第1節「我が愛しき乳房(マリア)/その1」
「ここはどこ? わたしはだあれ?」
などと、のたまってみる――もちろん、記憶はあるに決まってる。
……悪ふざけも大概にして。
俺は意識がぼんやりとした状態で目が覚めた。
なにか恐ろしいモノに記憶はあるんだが、それがなにひとつ覚えちゃいない。なんかこうウニョウニョ~っとした柔らかいもんが目の前に気がするんだよなぁ~……例えば、いま手に触れているモノみたいに。
そうそう、こんな風にスゲえ柔らかくて掴み心地の良い物体。
強く握るとしぼんで、手を離すと戻る……みたいな(?) とにかく、モフモフでフカフカないつまでも触っていた温かい代物なんだよ。
あっ、それと後頭部に当たってるモノの感触のあのクラゲみたいなヤツに似てる気がする。ちょっと芯があって若干堅いんだけど、その外部はやっぱり柔らかくて気持ちがいいんだ。
あぁ~なんかこんなのに触れ続けたら、きっと彦麻呂も「クッションの王様や」と感嘆の声を上げるに違いないよねぇ……ってあれ? 俺、なんでそんなもん触ってるんだっけ?
「……オッパイ、好きなの……?」
そんな一言にハッと我に返る。
すると、目の前に女の子の顔が合った。
まつげが長くて目尻が少し下がった端整な顔立ちの女の子。前屈みになっているせいか、黒髪が全体的に俺の方に落ちてきちゃってるけど、とても長い髪をしている。
……って、もしかして膝枕されてる?
ようやく自分の立ち位置に気付かされる。
どうやら、この子は俺を介抱していてくれたみたい。不思議そうに俺の顔をのぞき込んでいる状況から、自分が寝かされているんだということがわかる。
(ぐらつく意識と右手の柔らかな感触が……って、俺なに触ってんだっ!?)
とっさの感触に顔を向けると、いつのまにか右手が女の子の乳房を鷲掴みにしていた。
そう、それは地球上のすべてのほ乳類が生まれてくると同時にむしゃぶりつくモノ。
世の男なら黙って「イエス、オッパイ」と腕を振り上げ、声高に声を振り絞るあまたの神々ですら愛した母なる球体――『オッパイ!』
そのオッパイが目の前にあったのだ。
状況を確認しよう――
つまり、俺は防ごうとした寸前に女の子の見事なまでに美しい曲線を描く柔らかなオッパイを掴んで、食らいついて、離さないぐらいに揉んでいたのだ……超ラッキー。
けれども、当然のことながら、それはセクハラだ。
常識的に考えれば、引っぱたかれても仕方のない場面だし、セクハラで裁判所に連れて行かれても文句は言えない。
これでも、そのぐらいのマナーはわきまえているつもりなんだぜ?。
だから、俺は反射的にその場から離れ、2メートル後方で「スイマセン」とその場で土下座した――が、どういうわけか瞬時に罵声が飛んでくることはなかった。
(……おかしいな?)
あまりにおかしさに気付き、寸刻して顔を上げてみる。
すると、女の子はボーッとした様子で俺を見ていた。それどころか、土下座する俺の様を見て、不思議そうな目で見ている……いったいどういうこと?
俺は奇妙な反応に女の子を問いただした。
「……あ、あのさ……怒らないの……?」
「えっ、どうして?」
「いや、だからここは怒る場面であって」
「……だって、好きなんでしょ」
「へ?」
「ずいぶん熱心に触ってたじゃない? だから、オッパイ好きなのかなぁ~って思って見てたの」
「……いや……あの……」
さすがに返答しづらい。
しかも、よく見るとウチの学校の制服を着ているじゃないか……マズいな~。いまさらだけど、ヘンなところ触っちゃったよ。
このままだと学校で問題にされて、女子の噂の的になりかねない。
俺はその場に手を突いて、改めて深々と頭を下げた。
「ごめんなさい!」
これぐらいしないときっと許してもらえないだろうなぁ~いや、そうでないと俺の気が収まらない。とにかく許してもらえる状況を作らなくちゃ。
俺は必死に頭を下げ続けた。
ところが――
「別にいいよ」
と、突拍子もない答えにビックリ。
おもわず顔を上げて、聞き返しちゃったよ。
「へ? いまなんて?」
「触っていいよって言ったの」
「あ、あの……それって……おかしいような気が……」
「その代わりさ――」
「……え?」
ワサワサとなにかが俺の顔に覆い被さってくる。それと同時にシャンプーのいい香りがして、鼻腔を刺激してきた。
それがなんなのかはすぐにわかった――俺は座った状態で女の子に抱きつかれたのだ。
「ええええっ!?」
ちょっと待ってくれ、この状況はいったいなに……? What’s happen?
