第3節「探し物はなんですか?/その3」
時刻は、午後五時半。
俺たちは再び学校へと戻り、さっそく物霊の探索を始めることにした。
立夏を過ぎたとはいえ、まだまだ辺りが暗くなるのは早い。あと三十分もすれば、暗幕で覆われたように闇に閉ざされてしまう。
それでも、早村が捜し物をしているこの場所からしか手がかりを得られないってのもあったし、もしかしたら付近にいるかもしれないという期待感から探す必要はあった。
……とはいえ、俺に直接霊を見つける能力はない。そのあたりのことについては美百合先輩や天坂に任せるとしよう。
俺はサイコメトリーでそれらしい痕跡を見つけるだけだ。しかし、問題は霊的な痕跡が記憶の断片として残っているかどうかだ。
その確証が得たくて、俺は美百合先輩に物霊の実態について確かめた。
「あの先輩。一つ確認してもいいですか?」
「なあに?」
「物霊は人の残留思念が元になって生まれるんですよね?」
「そうよ。物霊は人間が切り捨てた特定の思念が元で生み出されるモノなの。そうして生み出された物霊は思念そのものを自分のモノとして、さらに同じ思念を集めながらも周囲にそれに基づく行動を強制しちゃうの」
「強制ですか……」
「今回のケースを例に取ってみると、早村さんは『忘れる』という思念の影響を受けて捜し物をしているにもかかわらず、探しているモノがよくわからないというような矛盾した行動を起こしてるわ」
「それは俺も経験しました。とっさに先輩の名前を忘れるようなことがありましたし」
「そうね。あのときは『どうしたんだろ?』って気にしなかったけど、物霊のせいだってわかるとなんとなく右近君も影響を受けてたってことになるわね」
「じゃあ『忘れる』っていう思念を元にした物霊はずいぶん前からいたってことなるんですか?」
「……おそらくはそうなるわね」
少なくとも早村に出会う前から存在してたってことになるってことか……となると、サイコメトリーを使った物霊探しは可能ではあるけれども、かなり難航するかもしれない。
なにせ半年以上前の記憶の断片だからな。下手をすれば、風化してるかもしれない。それに特定の記憶の断片を読もうとすれば、かなりの確率で不要な断片までも読まなくてはならなくなる。
こりゃあ大変だ。
だけど、早村の為にも頑張らないと……そう思って、チラリと早村を見た。どうやら、自分なりに手がかりとなるモノを探しているようだ。
再び目線を先輩へと移す。
「どうします……と言っても、捜し物の方は俺が頼みの綱になりそうですが」
「そうね。物霊そのものを探るのは私と優ちゃんに任せてもらうとして、右近君はサイコメトリーで手がかりになりそうなモノを探してちょうだい」
「わかりました。早村に聞きながら、なんとか探してみます」
「うん、お願いね」
そう言うと美百合先輩は天坂と一緒に校舎の方へと駆けていった。残された俺は早村の元へ行き、もう一度覚えていることを思い出させることにした。
「どうだ、見つかりそうか?」
「全然ダメ」
「そう簡単に見つかるわけないか」
「ねえ邑神君……。私このままずっとなにも見つけられないのかな?」
「いきなりなに言い出すんだよ。そうならない為に俺たちが協力してやってるんだろ?」
「たしかにそうだけど……」
「なにか不安でもあるのか?」
「……少しね」
「オマエの気持ちはわからなくもないよ。でも、まだまだ始まったばかりじゃないか」
「ゴメンね、手伝ってもらってるのに」
「いいんだ。オマエが不安なら、心に思ってることを言ってくれて構わないんだぜ?」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
「まあ気にするな」
「うん。だけど、なにかを探してたのは間違いないんだ。それがなんなのかわかんなくて困っているのも事実なの。私の中で『それを探さなきゃ』っていう気持ちもあって、凄くグチャグチャしてるんだ」
「気持ちが落ち着かないのか?」
「そうだね。もし、このまま見つからなかったらって思ったら、私はいったいなにをしてたのかわからなくなる気がするんだ」
「……なにをしてたのか……わからない……か……」
早村が吐露した気持ちはかなり重いように見える――いや、相当重いはずだ。
出会う前から数え切れない回数だけ探し回って見つかっていない。それは不安がる早村自身から察することはできたけど、それ自体俺の思うよりはるかに深刻なのだろう。
