第5節「異変」
「お邪魔しました」
結局、早村の家にも手がかりらしい手がかりは見当たらなかった。
俺たちは適当に時間をつぶして帰宅の理由を作ると、おばさんに挨拶をして帰宅の途に就くことにした。
「もう帰っちゃうの? どうせなら、一緒にご飯食べていけばいいのに」
と寂しがるおばさん。
その表情からは、俺たちが超能力者と霊能力者で、早村の落とし物の手がかりを探しに来たなんてことを疑っている様子はない。むしろ、娘が連れてきた久しぶりの友達の帰宅を残念がっているように思える。
俺はそんなおばさんに対して、正直に遠慮する旨を伝えた。
「いえ、だいぶ長居してしまいましたし。それにウチは両親が共働きで帰りが遅いんで、普段は妹と一緒にご飯を食べる約束になってるんです」
「あら、そうなの?」
「ええまあ……。これから買い物にも行くつもりだったので」
などと言っていたら、急にズボンのポケットにしまい込んでいたケータイが鳴り響いた。
まったく、けたたましい音を建てやがって。そんなに「早く電話に出ろ」とばかりにせかさなくたっていいだろうが。
心の中でそう愚痴りながら、とっさにケータイを手に取る。すると、俺は画面に表示された相手を見て、「げっ」と驚かされることとなった。
やむにやまれず、おばさんに「失礼」と一言断って電話に出る。
『――もしもし、お兄ちゃん?』
やっぱり、妹だった。
まあアドレス帳に登録した名前が表記されていたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが……っていうか、なんでいまこのタイミングで電話して来てるんだ、アイツは。
そんな妹の声は、とても甲高く「将来声優になったら有望」というぐらい特殊な声をしている。
声オタどもに言わせれば、これが萌えボイスってヤツなんだろ? けどさ、ウチの妹って、その声とは裏腹にキッツい性格なんだよ。
なんつたって、アイツは共働きの両親に変わって家を仕切る我が家の独裁者わワケだし。
その独裁者に挨拶とばかりに話しかける。
「ああ、ゴメン。いまからテキトーに買い物をして帰るところだ」
『じゃあついでにお醤油、お砂糖。それから、卵と2キロのお米も買ってきて!』
「おい、待て。いくら俺が男だからって、一度にそんな大荷物を持って帰れるわけがないだろ?」
『大丈夫だよ、お兄ちゃんだから――そういうわけでよろしくねっ!』
「おいっ、コラ!」
……切れた。
まったく妹は、兄をなんだと思ってるんだ! こんなに格好良くて、優しいお兄ちゃんなんていないぞ。それなのに母さんに似て、ぞんざいな扱い方をする。
これじゃあ、父さんと一緒で我が家の男を奴隷ぐらいにしか思っていないって事の証じゃないか。
(……あれ? もしかし、ホントにこれって奴隷扱いされてる? SMなら、これはアリかもしれないけど。いや、しかしこれでは兄の威厳が……)
などと考え込んでいると、「大丈夫?」という声が耳に入ってくる。
すぐに目を合わせると、おばさんが俺に問いかけていた。
「……妹からでした」
「あら、そうなの? なにか私用でもあった?」
「いえいえ、大した用事じゃないですよ。大量の食材を買ってこいとかそんな話です」
「なんだか大変ね」
「まったくです――我が妹ながら、もう少し兄をいたわって欲しいものですよ」
「でも、邑神君はちゃんとお兄ちゃんらしくしているからエラいわ。それに話を聞く限り、妹さんとも仲がいいみたいだし」
「そんなことないですよ! それより、夢さんにはご兄弟はいらっしゃらないんですか?」
「残念ながら、ウチは一人っ子なの。本音を言えば、もう1人欲しいんだけど」
と早村のおばさんが恥ずかしそうに笑う。そんな笑顔を見せられたら、つくづく早村は幸せ者なんだなぁって思うぜ。
とっても母親らしい母親――それがおばさんの印象。
それに比べて、ウチの母親ときたら……。仕事に忙しさにかまけて料理をしないわ、いつも買ってくるのはコンビニの弁当かレトルト食品ばかり。
んなんだから、妹の料理スキルが上がっちまうんだよ!
(ウチの母親もこんなんだったらよかったのに)
おもわず心の中で本音を吐露する。
「それでもうらやましいですよ。手作りでケーキを作ってくれる母親なんて。ウチのに比べたら取り替えて欲しいぐらいですよ」
「あまりお母様のことを悪く言っちゃダメよ」
「ええ、わかってはいるんですけどね」
どうにも早村がうらやましすぎる。
ついつい余計なことを口走っちまった。まあ、それだけにおばさんとの会話はどうしても苦笑いばかりになっちまうんだが。
話題を変え、早村のなくしたモノについて訊ねてみる。
「あの、こんな事聞いてはなんなんですが……。おばさんは夢さんからなにかモノを無くしたなんて話を聞いたことがありませんか?」
「……モノを無くした?」
「ええ、本人はそれを一生懸命探しているみたいんなんですけど」
「うーん、そんな話は聞いたことないわねえ」
そう言って、首を傾げるおばさん。
やっぱり、唐突すぎたっぽい。なにか手がかりが得られるかもしれないと思って質問してみたんだけど、こりゃあおばさんは無縁だったみたいだ。
その思いに慌てて言葉を濁す。
「スイマセン、なんかヘンな質問をしてしまったみたいで」
「いいのよ。あの子が私に言わないのは、きっと邑神君みたいな年の離れたお兄ちゃんが出来ててうれしいからね」
えっ、俺がお兄ちゃん? どういうこと……?
