「は、はぁ……」
おもわず呆気にとられちまった。
というか、なんだか妙に冷たい。自分を慕っている又従姉妹が一人前になろうと打開策として俺を連れてきたというのに、なんか認め方もあしらい方もぞんざいすぎじゃないか。
俺自身の扱いについてはどうでもいい。
でも、美百合先輩の提案に対して、まったく関心がないみたいに言い方をするのはいったい何なんだ? ぶっちゃけ腹が立つぜ。
そのことを抗議しようと一歩前に歩み出る――が、突如横にいた先輩が「やった」と言って手を叩いた。
しかも、よく見るとスゴく喜んでる。
そんな姿を見せられたら、沸き上がった気持ちを引っ込めざるえなかった。
先輩がうれしそうに大介さんに聞き返す。
「ホントにいいのね?」
「ああ、構わねえよ」
「大ちゃんって、やっぱり話がわかる人ね」
「へいへい。まあ褒めてもらうのはうれしいけどな」
「あと右近君にお給金もあげてもらってもいいかな?」
「その辺のことはあとでやっておく」
なんて返答をしてる大介さん。
でも、週刊誌を読みながら、右手を振り上げて相槌を打っているだけなんだよなぁ~。かたや美百合先輩は全身で喜びを表しながら、楽しそうに会話をしているっていうのにさ。
スゲえ温度差があるように思えるし、適当にあしらわれているとしか思えないよ。俺が目の前であんな態度取られたら、声を荒げて抗議しているところだぜ。
でも、先輩は怒るどころか、適当な相槌にも真剣に向き合っている。それがどうしてなのか不思議でたまらなかった。
とっさに名前を呼ばれる。
俺が驚いて、おもわず「はい」と返事をかえした。
「どうしたの? 了解はもらったんだし、早速物霊を探しに行きましょうよ」
と、先輩にせかされる。
どうやら、考えているうちに話がまとまったらしい。俺は出て行こうとする先輩のあとを慌てて追いかけた。
そして、靴を履いてマンションの外へと出る。
ふと振り返ると、一緒に来たはずの天坂が付いてきていなかった。
「あの美百合先輩」
「どうしたの?」
「天坂は来ないんですか?」
「優ちゃんは私用があるみたいだから、今回は私たちだけよ」
「あ、そうなんですか」
そういうことなら仕方がない。
俺は美百合先輩と一緒にエレベーターで一階まで降りた。
でも、その道中。どうしても、先輩と大介さんとのやりとりが気になって、おもわず思いの丈をぶちまけてしまった。
「どうして、あんなのに平気でいられるんですか?」
「なにが?」
「大介さんの反応ですよ。歓迎するなり、反対するなり、それなりの反応があってもいいじゃないですか。けど、先輩はそのことを怒りもしない」
「ああ、そのことね」
「もしかして、わざとなんですか?」
「まあね……。ある意味、大ちゃんは私が霊能力者になることには反対だから……」
「それって、どういう意味ですか?」
「私って、あんまり霊能力者に向いてないんだって」
「向いてない? 先輩が……?」
「うん、そう……。だから、大ちゃんは冷たいの。それになんかさ、私は単純に霊感があるだけみたいなのよ。優ちゃんみたいに特別何かを使役するような力とかはないの」
「それじゃあ先輩は……」
そう言いかけて辞めた。
それ以上言ったら、先輩の霊能力者としての存在を否定しかねなかったからだ。
もちろん、俺はそんなことをこれっぽっちも望んじゃいない。少なくとも、先輩は超能力という力を認めてくれた数少ない人だ。
「それでもいいの……それでもね、私頑張りたいから!」
振り返って笑う先輩の顔はぎこちなかった。
出会って何度も見た笑顔の中でも異質な表情。
どうして無理を通そうとするのか、俺にはよくわからなかった。少なくとも、先輩は見た目も中身もカワイくて、男子にモテモテで何一つ欠けてはいない。
そんな先輩が霊能力にこだわっている。
そこになんの意味があるのか?
ふと先輩に出会ったときにサイコメトリーが見せた記憶の断片を思い出す。
泣きながら母親に謝る小さな女の子――
あれはもしかして美百合先輩だったんじゃないだろうか? そう考えると先輩が霊能力にこだわっている理由もそこにあるのかもしれないよな。
俺は沸き立った疑問をしまい込み、楽しげに先を急ぐ先輩の背中を追った。