第4節「霊能力者と超能力者/その2」(14/09/28修正)
上級生のクラスに行くときって、妙な緊張感を覚える……なぜかって? そりゃあ親しければ親しいほど、他の人の反応が気になっちゃったりするからだろ。
特に異性の上級生――
部活や学校行事で一緒になって、どうしても聞いておかなければならないことや一緒に活動しなければならない行事なんかで呼びに行った日には、事情を知らないそのクラスの女子から「もしかして告白?」なんて勘違いされちまってたりするかもしれないじゃん。
……いや、まあそれはそれでアリなんだけどさ。
ある日の中休み。
俺は三年のクラスに顔を出した。
前述の通り、先輩を呼んでもらおうと思って、教室の後方の扉付近の席で話し込んでいた女の子集団の一人に声を掛けたんだ。
「あの、このクラスに清原美百合さんっています?」
「清原さん? ちょっと待って」
「お願いします」
と頼み込むと、その人は教室の奥に向かって先輩の名前を叫んだ。
当然、すぐに「はーい」という反応が返ってくる。
俺がその方向に目を向けると、教壇のそばにいた髪の長い女の子がこちらに向かって、笑顔で手を振っていた――それは紛れもなく美百合先輩だった。
それから、先輩は縦列に並ぶ机の間を縫ってやってきた。
「あれ? 君って、誰だっけ……?」
と美百合先輩がとぼけたようなことを言う。
それに対して、俺は瞬間的に首をかしげた。
だって、そんなバカな話があるわけないじゃない? この前のことは、1ヶ月も、2ヶ月も前の忘れるような話なんかじゃないんだぜ。
だから、俺は確かめるように自分の言ってみせた。
「一年の邑神です。先日はありがとうございました」
「あっ、思い出した! 確か邑神右近君だったわね!」
「……俺って、そんなに印象残りませんか?」
「違うわよ、忘れてなんかいないわよ。ただ一瞬、君のこと思い出せなかっただけ」
「それを忘れたって言うんじゃ……?」
「細かいことは気にしないの――それで私になにか用事?」
「ええ、えっと……」
と言いながら、ポケットに手を突っ込む。
そして、俺は中にあった水色の花柄模様の付いた布を取り出した。
掴んだのは、美百合先輩から「あげる」と言われて手渡されたハンカチだ。男として先輩みたいなカワイイ女の子からハンカチをもらえることはうれしい。
だけど、これはあのとき傷の手当てをするのに借りたモノ。名残惜しいけど、きちんと返さないと気が引けるしね……嗚呼さらば、我がオカズ。
それから、俺は美百合先輩の前にスッと差し出した。
「これを返そうと思って来たんです」
「えっ、別に良かったのに……」
「そういうわけにはいきませんよ。それと、あのときは本当にありがとうございました」
「別にいいのにぃ~」
「とはいえ、それでは俺の気持ちが収まりませんよ。ですから、今日はこうして御礼に伺ったんです」
「右近君って、お堅いのね」
「いえ、こういうのは筋を通さないと行けませんから」
「もうっ、案外律儀なんだからぁ~」
「よく言われます」
「あのさ、ここじゃ話しづらいから屋上に行かない?」
「……え?」
そう言われ、周囲を見回す。すると、突き刺さるようないくつもの視線がこちらに向けられている事に気付かされた。
特に男子の先輩たち……。
教室からも、廊下側からも、俺が先輩と話しているだけで、見ていないようなフリをしながら睨んできている。それがたくさんの猛獣がいる檻の中に入れられたみたいな感覚で、とっさに背筋が凍り付いた。
それだけ美百合先輩は人気があるんだろうなぁ~。事前にクラスのヤツに聞いた話じゃ、美百合先輩は校内でも五本の指に入る美少女として有名らしい。
さらに言えば、絡まれたヤツはちょっとしたエロいことをしてもらえる……そりゃ恨みたくもなるか。
俺は苦笑いを浮かべ、美百合先輩に提案に同意することにした。
