第1節「解明への手がかり/その1」
体育の時間にやる団体競技って、慣れるとわりかしテキトーじゃね?
ご大層なことに教科書で基本的な動作やルールを授業やってまで教える。
しかし、実際プレイするとなると、担当教師が審判を務めるわけでも、個別にコーチングするわけでもなく、単純に「今日はサッカーな」と生徒たちの自主性に任せることが多い。
そんで、ふと気付くと校庭の端にいて、別のことで遊んじまったり、体育倉庫の整理させられたりとか、まったく関係のないことをしていたりするわけだが。
(……この授業って、意味あるの?)
などと思いふけってたら、相手チームの一人と接触。思いっきりすっ転んちまった。幸い擦り傷で済んだものの、傷口からは血があふれ出ていた。
お~いてぇ。とりあえず、放っておくわけにもいかないし、早いとこ絆創膏を貼ってもらいに行くとするかな。
俺は先生に一言断って、保健室へと急いだ。
そして、保健室の前にたどり着くなり、
「失礼します」
と適当な挨拶を行って中へと入る。
けれども、室内から返事が帰ってくることはなかった。
どうやら、保健の先生はいないらしい。壁とカーテンの白さが際立つ室内は、俺を静かに出迎えているように思えた。
とはいえ、待っていると次の授業が始まってしまうな。こうなってはやむを得まい、自力で消毒して絆創膏を貼るか。
俺は事務机の前まで行き、そばに置かれたワゴンの引き出しを漁った。ところが右側のベッドから気配がすることに気付かされる。
すぐに屈めていた身体を引き起こして、ベッドの方向を見遣る。
「誰かいるのか……?」
白いカーテンにうっすらと黒い影が映っている。
どうやら、誰かいるらしい。
俺はベッドのところまで行き、カーテンを開いて中の様子を確かめた。
すると、そこには本を読みふける天坂の姿があった。しかし、かなり没頭しているのか、こちらの存在にはまったく気付いちゃいない。
「おーい、天坂」
と呼びかけてみる。
けれども、天坂が気付く様子はなかった。むしろ、手にした本に没頭しているのか、集中して読んでいるみたいだ。
……ってか、どんだけ本に集中してんだか。
それから、ようやく気付いてもらえたのは数分後のこと。
なんだかエラい労力を費やした気がするぜ。
「なんだ邑神君か」
「さっきまで、ずっと呼びかけてたのにつれない一言だな」
「そうだったんだ。ゴメンね、なにか用だった?」
「用事ってほどじゃないんだが、どこか具合でも悪いのか?」
「うん、ちょっと立ちくらみがしちゃってね」
「大丈夫か?」
「平気。少し休んだら、だいぶ良くなってきた」
「それなら、よかった。だけど、天坂とこんなところで会うなんて珍しいな。オマエって、そんなに病弱だったけ?」
「ううん、身体は弱くないよ。ただ今日はたまたま悪い気に当てられちゃっただけ」
「悪い気ってことは、なにかあったのか?」
「ちょっと授業中に物霊を探したら、悪い気に当てられちゃったの。前にも話したと思うけど、私は蜘蛛を触媒にして自分の知覚を広範囲に広げることができるんだ」
「ああ、その話は前にも聞いたな」
「でも、代わり強い霊力を持つ霊が知覚にいたら、知覚を広げた分だけその霊の影響を受けやすくなっちゃうっていうリスクもあるの」
「それって、自分で対処できないものなのか? たとえば、使役してる蜘蛛を急いで退避させたりとか」
「もちろんやってるよ。でも、そうしたところで放たれる強い瘴気には抗えないの」
「なんだか霊能力者も大変だな」
「邑神君は、超能力を使用した影響って出ないの?」
「立ちくらみ程度ならあるぞ。それとサイコメトリーの発動中に見た他人の記憶を使用後にうっかり言動に表しちまうから、傍目から見るとヘンなヤツに見られることかなぁ?」
「フフッ。それはそれで大変そうだね」