俺は思わぬ行動に混乱を強いられる。しかし、当の女の子は顔を見合わせてもケロッとした様子だった。
「どうかしたの?」
「ど、どうかしたのって……いったいなにをしてるの?」
「抱きついてるに決まってるじゃない」
などと、ニッコリとした笑顔で答えを返してくる……っていうか、なんで抱きつくのさ? その対応の仕方はおかしいよっ、絶対おかしいよっ、想定の範囲外過ぎるよ!
慌てて女の子に言い返す。
「抱きついてるって。普通はもっと違う対応するでしょっ!」
「そうかな?」
「そうかなって……ここは見ず知らずの男に胸を触られたら怒るところじゃないか」
「怒ったって、面白くないもん。私は君をからかった方が面白いの」
「なんか前提が間違ってるッ!」
「間違ってないわよ」
「間違ってるって!」
「それより、もっといいことしたいと思わない?」
「ちょっと話を最後まで……」
聞くつもりはないらしい。女の子は俺の胸に自分の柔らかな胸を押しつけ、「どう?」と感想を求めながら、ゆっくりと上下に擦りつけてきた。
ほんのわずかだが、制服とブラジャー越しに乳首の感触が伝わってくる。鼓動が増し、やがて下半身の聖剣が膨らみ始めていることに気づいた。
……凄くいいです。
だけど、俺だって男だ。いくら女の子が誘っているからって、場所をわきまえるし、我慢するときは我慢する。それぐらいのモラルは知っているつもりだ。
なのに、女の子にはそれがないらしい。
「ねえ、どうしてなにも反応してくれないの?」
などと、女の子は問いかけてきている。
嗚呼これ以上、ヘンなことされたら理性がどこかへ飛んでっていっちゃいそうだ。どうにかして、女の子から離れないと。
だけど、こちらの意に反して、女の子は顔を耳元に近づけてささやいてくる。
「――なにされたいの。ねえ、なんでもしてあげるよ?」
ヒャッホー、最高だぜ!
女の子の甘いささやきは強く惹きつけられるものがある。だから、なにもかもなげうって、ひたすら「ウブられたい」と思う。
ハッキリ言おう、俺は童貞だ。
だから、女の子のはち切れるような肉体を見たとき余計に興奮と性欲の高鳴りを押さえきることができなかった。
大きな瞳と清流ような長く伸びる黒髪。スレンダーな肉体と豊満な乳房は見る男の視線を釘付けにするには十分さを持っていて、俺のアレも「させてください」と即答するほどの破壊力だ。
こんな美少女に襲われたら、誰だって即答しちゃうだろ?
だけど、女の子を襲うなんてもってのほかだ。ましてや自分の恥部をさらけ出すなんて失態を犯すわけにもいかない。
俺は心の内に秘めた野獣を檻に押し込め、「離して」と女の子の身体を引き離そうとした。
ところが女の子の力は思いの外強かった。見た目はとても細いのに、いったいどこにこんな力があるんだ?
面と向かった女の子が駄々をこねる子供のように言う。
「やだぁ、それじゃあつまんなぁいッ!」
「つまんなくていい! 俺はもっとピュアな恋がしたいんだ」
「これだって、十分ピュアでしょ?」
「ピュアっていうより、襲われてる感じしかしないよ!」
もうなんなんだよっ、この子は!?