なんだかとてつもない違和感を感じる。おばさんの言い方だと、まるで早村が小さい子供みたいな言い方じゃないか。
俺はすぐさま美百合先輩と顔を見合わせた。
顔を見た先輩もかなり驚かされたようで、異様な状況が信じられないのか、両手を口元に当てている。さらに目だけで「物霊の仕業かどうか」を訴えると、首を横に大きく振って断定できないことを伝えてきた。
それから、俺は向き直っておばさんに真意を確かめた。
「あの、おばさん。はやむ……じゃなくて、夢さんは高校生ですよ?」
「なにを言ってるの――あの子は、まだ小学五年生よ」
「えっ!? そ、そんなワケ……」
「んもうっ! 邑神君ったら、私をからかおうとして」
「だ、だって……。さっきまで横にちゃんと俺ぐらい年の子がいたじゃないですか?」
「それは貴方が連れてきたお友達でしょ。あの子が夢なワケないわ」
「……ウソだ……」
おばさんの口から出た一言にあんぐり。
天変地異、驚天動地――いやいや、そんなものじゃない。
とにかく、おばさんの放った言葉は信じられない一言だ。自分の子供が小学生? 普通あり得ないだろ?
俺の認識が間違っていなければ、早村は間違いなく高校生の女の子だ――なのに、おばさんはどうしちまったんだ。
動揺のあまり、とっさに出た言葉で勘違いではないかと問い質す。
「あ、あの……おばさんの方こそ、誰かの子供と勘違いしてるんじゃ?」
「邑神君、さすがに冗談でも言葉が過ぎるわよ」
「もう一度思い出してください! もし、ホントに違うんだって言うなら、俺たちと一緒にいたあの子は、いったい誰だって言うんですか?」
「それも、きっと貴方の勘違いよ。たぶん、同じ名前だから夢だと思ってるんだわ」
ダメだ、話が通じない――たぶん、このまま会話を続けても平行線をたどっちまう。
もしかして、これも物霊の影響? だとするなら、おばさんが早村の記憶障害を引き起こしている原因なのかもしれない。
俺は昂ぶる感情を抑え、勘違いのフリをして笑って誤魔化すことにした。
「……よくよく考えるとそうですよね。ゴメンナサイ、ひどい勘違いをしてしまって」
「いいのよ。誰にも間違いはあるわ」
「ええ、まったくその通りで」
と、愛想笑いを浮かべる。
ぶっちゃけて、本心では納得はしていない。
だけど、いまのおばさんに本当の早村が高校生であることを説明しても癇癪を起こされてしまうだけだ。だったら、一刻も早くこの状況を打開しなくてはなるまい。
俺は適当に挨拶を済ませ、先輩たちと一緒に玄関から外へと出た。
そして、路上へ出たところで、3人でおばさんの様子のおかしさについて話し合った。
「美百合先輩、いまのおばさんの話って」
「ええ、おかしいわね。なんだかこの家そのものが物霊に取り憑かれているみたいな感じだわ」
「ある意味、ここへ来て正解だったとも言えますが……」
「どうしたの?」
「早村は、どうして俺たちに言わなかったんでしょうか?」
チラリと二階の早村の部屋の方を見る。
すると、そこにはカーテン越しに顔を覗かせた早村の姿があった――が、途端に俺と目が合ったことに気が付いたのか、はたまた話さなかったことをやましく思ったのか。
早村はカーテンの向こう側に消えてしまった。
「たぶん、あの様子では話してくれるのは当面先になりそうね」
顔を先輩の方に向けると、同じように二階の窓を眺めていた。
「天坂はどう思った?」
さらに天坂に対しても、同様の質問を繰り出す。
天坂も先輩と同じように窓を見ていたが、俺に問われて「私?」とキョトンとした顔で、自分の方に指を差し向けていた。
「やっぱり、ヘンじゃないか? いくらおばさんの話の整合性がとれないからって、娘である早村がそのことを把握していないはずがないじゃないか」
「――わからない。でも、なにかが違ってるような気もする」
「どういう意味だ?」
「それもわからないよ。ただ本当になにかがおかしい気がするの」
「またそんな曖昧な」
明確そうで、明確でない言葉。
天坂はいったいなにが言いたいんだ?
でも、きっと天坂の中じゃなにかがおかしいことに気付いているんだと思う。そして、それを言い表そうにも不明瞭すぎて言葉にできないってところなんだろうな。
俺たちは今日の捜索を打ち切ることにして、帰宅の途に就くことにした。