「わ、わかりました。じゃあ移動しましょうか」
俺はすぐさま美百合先輩の跡を追いかけ、屋上へと移動することにした。
だけど、その間。
怒れる男子という名の獣たちの鋭い眼光は俺に向けられ続けた……こりゃあ、きっとクラスに帰っても噂になってるんだろうなぁ~。
しかも、グチグチ言われるような展開が待っているに違いない。
俺はそのことを悲観的に思いながらも、屋上へ向かう階段を美百合先輩と一緒に上がった。
そして、屋上にたどり着くやいなや。
突然、向かい合った美百合先輩が俺の顔を「えいっ」と言って、両手で挟んできた。無論、そんな思わぬ行動には戸惑ったさ。まるで人間サンドイッチにみたいで、ちょっとヘンな気分。
でも、まあ先輩の手が柔らかくて温かったからよしとしよう。
「あ、あの先輩?」
「じぃぃ~」
「そんなに見つめられると恥ずかしいんですが……」
「右近君ってさ」
「はい?」
「結構カワイイよね?」
ニッパリとした笑顔を差し向けられる。
あまりに唐突な先輩の言葉に「なに言ってるんだ、この人は」と思いつつも、俺の顔はいつのまにか熱を帯びて火照っていた。
……っていうか、カワイイってなに? 俺ってそんなカワイイって思われる要素あったっけ?
おもわず考え込む。
それから、恥ずかしさをこらえながらも先輩に言ってみせた。
「な、なに言ってるんですかっ!」
「カワイイ~ッ」
「からかわないでください」
「からかってないわよ、ホントのことよ?」
「それはそれでうれしいですが、男に対して言うことじゃないと思います」
「そうかなぁ~?」
「そうですよ」
「でも、そんなの別にいいじゃない」
駄目だ、先輩はまったく取り合ってくれない。それどろこか、「この前の続きする?」と言って、からかって身体を蛇みたいに絡めてくる。まるでホントに食べられちゃうんじゃないかという勢いだ……うん、完全に遊ばれてるね。
直後、正面から先輩に抱きつかれる。
……というか、近い、近い! 嗚呼、でもさわやかなシャンプーのいい匂いがするのは凄くいいなぁ~じゃなくて、学校でこんなことしていいのか!?
これも聞いた話だが、先輩は他の生徒もこういう事されてるらしい。ホント好奇心旺盛というべきか、肉食系というべきなのか。
明らかに無防備すぎる――逆に先輩が襲われちゃうんじゃないかって心配になるよ。
だが、先輩はそんなことお構いなし。下からのぞき込むように俺の顔を見ながら話しかけてきた。
「ねえ、なにされたい? 右近君はカワイイから特別になにでもしてあげるよ」
そんなこと言われたら、ホント「どうにでもなれ」なんて思ってしまうじゃん。それにここでワイセツなことをするなんてマズいだろ。
停学もいいところだ。先日は色々と勢いで押し倒しそうになったが、今日は理性が働いているし、なんとかなりそう。
どうにか先輩の誘惑に勝たなくては……。
俺は沸き上がる欲望をグッと抑え、先輩に疑問を呈した。
「そんなことして、先輩は俺にどうさせたいんですか?」
「どうって?」
「自分に従わさせたいとか、惚れさせたいとか、そう言う気持ちがあって――」
「ううん、別にないよ」
「へ?」
「だって、男の子はこういうの好きでしょ?」
「……す、好きでしょって……そんなのは合意の上で……」
「うーん、やっぱり右近君にしてあげるなら……」
……話を聞いてないし。
とかなんとか言ってたら、美百合先輩が舌を首筋に這わせてきた。たちまちゾクゾクッとする快感が襲ってくる。
「ヒッ!」
俺はあまりの強い刺激におもわず飛び跳ねそうになった。
でも、そこはさすが先輩。
がっちりと体重を乗せて、完全に押さえ込んでいる。
あまつさえ、胸まで当たって理性が一気に吹き飛びそうだっていうのに……。
だからと言って、負けちゃダメだぞ俺っ! 先輩のエロい攻撃には耐えなきゃ行けないんだ!
