修練神の期待
この日の戦闘は狼戦で終了することにした。
もう一戦くらいする時間はあったが、戦う意欲が湧かなかった。
狼の動きをまったく捉えることができなかったことが戦意を著しく低下させたのだ。
行き着けの食堂でちょっと早い夕飯を食べようとすると、
二人がこのお店は嫌ぁと言って中に入ろうとしない。
何が嫌なのか二人に理由を聞くが、要領を得ない。
店のおばさんが嫌いということはわかった。
食堂のおばさんは、一見、慇懃で愛想があり面倒見の良いおばさんだが、
店ががら空きでも、座る座席を強引に指定してきたりとか
材料の残りの量や、作りやすさ、運びやすさなどで、勝手に注文メニューを決めたりとか
店の都合やおばさんの都合を優先させる時があって、俺もなんとなく嫌いだった。
はっきりいってお気に入りのウェイトレスがいなければ行かない店だ。
それでは、どこで食べるかと二人に聞くと、どこでも良いという一番困る回答が
帰ってきた。屋台にでもするかというとそれでいいとのこと。
屋台なら武器屋の傍の屋台が良いというので、そこに行くことにした。
俺もよく利用する屋台だ。
武器屋の傍の屋台は分厚い肉をパンで挟んだ物を売っている。肉汁たっぷりで
塩コショウもよくかかっており美味い食べ物だ。量もけっこうあり安い。
神殿前の広場に降りる階段で3人仲良く座って食べる。左からマナ、俺、カナだ。
食べ終わると、肉汁で口と手をべたべたにしているマナを拭いてやる。
骨折時には三角巾の代わりにもなるでかいハンカチだ。ずぼらな俺でも携帯する癖が身に
付くくらい、幼年学校時代に骨の髄まで叩き込まれている。
カナが私も私もと言うので拭いてやる。
拭き終わったら、さて、これからどうしたものかと考える。とりあえず、
せっかく武器屋の傍にきたので武器屋に入ってみることにした。
対狼用の何か良い武器があるかもしれない。店員に狼用の武器は何かないか尋ねる。
すると、「え、もう狼戦まで進んだのか?」と驚かれた。
「いや、俺はまだゴブリン戦だけど、こっちの二人がね」
「おお、嬢ちゃん達か。いや、それにしても早いぜ。たしか嬢ちゃん達の親父は、
闘士レベル4程度だったはず。闘技場レベルは今いくつだい?」
「俺はレベル1で、二人と一緒に入ったらレベル3だった。 」
「ほほぉ、闘技場レベル3でもう狼か。狼ってのは、あれだろ、白くて動きの速いやつ?」
「そそ、白くて動きが速いやつ。速すぎて目が追いつかなかったよ。
レベル3で狼が出るのは珍しいのかい?」
「ああ、珍しい。レベル3でその狼が出てくるってことぁ、修練の神様に期待されてるってことだ。
たいていのやつはレベル6でその狼と遭遇する。」
「修練の神様に期待されると強い敵が早い時期に出てくるのか?」
「まぁ、実際に神様に期待されているかどうかはわからんが、
早い時期に強い敵と戦うやつらは、闘士として役に立つやつに成長しているな。
俺や仲間の経験談だが、早い時期に強い敵と戦ったやつと
そうでないやつとでは、闘士レベル10になって雇った場合の腕前に相当な差がでている。」
「へぇ、同じレベルで?」
「ああ、闘士レベルってのはスキルの威力や習得数の目安みたいなもんだ。
獲得したスキルをどう使いこなすかってのは結局は人それぞれで、
使っているとこを見てみるしかない。」
「なるほど。たしかに『歩法』スキルの獲得で足運びに関するいろんな知識を得るし、
ある程度は体も動くようになるが、使い込んだ足の動きしか、咄嗟な時にできないな」
「そういうことだ。スキルを使い込むチャンスを死ぬことが無い闘技場レベル20以下で
与えられたってことは神様に期待されているってことだろうって話さ」
「なるほどね。闘技場レベル3の狼とレベル6の狼は同じ強さなのか?」
「うむ、狼ではないが、ソロでレベルが低い時に当たった敵に、
パーティーによる対戦相手の入れ替えで、レベルが高くってもまた同じ敵に当たったやつの話だと、
そのモンスターが売りにしている能力やステータスは一緒のように感じたらしい。
だから、速さが売りの白狼なら速さは一緒だろう。耐久や力、体の大きさは
小さいかもしれんが。」
「体長は1メルクくらいだったな。」
「おお、ならレベル6の時の半分の大きさだな。」
「一応レベル3用に弱体化はされているのか。神様に期待されているとなると
がんばるかって気持ちにもなれるといえばなれるなぁ。
ところで、狼用の便利な武器はあるだろうか?」
「あるといえばある。こっちだ。」
そういうと、店員は、とげとげした小さなものを見せてきた。
「これは?」
「ヒシの実だ。これを戦闘開始前に狼どもの足元や自分の周囲に撒いておくと、
白狼なんざぁ余裕で倒せちまう」
「たしかに、踏んづけたら相当痛そうだ。」
「だが、兄ちゃん達が使用するのはお勧めできんな。」
なんでだという目を向けると
「せっかく早い時期に白狼と対戦しているんだ。ここでヒシの実なんか使用して
楽に行くより、正攻法で狼を退治したほうが兄ちゃんの将来のためってやつよ」
「うーむ」
たしかに、それはわかる。楽な選択肢ばかり選んできて今ここにいるわけでもある。
ここで、また楽な選択肢を選んでしまっては、そのうち居場所がなくてってしまうような気もする。
「しかしなぁ、この子達が狼に噛まれるのを見るのも忍びないんだよなぁ」
といいつつ二人を見ると、店の床に座りこんで仲良く眠っていた。
そんな二人を見て店員が目を細める。
「それはあるな。じゃぁ狼退治のヒントをやろう。やつらはたしかに速い。
だが動きが速いだけじゃぁないんだ。ヒシの実を撒くとわかるが
やつらの移動先はこちらが予想もしない先なんだ。前に進むと見せかけて
真横に移動していたりする。こちらの予想を外されるから目で追うことができず
消えるほど速く動いたような錯覚をおこすのさ」
「なるほど、そういうことか。『歩法』にも似たような技がある。
そうか、敵も同じような技を使用してもおかしくない。スキルで得た知識を生かせてなかった」
「ははは、ま、そういうこった、がんばりな」
「ありがとう。がんばってみるよ」
再度、狼攻略のヒントを教えてもらったことに感謝を述べて店を出ようとして悩む。
眠っている二人をどうするか。幼い二人とはいえ、二人とも身長は130センほどあり、
身長が165センほどしかない俺では二人を抱えていくのは厳しい。
と、話を終えたことに気づいたのか二人が目を開ける。
「パパァ、お家に帰るの?」とマナが。
「だっこぉ」とカナが。
少し寝ぼけているようだ。
さすがに18歳で8歳児のパパはないだろと内心つっこみつつ、
お家に帰ろうと声をかける。マナが目をこすりつつ左横に来たので
手を握ってやり、カナが背中をよじ登ってくるので、おんぶしてやる。
店員が暖かい声で笑いながら、たいへんだなと言ってくれる。
それに手を振りつつ、修練の神殿に向かう。中に入る時にはぐれないように
カナの手をしっかりと握る。
手を握ったのが嬉しかったのか、背中越しにカナが喜んでるのが伝わる。
マナの手も強く握ってやると眠そうな顔をこちらにむけて、笑顔になる。
なんだか俺も嬉しくなる。笑顔ってのはいいものだ。
短い。来週は長くなるようがんばりたい。