「まったくだぜ。んなことより、オマエは寝て速く体調を整えろよ」
「……うん、わかってる。さっきより、だいぶマシになってきた」
「まっ、無理はするな」
「気遣ってくれて、ありがとね。正直、昔から何度も同じ目に遭ってるし、こういうのはもう慣れっこだよ。それに体調が悪くなったときはおとなしく休んおくのが一番かな」
「そう言うのなら、もうちょっとゆっくり休め。急に動いてまた体調崩しちまったら元も子もないぞ」
「……うん……ありがと……」
「別にいいよ。早村の件で手伝ってもらってるし、むしろ礼を言うのはこっちだ」
「フフッ、そっか」
「それで、あのさ。オマエが悪い気に当てられたとき、近くに物霊らしき気配はあったのか?」
「ううん、全然わからなかった。断言はできないけど、もしかしたら私に悪影響を及ぼしたモノが物霊だったのかもしれない」
「……どういうことだ?」
「正確にはよくわからないの。蜘蛛を介して見たときの風景はスゴくボヤけてて、なんだか頭の中がボーッとしてなにも考えられなくなっちゃったの」
「つまり、それだけ気があったって事なのか?」
「おそらくは……。でも、それが物霊なのかどうかは、その場所へ行って確かめてみないとなんとも言えない」
「せめて場所はわかるか?」
「あっちの方だよ」
と天坂が窓の外を指差す。
方角からすると、校庭を挟んで向かい側にある雑木林か。
つーか、なんでそんな場所から? とはいえ、天坂がその方角に悪い気を感じたというのなら、きっと間違いないんだろうけどさ。
俺は示された方角を一瞥すると、向き直って再び天坂に話しかけた。
「早村が落とし物を捜していた場所とはずいぶん違うな」
「どうしてだかはよくわからないけど、あの場所になにかがあるんだと思う」
「わかった。放課後に調べに行ってみるよ」
「気を付けて。もしかしたら、別の悪霊に出くわすかもしれないから」
「ああ、肝に銘じとく」
と言って、俺は天坂の前で頷いてみせた。
さて、とっとと絆創膏を貼り付けて戻らねえと。俺は棚の引き出しから絆創膏を取り出して傷を負った部分に貼り付けた。
そういや、1つ気になったことがある。
これは思いつきってわけでない。
むしろ、前々から気になっていたことなんだが、天坂はいったいなにをそんなに熱心に読んでいるんだ? 文学少女とは言ったモノの、実際いろんなジャンルの本が存在する。それを鑑みた上でとりわけ「これは読む」っていうジャンルがあったっておかしくないじゃん。
だったら、聞くしかあるまい。
俺は天坂の手元を見て、読んでいる本について訊ねた。
「なあ天坂っていつも熱心に本を読んでるけど、どんな本を読んでるんだ?」
「……知りたいの?」
「いや、そこまで知りたいってわけじゃ……」
「じゃあ知りたくないの?」
と言って、本で口元を隠して笑う天坂。
見つめる目を見ているだけでも、なんだか誘惑されてる気分になるぜ。ついこのまま行くところまで行っちまいそうになる。
特に誰もいない保健室のこの状況……ゴクリッ。
あ~いかんいかん! ともかく理性を保って普通に話そう!
「そりゃあ気になるよ。オマエがどんなモノを好んで読んでるのかぐらいはな」
「なら、邑神君は私がどんな本を読んでると思う?」
「うーん、普通に考えるなら村○春樹とか?」
「ブブーッ、不正解」
「じゃあ龍の方か?」
「ぜんぜん違う」
「だとすると……海外文学とか?」
「それもハズレ」
「じゃあ一体なんなんだよ?」
「知りたい?」
なんだろう、このじらしプレイは? 凄くドキドキする。
俺はもったいぶる天坂の顔を見ながら、その答えを求めた。
「まあそこまで言うなら、知っておきたいかな?」
「……わかった。それじゃあ言うね」
「お、おう……」
「正解は綺○光だよ」
おいっ、それって思いっきり官能小説じゃねえか! ていうか、なぜにフ○○ス書院?