自分にそう言い聞かせ、やせ我慢のようなことを言ってみせる。
「そ、そんなことしても無駄ですよ?」
こうでも言わないと、根こそぎ理性を持って行かれちゃうからなぁ~。だけど、この頑張りいつまで続ければいいワケ?
うれしい反面、理解の範疇を超える性的行動にさすがの俺でも理性を保てそうにない。
その意味で、俺は自分を律して先輩の魔の手から逃れることにした。
「じゃあ俺はそろそろ……」
「えいっ!」
「ひぎぃぃぃぃ~~ッ!」
と思ったら、服越しに乳首をつねられて逃げ損なった。
……パトラッシュ。ボク、もう吹っ切れそうだよ。
先輩の責めが俺の理性を陵駕しようとしている。
とっさに「これはもう危ういな」と思い、急いで先輩の腕を振り解く。そして、十メートル距離を置いたあたりで、なぜか男の俺が上半身を覆い隠すような仕草をしてみせた。
「や、やめてっ! これ以上、男の純情をもてあそばないで!」
あれ? これって逆じゃね? 普通、俺が責めて先輩が悶絶の末に「いや~ん」という展開だよね……んまあ、仕方ないか。だって、ホントに先輩って、遠慮がないんだもん。
とはいえ、俺がたじろぐような行為が終わるはずがないよなぁ~。それどころか、美百合先輩は終始ニヤニヤしている。
これは「次はなにしようかな」なんて企んでるっぽい。とにかく早くこの場から立ち去らないと……。
会話を続けつつも、ゆっくりと屋上の扉へと近付いていく。しかし、俺の目論見を察知したのか、美百合先輩がこちらに向かって歩み寄ってくる。
その姿はまるでヒロインを追い詰めた暴漢のよう……って、これもなんかヘンなんだけどね。
「もう、どうして逃げちゃうかなぁ~?」
「当たり前ですよ! 先輩はこんなことして最終的にあらぬ方向に行ったら、どうするつもりなんですか?」
「大丈夫よ」
「大丈夫って……。いったい先輩は一体なにを根拠にそんなこと言うんですか?」
「だって、私は右近君のこと信じてるし」
「なっ……!」
うわぁ~、この人最強かもしれない。
さりげなく相手が手出しできないような言葉でけん制してる。
しかも、顔をマジマジと見る限り、まったく自覚なし。
天然でそんなこと言われたら、誰だって責めようがないじゃないか。なのに、美百合先輩はいまも俺をもてあそんでいる。
ズルイにもほどがある。
まったく、責められるこっちの身にもなって欲しいモノよ。そう考えると、いままで誰かと一線を越えたという噂がないのは、案外こういう天然な性格のおかげかもしれないな。
はぁ~なんか厄介な人に絡まれちまった。
だけど、そのぶん美味しい目に遭ってるのは間違いないんだけどさ。本音を言えば、最後までやらせてもらえないのが居たたまれないよ。
とっさに先輩が「そうだ!」と声を上げる。
その一言は複雑な気持ちに戸惑う俺のことなど、最初から眼中にないみたいな一声だった。
……んまあ、この人にとってはそれが当たり前なのかもだけどさ。
俺は気持ちを押し込め、先輩に言葉を発した理由を訊ねた。
「どうかしました?」
「右近君さ、私の仕事を手伝ってみない?」
「えっ? 俺が先輩の仕事を……?」
「ええそう! 君って、サイコメトリーが使えるんでしょ?」
「そりゃたしかに使えますけど……。でも、この前も話しましたけど、俺はガキの頃にサイコメトリーのせいでイヤな思いをしたことがあるんです。だから、正直言ってもう使いたくないというのが本音です」
「もちろん、アナタの気持ちはわかるわ――実を言うと、子供の頃の私も霊能力が大嫌いだったの」
「先輩もですか?」
「……ええ。しょっちゅう幽霊を見る体験をしてて、そのことをみんなに話したこともあって気味悪がられてたの。そのせいで、友達もなかなかできなかったし、できたとしてもすぐに避けられるようなことがあったから」
