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第3節「解明への手がかり/その3」


「あれ? ここは……?」



 気がつくと真っ白な天井を見つめていた。


 どうやら、いまのいままで気を失っていたらしい。


 その理由を考えようとしたが、クラクラとしためまいがするせいでなにも思い出せない。ただ右手に感じる温かい感触があって、俺の中にある不快を和らげてくれている。

 それがなんとなく心地よくて、心が落ち着く気がした。



「右近君っ!」



 ふと右手から驚いたような声が聞こえてくる。


 その方向に顔を向けると、美百合先輩が泣きそうな顔で見ていた。

 顔はしわくちゃで、まぶたは真っ赤っか……おもわず笑いそうになっちまった。でも、人形みたいな細くて柔らかな手が俺の手を握っていることに気付かされて、さすがに笑うなんてできねえよ。


 とっさに気絶する直前のことを思い出す。



「そうか。俺はあの雑木林に物霊の痕跡を見つけに行って、それから――」



 あの後、どうなったのだっけ……?

 なにかが俺の身体を突き抜けて、映像らしきモノを見せられた気がする。でも、そこから先がどうしても思い出せないんだよな……。


 あれ? 身体になんか巻かれてる?

 その思いにすぐさまお腹のあたりを見る。



「な、な、なんだこれ……?」



 そこには、梵字らしき文字が書かれた紙が身体に巻き付けられている。しかも、下腹部と両腕のあたりにも同じようなモノがあり、包帯ではないことだけはわかった。



「霊符よ。右近君の身体に憑いた呪詛を祓うために巻いてあるの」


「呪詛……? ってことは、なにか呪われるような目にあったのか」


「覚えていないの?」


「ええ、まったく。あの後、いったいどうなったんです?」


「そ、それは……」


「先輩?」



 俺の問いかけに答えず、なぜか口籠もる美百合先輩。

 そんなに深刻な状況だったのか? いっさい覚えちゃあいないけど、なにか俺の身体に変化が起きたってことだけはわかる。

 だから、美百合先輩は深刻そうな顔で俯いているんだと思う。



(……じゃあ、その理由はなんだ?)



 そう考えていると、不意に目の前が陰った。

 右側から現れたその影は、頭上の雲のように人の形を象って、差し込んでいた蛍光灯の光を遮った。



「美百合が祓い損ねたせいで、オマエが物霊の呪詛にやられるハメになったんだよ」



 と、今度は別の方向から話しかける声が聞こえてくる。


 俺が右を向くと、大介さんが見下ろすように見ていた。

 その表情はこの前会ったときと同じ飄々とした顔つきで、あたかも「自分は関係ない」と言っているよう。しかも、肩を孫の手で叩きながら、他人事のように話す態度は妙にふてぶてしくてムカつくぜ。


 俺は苛立ちを心の奥にしまい、言葉の意味を確かめた。



「どういうことですか……?」


「そのままの意味だ。美百合がしくじって、物霊が逃げた。そして、その先にたまたまオマエがいて、物霊と接触してしまった――その先はわかるだろ?」



 んなことを言われれば、俺でもなにが起きたかはわかる。

 おそらく美百合先輩が取り逃がしてしまったがために物霊と接触することになったってことなんだろ。




 そして、その結果的として物霊の呪詛にごっそり意識を奪われた。




 俺としては、それは自分の責任だと思ってる。

 結局、自分に霊感がないせいで、突っ込んできた物霊をかわすことができなかった。霊感があれば、こんな倒れずに済んだし、美百合先輩や天坂に心配を掛けることもなかった。

 にもかかわらず、コイツはあたかも美百合先輩の失敗を強調するような言い方をして貶めようとしてやがる……納得がいかねえ。


 俺はめまいのする頭で起き上がって、大介さんにもの申した。



「……言いたいことはわかりました。けど、完全に美百合先輩の責任というわけではないと思います」


「ほう。つまり、ソイツはオマエの責任もあると?」


「『も』じゃありません、俺の責任です。俺に霊感がないばかりにあの場でそういう事故が起きた――だから、美百合先輩を責めないでください」


「他人をかばうのはいい。しかし、美百合が仕留めてりゃあオマエ自身は危険な目に遭わずに済んだ……違うか?」


「それはそうかもしれません。だけど、誰だってミスを犯します。百パーセント仕留められないことだってあるんじゃないですか?」


「そうか。それでも、オマエは美百合の肩を持つのか」


「当たり前です」


「だったら、そのミスとやらが続いたらどうする? それじゃあまるっきり能なしだって言ってるようなもんじゃねえか」


「な……っ!」



 コ、コイツ……。はなっから美百合先輩を侮辱する気まんまんじゃねえか。


 どういう了見なんだよ! そんなことを平気で言ってのけるあたり、本人の意志なんか無視して本気で霊能力者を止めさせたいだけだろ!

