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サーカスに行くことになる。

 新しいコックが来てから数日が過ぎたある日。質素な黒い郵便受け。その中に、一枚の封筒が入っていた。

 何も印がないのを見るに、自分の手で中に入れたのだろうけど。誰かしら? と思って差出人を見ると、マローと書かれていた。

 ……マロー!

 て、手紙を持ってくるなんてな、何の用かしら!? それより、家に来たんだったら訪ねてくれればいいのに!

 今すぐにでもナイフで封を開けたいところだが、この手紙は別に私宛ではないため、素早く家に入ってお母様に手渡す。早く開けるよう催促する目と、差出人の名前を見ると、呆れたように笑ってナイフで封を開けた。

 お母様は明るくなった。お義父様の葬式は行わないと決めると、何か踏ん切りがついたように変わったのだ。言わなかったけれど、葬式を行った方が良かったのではないかと私は思う。

 話を戻して、お母様の手元には手紙と、五枚のチケットが。……なんのかしら?

「あらあらまぁ」

 少し驚いたように声を上げるお母様の手元を覗き込む。そこにはこう書いてあった。

『サーカスのチケットです。みなさんで楽しんできてください』

「サー、カス!?」

 サーカス鑑賞なんて貴族にしかできないことだ。それはもちろん値段が高いから。商人のお義父様と結婚してお金が入ったとはいえど、まだ贅沢はできないこの時期。サーカスね……。楽しみだけど、なんでマローが?

 マローは訳ありで……。いらぬことを思い出しかけた。家族で、うーん……。でもサーカスのチケットを、しかも五枚も買えるような人だとは思えないのだけれども。

「五人なら、シンデレラも一緒でいいかしらね」

「あ」

 そっか。五人だ。シンデレラも一緒だわね!

 シンデレラは使用人だけど、この家の家族になりつつあった。そんなに日にちも経ってないけれども、使用人が一人きりだという分、何かと関係が近くなるのだ。

「今日、行きましょうか」

 頭の中の予定表を思い出しながら、満面の笑みで頷いた。


 使用人は見た。はい、見ました、見ちゃいました。

 いつも通り屋敷の中を掃除しつつ、やっぱりなんでこんなことなったんだろーいやー自分のせいだよー、と脳内会議を繰り広げていた時のこと。

「うーん? こうすれば入るかなぁ? ん、んー!」

 イザベラお嬢様ちゃんが部屋のドアを開けっ放しにして何かをしていた。……いや、ドア開けっ放しだし。好奇心がてら、掃除がてら覗かせて頂こうじゃないの!

 部屋の前を雑巾で静かに拭き、バレないように部屋を除くと、イザベラが向こう側の鏡に向かって――ドレスを捲し上げていた。

 ……う、うん。なんにも、見なかった。

 実際下着は見えていない。イザベラの部屋にある鏡は化粧台の鏡のため、床に這いつくばっている人には下の方が見えないのだ。下の方とは、イザベラの下着が映っている、と思われる場所です。

 ドレスを捲るのは好きだけど、自分からめくられるとね……。

 ドレスの下の素肌あたりを弄って取り出されたのは――鞭。

 ……鞭?

 ちょっと天然で、かわいくて、ちょっと不思議なお嬢様が――ドレスを捲し上げる変態で、鞭を常備する自主規制だっただと!? いやもちろん自主規制とは限らないけど、鞭を持ってるって尋常じゃないっていうか普通は持ってませんよね!? 自主規制ですか、自主規制なんですか!?

「これでよし、と!」

 その鞭を再び捲し上げているドレスの内側に取り付け、たのかな? 取り付け、満足したようにドレスを下ろした。鞭をセットしてたんかな?

 そろそろ振り返りそうなのでそのままゆっくりと後退し、向きを変える。そうすれば覗いていただなんて思うまい。

「あ、シンデレラさん」

 バレてないとは信じたいけど、万が一というのがあるので肩がビクンと跳ねた。あああそういえばあんな趣味がある、いやありそうなくらいだ。もしかしたら天然っていうのは演技かもしれないしこの家に入ったのだってわざとかもしれないしでも演技だったらうち気づきそうだしうちが使用人やるからあの子はお嬢様なんだしうわわわわわわわわ。

「ハンカチ、汚しちゃって。洗ってもらってもいい?」

 パニック状態のうちに対し、イザベラは普通だった。慌て損?

 にしてもイザベラが何かを頼むなんてめずらしいなー、と思いつつ、特に断る理由もないので受けることにする。

「あの、これ」

 差し出されたのはキレイな模様のハンカチ。……というよりバンダナ?

「はい。……えと?」

「あ、ごめん、やっぱ自分で洗います! 声かけてごめんなさい!」

 手渡されたハンカチを取ろうとして手をひっこめられた。なんやー。

 バタバタと部屋の中へと戻るイザベラ。……なんだったん?