「苦労してたんですね」
「だから、同じようなことで悩んでる君となら、一緒に悪霊退治できるんじゃないかとひらめいちゃったのよ」
「俺なんかとですか……?」
「なんかじゃないわ。君だからこそできるのよ」
「……そう言っていただけるのはありがたいんですが……」
「なにか不満?」
「い、いえ……。決してそういうわけじゃなくて」
たしかに先輩の提案は魅力的だ。そういう形で使えるのであれば、いままで億劫に思っていたこの力を有効活用できる。
だけど、ずっと悩んでいた問題がそう簡単に解決できるんだろうか……? また誰かを傷つけるようなことがあったら、今度こそ踏ん切りが付かない。
それだけに誘ってくれた先輩の言葉を前に躊躇せざるえなかった。
「――やっぱり無理かな?」
「いえ、無理というわけではありませんが……」
「じゃあ、どうして? 右近君はサイコメトリーで過去に誰かを傷つけたって言ったけど、それで誰かの為に二度と力を使わないとは言ってないでしょ?」
「たしかに言ってませんよ。だけど、俺はまた同じ事の繰り返しになるんじゃないかって、正直不安なんです」
「心配いらないわよ」
「え?」
途端に先輩に手を握られる。
その暖かな手は、不思議と不安に思う俺の心を和らげた。
恐ろしいという気持ちも、風に押し流される雷雲みたいにどこかへと行ってしまう――そんな感じだった。
とっさに先輩が顔をのぞき込んでくる。
「右近君なら大丈夫。それは私が保証するわ」
「で、でも俺……」
「たとえ君がひとりぼっちになったとしても、私だけは君の側にいてあげるって約束する――だから、一緒に物霊退治しましょ!?」
「……先輩……」
その言葉にわずかに心が揺らぐ。
反面、騙されてるんじゃないかと勘ぐり、強情になっている自分がいるのも事実。なんだか女性を使った新興宗教の勧誘みたいで、どうしても気持ちが踏み出せなかった。
でも、美百合先輩がそんな人ではないことは百も承知だ。
「ね、やりましょ?」
と、先輩が念を押すように言葉を投げかけてくる。
その問いかけに対して、俺はどう思ったか……?
言わずもがな、そんなのは簡単だ。
俺はこの人と一緒に頑張る――この人になら騙されても構わない。そんな気持ちが心の中に定着していて、俺は迷うことなく頷いてみせた。
途端に「やった~」と子供みたいにはしゃぐ声が上がる。
俺はそれを見ながら、自らの押しの弱さを痛感した。
(まったく、先輩の純真さには叶わないなぁ~)
明るて、無垢で、なんとなく人を幸せにしてしまう力を持つ美百合先輩。
この人の力って、霊能力よりもそういうところにあるんじゃないかと思う。まあ、それぐらい先輩が魅力的ってことなんだろうけど。
だから、そういう美百合先輩の喜ぶ顔を見ているだけで、こっちまで頬が緩んじゃうよ。
俺は楽しそうに喜ぶ先輩に問いかけた。
「うれしそうですね」
「当たり前よ。右近君が手伝ってくれるっていうだけで、かなりの数の物霊を捕まえられそうだもの」
「そう言ってもらえると助かります。でも、気になるのはサイコメトリーが霊的なモノにどれだけ有効かってところですね」
「だいじょうぶいっ! その点は問題ないと思うわ」
「……そうなんですか?」
「ええ、基本的に物霊は生きている人間の思念が人から分離して浮遊物みたいなモノになった存在だから、絶対サイコメトリーも通用すると思うの」
「なら、心配ないですね」
「うんっ! よぉ~し、放課後から張り切って退治しに行くわよぉ~」
「アハハハ……。お手柔らかにお願いします」
「もちろんよ――よろしくね、右近君!」