正解が明後日の方向に飛んでいったことで、いろんな意味で驚かされた……天坂って、よくわからない子です。
「あ、あ、あのさ……なんでそれを読みたいと思ったんだ?」
「え? 単純に興味だよ?」
「興味って……」
「最初は、普通に男の子が女の子をエッチな目で見てるのをどうしてかなって考えたのがきっかけだったの」
「気持ちとしてはわかる。しかし、それを当たり前のように読み続けるのはどうなんだ?」
「もちろん、見つかったら大変なことになるっていう背徳感に決まってるよ」
「見つかったらじゃないよ! それ絶対マズいっての!」
ダメだ、天坂も先輩並みにネジが飛んでやがる。
しかも愛読書が綺○光って、喘ぎ声の語尾にやたらカタカナを使う表現がなされてたりするし、内容も恥辱や背徳的なモノが多いんだぞ? そんなプレイがお好みな男子ならまだしも女子がそんな本を読むなんて。
(こりゃあ一度、天坂の変態的思考について議論する必要があるかもしれないな)
……などと思っていたら、いつの間にか天坂がベッドから身を起こしていた。しかも、迫るほどの距離に顔がある。
「おわぁっ!」
当然、反射的に声を上げて驚かされた。
そりゃあもういきなり目の前に顔があるんだもん。しかも、雌豹の如き四つん這いになってやがる。
さらに言えば、唾液にうっすらと濡れる口唇、張りとツヤのある頬。加えて、女の子特有の甘いにおいに性的興奮を覚えさせられる。そんなに目の前にあったら、ちょっと誘ってるのかと思っちまうじゃないか。
でも、当の本人はいたって普段通り。
こっちは紅潮しまくりの、ドキドキしまくりだっつーうのに……。
「ねえ邑神君」
「ひゃ、ひゃ、ひゃいっ!」
「私に少しイタズラさせてくれないかな?」
「イ、イタズラってなんだよ……?」
「ヘンなことしないよ。ちょっと君のほっぺたを触らせてくれるだけでいいの」
「ほっぺたを? いったいなにするつもりなんだ?」
「だから、なにもしないってば。ただ、こんな風に触れるとどうなるか知りたいんだ」
おいおい、なんだ? 天坂が急に頬を撫でてきたぞ。
いったいなにをしようってんだ? なんかゾワゾワとした感覚が交感神経を刺激して、春のそよ風が頬を撫でられた気分にさせられちまってる。
「ちょ、天坂やめて」
とにかく、この状況を打破しないと。
俺は唐突の出来事に抵抗を試みた――が、さらに天坂の手が俺の心を溶かしてしまうおうと目元から首筋にかけての部分をなぞってきた。
そのあまりの心地よさにおもわず懐柔され掛かる。
「あはァン」
気付けば、女みたいな声で喘いでた。
……って、これじゃ綺○光の小説そのままじゃないか。
しかも、女の子でもない俺が声なんか上げてどうするんだよ! か、かなり恥ずかしいじゃないか。
けれども、さする手は留まることを知らない。それどころか、ますます俺の顔に触れて、猫を懐柔するが如く気持ちのいいところばかりを刺激してくる。
く、くやしいっ、でも感じちゃう! ビクン、ビクンッ!
俺は逃げる口実を探そうと窓の外を見た。すると、校庭を一人でうろつく1人の少女の姿が目に飛び込んでくる。
その少女というのは、言うまでもなく早村だ。
どうやら、例によって落とし物を探しているみたい。
にしても、アイツはいつから探し回ってたんだ? 俺たちが体育の授業をしている間は見かけなかった気もするんだが……。
いや、もしかしたらずっとあの場にいたのかもしれない。となると、いくら落とし物を見つけたいからと言って、何時間も授業をサボっていいハズがないじゃないか。
とっさに天坂の手をはねのける。
「悪い天坂。ちょっと急用を思い出した!」
そして、誘惑から逃がれるように保健室をあとにする。
もちろん、目的は早村に一言言うためだ。
そのために向かった先は、言うまでもなく校庭――たどり着くやいなや、俺は開口一番に早村を怒鳴りつけた。
「おい早村!」
「邑神君?」
ところが振り返った早村が見せたのは、キョトンとした表情。
こっちの心配なんかまるで知らなかったと言わんばかりの、どうして自分が怒られなきゃいけないのかという顔をしている。
けど、それでも言わねばなるまい。
「なにやってんだ、授業中だぞ」
「あっ、ゴメン……つい夢中になっちゃって」
「あのな、いくら落としたモノが大事だからって、授業をサボっていい理由になるワケがねえだろ?」