「そろそろ一か月かー……。やっぱシンデレラがいないとさびしいな」

「お父さん亡くなって、でもあるね。……シーンーデーレーラー」

 ある時間、ある場所で、数人がシンデレラについて話していた

「無事にやってたらいいよな」

「それでもやっぱり戻ってきてほしいじゃん! てか、あんたさっきから何にも言わないけど、さびしいぐらいは思ってるんでしょうね!? マシュー!」

「うるっせーな。てめぇには関係ねえだろ!?」

 マシューと呼ばれた少年が不機嫌そうに答える。

「まったくもー。シンデレラがいなくなるときには一番ヘコんだあんたのことを心配してんの。あ、そういえばシンデレラと密会してるって聞いたんだけど」

「み、密会なんてしてねえよ! だいたい密会って人聞き悪いな! たまたま、たまたま会っただけだ!」

「ふーん? 会ったんだ」

 自分の失言に気づいた少年が固まった。その顔にはやってしまった、という後悔の思いで一杯だ。

「……誰がそんなの知ってんだよ」

「僕だ」

「お前か!」

 貴様裏切ったな、と幼馴染の親友を睨めば、興味がなさそうに視線をそらされる。

「それだったらお前もシンデレラに話しかければよかったじゃねえかよ」

「別に。お前らがいい雰囲気だしてたからな」

「そ、そんな雰囲気出してねえよ!」

 存分少年をからかった周りの人が笑い、少年が羞恥と怒りに体を真っ赤に染める。

「てめ、てめえらなんか!」

 だっきらいだ! などと幼馴染たちに言えるわけもないので、その場から飛び出す。

 そこで、見つけたのだ。

 シンデレラを。

 か、かわいい!

 じゃないぞマシュー。なんでシンデレラがこんなところに? え? まじ? あれほんとにシンデレラだった? 見間違いじゃないよな? 目を凝らして見ても、あれはシンデレラだ。……え、まじ? 夢じゃない!?

 少年は、満面の笑顔で幼馴染たちのもとへと戻り、呆れるみんなの視線を受けながら、その事実を嬉々として話すのだった。


「この鳩が、あなたにお手紙をお届けいたしましょう」

 楽しい楽しいサーカスのショーがいくつか終わり、次の演目への繋ぎのために現れた鳩使いの少年。

 先ほどから演目の繋ぎには私たちと変わらない歳の少年少女が出てきており、ピエロだったり、遊具みたいなのを上下に回転するものに乗ってハラハラさせてくれる人もいた。

「貰いたい人は手を挙げよう!」

 その声にはじかれたように手を挙げる子供たち。……といっても庶民のみである。貴族の子供は挙げたくても親が挙げさせないようにしてるみたいだ。まあそれが普通だわね。

 イザベラを見てみれば、意外手を挙げていなかった。イザベラの性格的に手を挙げてもよさそうなのにねえ?

 とは言うものの、ここに来る前、確かにイザベラはサーカスに来るのを拒絶している節があった。まあ来てみれば楽しそうに見ているわけだが。

「はい、じゃあそこの僕!」

 少年がさしたのは私。ではなく、私の後ろに座っていた子供だった。

 選ばれたのがうれしいのか、隣の母親と思われる女性の服をひっぱって嬉しそうに話している。母親も優しそうに答え、まだ小さい子供のために引っ張り上げて座席に立たせた。

 座席に立つのはマナー違反だが、逆に低くても鳩が子供を捉えづらいだろう。まあいいんじゃないかしら?

 ちなみに、手紙というのは、さきほどのショーで象が書いた手紙だ。像が花を使って文字を書いてるのを見た瞬間、ありえないと叫びそうになった。

 鳩使いの少年の肩から飛び立つ鳩。その足には小さな丸めた紙を持っていて、こちらを目掛けて飛んでくる。

 飛んでくる鳩。

 ゆっくりと減速してイザベラと私の席の背もたれに止まり。

 喜ぶ男の子を横目に、無邪気な子供が微笑ましく思って笑い。

 手紙を少年に渡す鳩。満面の笑顔の男の子。

 こちらを向く鳩。

 赤い目。

 何かおぞましいものを感じたが、それは気のせいだったのだろう。

 少年の肩へと戻っていく鳩を見つつ、次の演目を楽しみにした。


 楽しすぎるサーカスが終わった帰り道。

 パタパタと飛んでくる何かが聞こえ、後ろを振り向くと、そこには赤い目の鳩が。

 前後に動く頭、嘴。

 ――左目に感じる、痛み。

 ――赤い視界。

 ――左目を抑える手から滴る、何か。

 ――おそるおそる上げた視線の先の、濡れた鳩のクチバシ。

 私の意識は、途切れる。


童話じゃないシンデレラに、「シンデレラが復習に、鳩を使ってお姉さんたちの目を潰す」ってのがあったので使ってみました。

……えと、すいません。

シンデレラはなんにもしてないです。ちょっと主人公ちゃんの目を潰したかっただけです。……ごめんねアリー。

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