本人にしかわからない重み。
それは校庭で泣き叫ぶ早村の記憶の断片から垣間見た。雨が降る中、肩を震わせてなぜあんな姿でいたのか。感情論で言えば、誰だって手を差し伸べたくなる。
俺は肩に手を乗せ、その不安を少しでも取り除いてやろうと思った。
「ふえ? 邑神君?」
「大丈夫だ、必ず見つけてやる」
「ありがとう……」
「実は俺もな、サイコメトリーの力を持ってたせいでイヤな思いをしたことがあるんだ」
「そうなの?」
「正確には自分のせいなんだけどな。それで自分を見失ったことがあるから、オマエの気持ちをほんの少しだけどわかる気がするよ」
「邑神君も色々と苦労してるんだね」
「色々とな。だから、あんまし深刻に考えるなよ。いつだって俺を頼ってくれていい」
結局、早村が探しているモノが見つからなければ意味がない言葉。しかし、不安がる早村を安心させるには、これぐらいの言葉しか思いつかない。
それでも、俺がここで落ち込むわけにはいかないんだ。せっかく美百合先輩や天坂が手伝ってくれてるんだし。
俺は早村と共に手分けして手がかりとなりそうなモノをくまなく探し回った。
さらに二時間後。
あたりはすっかり暗くなり、ちょうど頃合い的におなかの空く時間帯になっていた。
「見つかりました?」
「ダメね。このあたりにはいないみたい」
「そうですか」
あれからずっと学校中を探し回った。しかし、それらしい痕跡は見つからず、今日のところは捜索を打ち切ることにした。
超能力と霊能力。
両方の観点からこれだけ見つからないとなると、強い物霊の力が強く働いているんじゃないだろうか? サイコメトリーで早村のモノだと思われる記憶の断片をいくつか見つけたけど、どれもいままで見た記憶の断片と似たようなものばかり。
だとしたら、ここには早村の探しているモノはないのかもしれない。俺はそのことに頭を悩ませ、みたび早村に他に思い当たるフシはないか聞いた。
「なあ他に思い当たる場所とか無いのか?」
「他に思い当たる場所?」
「なんでもいいんだ。覚えていることがあったら言ってくれ」
「そういわれてもなぁ……」
「なにか一つぐらい思い出せないか?」
と急かすようにように告げる。
俺の問いに早村が難しそうな顔で考え始めた。しかし、なにも思いつかないのか、唸り声を上げて必死に悩んでいた。
そんなとき、「ねえ邑神君」と天坂から声を掛けられる。
俺は呼応して、天坂に話しかけた。
「なんだ、天坂?」
「一つ提案があるんだけど――いいかな?」
「提案? なにかいいアイデアでも思いついたのか?」
「名案ってほどのモノでもないんだけど。もし、可能なら早村さんの思いが強く残っていそうな場所をたどってみたらいいんじゃないかな?」
「たとえば?」
「早村さんのおうちとか」
「早村の家か。たしかにそこに行けば、たくさんの思い出の中から記憶の断片が得られる気がするな」
「でしょ? サイコメトリーに必要な材料を集めるには最適だと思うの」
「――けど、物霊はどうするんだ? まだ関連してると決まったわけじゃないだろ?」
「それは、早村さんが捜ている物を見つけてからでもいいと思う。たぶん、そうしているうちに物霊に関する情報も得られるんじゃないかな?」
「確証はあるのか?」
「あるとは断言できないよ。でも、いままでの状況証拠だけをみれば、早村さんに物霊が関連しているとも言えなくないと思う」
「状況証拠ね……」
「だったら、それに賭けてみるしかないんじゃないかな?」
一理ある。天坂の言うように手がかりとなるものさえ見つけられれば、物霊も早く見つけられるかもしれない。
だが、所詮は暗中模索の状態である。
不安になった俺は美百合先輩に意見を求めた。
「先輩はどう思います?」
「私も優ちゃんの提案に賛成ね。物霊の気配もこのあたりにはないみたいだし、このまま闇雲に探し回っていても見つかりそうにないわ」
「……となると、天坂の言うとおり早村の家に行くのが得策なんですかね?」
「そうね。見つからない以上、行ってみるしかないと思うわ」
「では早村の家に行きますか」
と俺は早村に道案内を頼み、一路早村の自宅へと赴くことにした。
その道中。先輩たちは周辺に物霊がいないか確かめてようだったけど、そう簡単に出くわすモノでもないらしい。「いました?」と問いかけると、すぐに首を振って答えが返ってきた。