とにかく離れてくれないと、俺の理性がヒューズの飛んでブレーカーごとダメになってしまいそうだ。
さらに力一杯引きはがそうと試みる。
「じゃあ、こういう事したら本気になってくれる?」
ところが女の子はなにを思ったのか、再び耳に顔を近づけてきた。さらに耳元で甘い吐息を発して、俺の左耳を舐め始めたじゃないか。
途端にゾクゾクするような快感に襲われる。
その快感はソフトクリームを舐めるみたいで、ネットリとした唾液が音を立てて聴感を刺激する。
また舐めるたびに発せられる喘ぎ声と吐息が、俺の卑猥な妄想を掻き立て、まるで「俺の股間にピザ○ラお届け!!」とばかりに快楽を送りつけてきやがる。
そんなことがあって、抑圧された本能が俺に問いかけてきた。
「このままでいいのかと!」
もちろん、いいはずがない。
ここで「イエス、ユアハイネス」と答えてしまえば、全力で女の子を押し倒してしまだろう。それは路上に落ちているエロ本を見つけ、拾うか拾うまいかを迷っているときの自分そのものだ。
だから改めて言おう――俺は童貞だ。そのことが一つのコンプレックスであるために、いまなら迷いすら断ち切ってしまえる。
ええいっ!
迷わずいけよ、いけばわかるさ! イチッ、ニッ、サン、ダァーッ!
意を決して、女の子の肩を掴む――が、とっさに全身を流れた電気に力を奪われる。それから、俺の意識を夢の中へといざなわれてしまった。
あとはなんてことない――いつものように追体験をするだけ。
そして、そこで目にしたのは誰もいない小さな路地。
なぜか俺はそこで一人で泣き叫んでいた。でも、おかしな事に俺の声は明らかに女の子の声をしている……まあ誰かの記憶なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだが。
とっさに場面が切り替わる――サイコメトリーが勝手に場面転換したらしい。
今度は、さっきの場所とは違う別の場所みたいだ。知らない別の女の子が両親と思われる人たちに褒められていて、俺はそれを遠目に眺める。
たぶん、これも女の子の視点から見た映像なんだろうな。
顔が映っていないあたり、その女の子の思い出を脳内でイメージ投影して追体験させてるんだと思う。だから、俺の記憶として勘違いしちまうぐらい強い感情移入を強いられる。
(……それにしても、今日はいつも以上に強いイメージだなぁ~)
そんなことを考えていると、また映像が切り替わった。
途端に強い悲しみのに襲われる。
「……お母さん、ごめんなさい」
気付けば、俺は涙を流していた――その理由はよくわからない。
でも、そんな悲しみのおかげで目が覚めた。目の前では、女の子はなにが起きたのかと不思議そうな表情をしている。
とっさに泣いてしまったことを恥ずかしく思って拭い去る。そして、俺はようやくサイコメトリーがまぼろしを見せていたことを知った。
(しかし、いったいどうやって誤魔化せばいいやら……)
俺はすぐにそのことで頭がいっぱいになった。
とっさに女の子の「大丈夫?」という問いかけくる。
俺はその問いに対して、無言でうなずいて答えた。
「ビックリしたよ……肩を掴まれたかと思ったら、急に動かなくなっちゃうんだもの」
「ゴメン」
「ううん、別になんてことないわ。それより血が出てるよ」
「え?」
「ほらここ」
唐突に女の子がハンカチを取り出して、額にあてがう。女神みたいなその姿になんだか幸せを感じる……って、あれ? さっきの続きは?
唐突にさっきまでの猥褻行為のことを思い出す。そうだ、俺は女の子にほだされて淫らな行為に及ぼうとしてたんだよ。
だけど、サイコメトリーのせいで女の子に心配掛けちゃったみたいで……。
俺はそのことを女の子に聞いてみた。
「あ、あのさ」
「ん? なあに……?」
「……さっきの続きを……」
「えっ、したいの!?」
「い、いや……その……あの……なんでもないです……」
言えるワケねぇ~。
こんなにニコニコしながら、手当を施してくれてる女の子。そんな子になんてを最低なこと考えてんだよ、俺は。
その顔を見せられたら、「もう一度弄んでください」なんて言えるはずがないじゃないか。
嗚呼、残念無念――人生で一度きりのチャンスだったのに。
俺は素直に諦めた。