「わかってるよ。でも、どうしても見つけてあげなきゃいけないんだ」
「それは俺たちが手伝ってやるから、留年なんかするんなよ。それこそお袋さんを心配させるだけじゃねえか」
「……わかってる……わかってるつもり……だよ……」
「だったら、こんなところで探してないで授業に戻れよ」
「うん、ホントにゴメンね。だけど、どうしても落としたモノを探さないといけない気がするんだ」
と言う早村。
その表情には、悲壮感が露わになっている。
どうして、そこまで追い詰められるような気にさせるのかは、俺にはわからん。だが、1つ言えることは早村が懸命になってソレを探そうとしていることだけ。
家族や友達との大切の品物なら、すぐに見つけられるかもしれない。でも、早村は物霊に魅入られたせいで、思い出したくても思い出せない。
失ったモノがいったいなんなのかかすらわからないのだ。
「たしかにボクは自分が探しているモノがなんなのかがわからない。でも、それがとても大切なモノなんだってことだけはわかるんだ。しかも、それは世界にたったひとつしかなくて、君にも、お母さんにも、譲ってあげることのできない私だけのモノなんだ」
「なんだかよくわからないが、それはなにか思い出せそうってことか?」
「……ううん、感覚的にわかるだけ――どういうモノなのかはよくわからない」
「じゃあハッキリしてるのは、オマエはソレを大切に思っているってことだけだな」
「そういうことになるね」
「なんて曖昧なんだよ……」
おもわず愚痴る。
しかし、早村の言葉に懸命さが含まれているのは間違いない。だからこそ、俺が早村に尽くしてやろうって思えるんだけど。
再度失ったモノの正体を突き止めようと早村に確かめる。
「なあ早村。オマエが失ったモノは本当になんなんだ?」
「だから、わからないよ。前にも言ったけど、ボクは自分でもどうしようもないくらい自分が探しているモノがわからないんだ。君の聞きたいことの意味はわかるけど、その問いには答えられそうにないよ」
「う~ん、なんだか歯がゆいなあ」
「ゴメンね」
「いや、気にすることじゃない。オマエがなにか思い出したかもしれないという希望的観測から聞いてみただけだ」
少し突拍子もない質問だったかもしれねえな。
よくよく考えると、いまのは早村の気持ちを無視した形で行ったモノだ。あ~あ、なんてバカな質問しちまったんだよ、俺ってヤツは。
でも、早村は俺のバカな質問なんて気にしてなかった。むしろ、一生懸命思い出そうと語りかけてきたのである。
「あのね、邑神君。君はどうしてボクが失ったモノを見つけられないのだと思う?」
「どうしてって、それは物霊の影響だからだろ?」
「そういう意味じゃないよ。ボクが聞きたいのはボク自身に問題があって、失ったモノを見つけられないのかもしれないってことなんだ」
「つまり、オマエは内面的な問題も関係していると思ってるんだな?」
「……うん。だから、どうしても聞いておきたいの」
「具体的になにをどうすればいいのかわからないが……。そもそもそんなことを聞いてどうなるってんだよ?」
「わからないよ。でも、それが手がかりになるかもしれない」
たしかに早村の言うことは一理ある。
美百合先輩から聞いた話によれば、物霊は一定の感情に起因して生み出されるらしいし。
そして、その感情は生死を問わず人間が発したものであるということ。ならば、早村の推論もあながち間違ってないんじゃないか?
そのうえで、早村の中にある問題について一考してみる必要がある。
俺は顔をうつむけて、考えをまとめてみることにした。
まず性的な意味で貞操感がないところ。
これについては、元々あったという気もしなくもない。だとしたら、俺に対して攻撃的なところ……いや、これも違うな。
う~ん、じゃあいったいなんだ? ますますわからなくなったぞ。
俺は迷走する自問自答に白旗を揚げ、早村自身に直接聞いてみることにした。
「なあ早村。オマエは率直にどう……」
と顔を上げ途端、そこにいたはずの早村の姿がなかった。
「早村? おい、どこに行っちまったんだ?」
驚いた俺は何度も早村の名を呼び続けた――が、それに応じるような人間の存在はなく、誰もいない広い校庭に1人取り残された。
いったいどこに行っちまったんだ……?




