第6節「失意の中で……/その3」
その日の帰り道、俺は先輩の言葉を思い返していた。
もう頭の中は「どうやったら、先輩を勇気づけられるか」ということでいっぱい。
おかげで昇降口を出てから、その先の記憶が全くなかったよ。あっ、でも昨日見た先輩のオッパイって、乳輪の近くにあったホクロがあったなぁ~。
……って、これじゃただの変態じゃん!
あ~あ、あの後先輩どうしたかなぁ~? 悲しげな顔が頭にこびりついて離れないぜ。
「あら、こんにちは」
そんなことを考えていると、不意に誰かに呼び止められた。
とっさに振り替えいると、いつのまにか早村のおばさんが俺の右側に立っていた――いや、俺が気付かなかったと言うべきか。
周囲の景色を見回すと、そこはまだ学校の正門付近。歩きながら、長い時間考え込んでいたとばかり思っていたけど、そんなに歩いてなかったんだな。
俺はおばさんに面と向かって話しかけた。
「こんにちは、お買い物ですか?」
「……えっ!? え~っと、そうだったかしら……?」
「はい……?」
「ヘンね。どうして、ここに来たのか忘れちゃったわ」
「あの、大丈夫ですか? あんまり考え事をしながら歩いていると、交通事故に遭ってしまいますよ」
「そうね、気を付けるわ」
「はい、命あっての物種ですから」
う~ん、なんだかおばさんの様子がヘンだ。
早村の家に行ったときもそうだったけど、おばさんは忘れているようなフシがある。これって、やっぱり物霊の影響だったりするんだろうか?
「ところでアナタって誰だったかしら?」
……って、言ってる側から。
俺は苦笑いを浮かべて応対した。
「イヤだなぁ~。この前、おうちに伺ったときにご挨拶したじゃないですか」
「あっ! そうだったわね!」
そう言うと、おばさんが俺の前で思案し始める。
どうやら、必死に思い出そうとしているみたい……って、あれ? なんか前にも同じようなことがあったような?
「そうだわ、確かアナタの名前はカミカミ君だったよね?」
「俺はそんなに舌っ足らずじゃありませんよ! 邑神ですっ、む・ら・か・み!」
うん、蛙の子は蛙、蛙のこの親は蛙というよくわかる場面だった。さすが早村のお母さんなだけある。
俺は溜息をついて気持ちを切り替えると、改めてここにいる理由を尋ねた。
「……で、肝心のここにいる理由は思い出しました?」
「ああ、それよ。いまいち私がここに来た理由が思い出せなくて……」
「それって、つまり記憶がないってことですか?」
「どうなのかしら? たぶん、考え事をしながら歩いてきたから、そういう風になってしまったんだと思うわ」
などと話す早村のおばさん。
でも、俺からしてみるとそういう風には見えない。仕草や言葉の節々を見る限りじゃしっかりしているようにも思えるし。
だから、あえて物霊の仕業であることを示唆してみた。
「もし仮に悪霊の呪いだったらどうします?」
「……えっ、悪霊!?」
「はい、そういう風に忘れっぽくさせる悪い霊のことです」
「フフッ、邑神君。面白いけど、冗談にしてはそれはないわよ。私も幽霊という存在を信じる方だけど、さすがに幽霊がそんなことするわけないじゃない」
「ですよねぇ……そんなに簡単に幽霊がいるわけがないですよね」
この様子だとおばさんは霊的現象が起きていることには気が付いていないらしい。
……いや、気が付けないと言うべきなのかもしれないな。
第一、早村の様子がおかしいことにも気が付いていないし、自分が小学生だと認識していることにも不自然さを感じていない。その点を考えると、おばさんは物霊の影響を受けているのかも知れないな。
でも、その割に話し方や仕草は、至ってフツー人のように見えるよ。
「それじゃあ、私はこのまま買い物に行くわ。邑神君、またいつでも遊びにいらっしゃい」
「ええ、是非伺わさせていただきます」
俺はそう言うと、おばさんと別れて自宅の方角へと歩き出した。
ところがその道すがら――突然、ズボンのポケットにしまい込んだケータイが鳴り響いた。
俺は出ることを催促する着信音に面倒くささを感じつつも、嫌々ながら応じようとケータイを手に取った。
すると、液晶画面の中央に『天坂』という大きな文字が表示されていた。俺はすぐさま通話ボタンを押して電話に出た。
『もしもし、邑神君?』
「ああ、どうした?」
『――あのね、落ち着いてよく聞いて』
「なんだよ、改まって」
『美百合ちゃんが物霊にやられたの』
「………………えっ?」




