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大海の少年

作者: 北本てつ

小さな橋の上から一艘の船がひらひらと舞い降りてきて小さな波紋を作り小川へ着水した。


冒険の始まりだ。


少年はガードレールの下を流れる小川を覗き込みながら、バランスを崩さないように注意深く走っていく。舗装されていない砂利道はとても走りづらい。周りは樹が生い茂っている。森の中を走る一本道。厳しい夏の日差しも木漏れ日となって砂利道に落ちている。


小川の優しい流れに乗って少年が作った草の船が走っていく。


僕はあの船に乗っている。冒険の旅に出るんだ!今はまだ緩やかな流れだけど、いずれ大きな河とぶつかってずっとずっと早い流れに乗る。そうしてやがて海へと出るんだ!


そんなことを想像しながら船を追いかけていると膝や肘の擦り傷の痛みなんか忘れられた。

少年は船を追いながら何度も転んでいたのだ。その度に現実に引き戻されたが、少年は冒険を終わらせようとはしなかった。夢中で船を追いかけた。


やがて砂利道は大きくカーブを描き小川から離れていく。少年はいつもここで草の船を見送るのだ。いったいいくつの船を見送ったのか、いったいいくつの夢を流していったのかわからない。それでも少年はこの遊びをやめなかった。


ある日少年は考えた、あの先へ行けないだろうか?

ガードレールがあるというだけで当たり前に世界を分けていたけれど、乗り越えてしまえないのだろうか?そうだ、行けるはずだ!


少年の心は躍動した。どうしていままで思いつかなかったのだろう?簡単なことじゃないか!


そうしていつもの通り草の船を小川へ流した。今までは終わりが分かっていたこの冒険だが今回はもっと先まで行ける、未知なる世界へ行けるのだ。そう思うと少年の足はいつもより早く動いてしまう。船がいつもよりも遅く感じた。今までしてきたように夢の世界にうまく陶酔することができなかったのはその先の世界に思いを馳せてしまうからであった。


やがていつものカーブが見えてくると少年の気持ちはいよいよ高ぶってきた。

いつも走っているこの道がこんなに長いと感じたのは初めてだった。いつも恨めしく思っていたこのカーブに早く着きたいと思ったのは初めてだった。


いよいよその時がきた。少年の胸は高鳴りその目は新たな世界への期待できらきらと輝いている。

船は小川をゆらゆらと流れている。少年はガードレールに手をかけるとひらりとこれを飛び越えた。着地したその地面はいつもの砂利道ではなかった。やわらかい土の感触が新たな世界を感じさせた。ひんやりした空気が少年を迎えた。もうさえぎるものは何も無い。少年のいつもの想像がこの先に行けば現実にあるのだと思えた。


少年は駆け出した。土を踏みしめ見たことのなかった世界を感じながら小川に沿って森の中へとぐんぐん進んでいく。道なき道を船を追って進むのは少し大変だったが、むしろその困難が少年の冒険心を刺激した。


どれくらい走っただろうか、辺りはだんだん暗くなり船の姿を見失うようになってきた。川の流れも早くなりもはや小川とは呼べなくなっている。しかし、少年に恐怖はなかった。むしろ川の流れが早くなってきたことがうれしかった。もっと船の近くに行かなくちゃ。少年はそう思っていた。


息を切らせながら少年は川に近づいた。しかし、船の姿は見当たらない。見失ってしまったのだろうか?少年は少し焦ってまた川に近づいた。その時、木の根だろうか?少年は何かに足をとられて転倒してしまった。


打ち所が悪かったのだろう、少年はそのまま気を失ってしまった。


夢の中で少年は船を追っていた。船はやがて大きな河に出た。そこには今まで少年が作った船が何艘も流れていた。いつの間にか少年はその中の一艘に乗って他の船の陣頭指揮を取っていた。少年の瞳も河の水もきらきらと輝いている。このまま海に出られるだろうと少年は確信していた。


どんどん広くなっていく河にあわせて船もどんどん増えていく。


あたり一面緑となりやがて遠くに水平線が見えた。ついに海へ出たのだ。

少年はあの水平線を目指してただひたすらに突き進んだ。いつの間にか水平線は消えて青い空と海が一つになり、少年はもう自分がどこにいるのかわからなくなっていた。しかし、そんなことは気にならなかった。少年と少年の夢を乗せた緑の船は青い海を、大海の中を泳いでいく、きらきらと輝きながら。

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