 しかも、いまのコイツにそんな権利があるはずがない。霊能力者を続けたいという美百合先輩の気持ちをどうしてないがしろに出来んだよ。


 俺はそれが理解できず、声を荒げて気持ちをぶつけた。



「なんなんだよ、アンタは! 美百合先輩は早村のためにって必死にガンバってるのにどうしてそんな冷たいことを平気で言えんだよっ!」


「ガンバってるのは結構。だがな、なにごとも結果を出さなきゃ意味がないだろ?」


「……んなのわかってる。わかってるからこそ、どうにか捕まえようとしてんじゃねえか」


「だったら、さっさと捕まえてみろよ」


「アンタに言われなくても、俺が絶対に捕まえてやる!」


「ふんっ、威勢のいいこった――だが、悪霊ってのはなにかの拍子に力を蓄えちまうモノなんだぜ? それを放っておくとどうなるかなんて、素人のオマエさんにゃあわからんことだろうけどな」


「ああ、そんなの百も承知だ。けどな、俺はアンタがそういう言い方して、美百合先輩にあきらめさせようっていうやり方だけは絶対に許さねえ」


「そりゃそうかい」


「絶対に捕まえて、その頭を下げさせてやる!」



 くそぉ~ホントにムカつく。


 俺が捕まえるってキッチリ宣言してるところに来て、余裕そうにタバコに火を付けて煙草を吹かすのかよ。見てるだけでも気に食わねえ。いますぐ起き上がって、そのふざけた顔に拳を叩き込んでやりたいぜ。


 そう思った直後だった――。



「二人とも止めて!」



 と、美百合先輩が俺たちの間に割って入ってくる。

 その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。自分のために争うことをよしとせず、必死に食い止めようとしているように思える。



「どいてください! 先輩を侮辱したコイツだけは許せませんっ!」


「止めて! いいの、私のためなんかに争わないでよ」


「どうしてですかっ!? 美百合先輩はこんなこと言われて悔しくないんですか」


「それは私がの問題だから、右近君はなにも気にしなくていいの」


「だけどっ!?」

「……お願い……大ちゃんと喧嘩するのはやめて……」


 んだよっ、、俺の方がよっぽど悔しいじゃねえか。

 なのに、どうして先輩は引き留めるんだ? せっかく同じ伊能の力を持った人間に出会えて、親しくなれて、スゲえうれしかったのに。

 肝心の美百合先輩は、自分の能力について中傷されても、それを我慢してる……明らかにおかしいじゃないか。


 俺だったら、絶対にその場で殴ってる……。


 もちろん、能力を使った結果、誰かを傷つけてしまうようなことだけは避けたい。しかし、それとは別に能力そのものをけなされることは我慢ならない。

 だって、能力もこの身体の一部なんだぜ?

 それが強かろうが、弱かろうが、赤の他人が中傷するなんてことは決してあっちゃならねえはずだ。





 でも、肝心の美百合先輩はいっさいの反論をしようとはしない……先輩、どうして?




 俺はさらに紡がれる先輩の言葉に耳を傾けた。



「大ちゃんが言うことは私も間違ってないと思う。だけど、私はまだあきらめたくないの」


「ほほう、まだ続けるつもりなのか。それで捕まえられそうなのか?」


「……わからない。でも、気持ちとしては絶対に捕まえてやるって思ってる」


「気持ちねぇ……で、気持ちだけで捕まえられると思うか?」


「もちろん思ってないわ。だから、必ず捕まえるまでいっさい口を挟まないで欲しいの」



 わずかな沈黙が宿る。


 その間、俺が見たのは向き合って目を合わせる2人の姿だった。それはもう真剣そのもので、俺なんかが割って入る隙間なんてどこにもなかった。

 だから、どっちかが口を開いて、この重々しい雰囲気をほどいてくれるのを待つしかなかった。


 とっさに大介の野郎が溜息をつく。



「いいぜ。こちとら金をもらう側だ。どこまで出来るかお手並み拝見といこうじゃないか」



 その生意気な口調から察するに先輩の意見を認めたらしい……ただ、その言い方は美百合先輩が失敗すると予測しているみたいだ。

 でも、先輩は腹を立てることなく、



「ありがとう」



 と、かすれるぐらい静かな声で頭を下げていた。

 それから、なにごとも無かったかのように扉を開けて出て行こうとする。



「待ってください、美百合先輩っ!?」



 当然、俺もどこかへ行こうとする先輩を止めたさ。

 だけど、美百合先輩の背中が「1人にさせて」と語っているみたいで、本来言わなきゃいけないはずの言葉を言わせてもらえなかった。



(……どうして、俺に身の内を話してくれないんだ!)



 あんなに信頼してるって言ってくれたのに。

 俺は歯がゆい思いから、掛け布団を絡め取るように拳を強く握りしめた。






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