レオに尋ねることになる。
新しいコックの作る朝食をとりつつも、私の頭の中はぐるぐると様々な感情がうごめいていた。それもこれもすべてはコックのせいよ。今日から来た人じゃなくて、昨日までいたコックの、マロー。
実は昨日まで知らなかった。昨日教えてもらった。……昨日のことは思い出したくないのでそれ以上は考えないことにしてっと。
今回のコックは訳ありではなく新人のようだ。まずいというわけではないけれど。そう考えていると自然にマローとつながってしまう。
昨夜のことは、考えないようにしたいというのに。
抱きしめられて、そのまま沈黙が続いて。
好きです、と言われて。
謝られて、私は何も声をかけることができずに、マローは家を出て行ったのだ。
寝るまではぐるぐるとマローのことを考え続け、そのうちに心の中でコックではなくマローと呼ぶようになっていた。
マローという名前を教えてもらったのも、好きだと言われた時のことだ。
好きって、なんだろ。
自分で作った料理を食べて顔をしかめるコックを見つつ、私は考えを続ける。
あれは。自分の思い上がりでなければ、いわゆる恋愛感情によるものだろうか。身分違いの、恋、か。
告白、された。告白されたというのに、冷静に分析している自分もいた。まあ慌てすぎて表情に出してないのでよしとして。
マローは、家族だ。
血は繋がってないし、名前さえ知らなかったが、家族だった。家族に恋愛感情を抱かれた。アリーの心情はとても複雑でございます。
貴族によっては、血を薄めないために親族で結婚することも少なくない。血が近すぎると子供が病弱になり、そのまた子供を産む前に死んでしまう可能性があるので、いとこ同士で結婚させることが多いという。まあセニグリア家はそんなことしたことないけど。
食卓の雰囲気はどんよりしていた。
おそらく新しいコックはそれが自分のせいだとでも考えているのだろう。料理がまずかったか、などでも。
もちろん事実は違う。マローが、いなくなっちゃったから。
お母様、お姉様はもちろん、ここにきて日が浅いイザベラも元気がない。唯一いつも通りなのはシンデレラぐらいだ。
事実、イザベラもそうだけど、シンデレラとマローにそんな接点はなかったわけだし。別におかしな反応じゃないけれども、少しは残念だとか考えないのかしら? それとも、心の中ではそう考えるとか。
どっちにしろ私が口出す話じゃないんだけどね。
朝食をとり終わった後は、コックに対して色々と料理の評価をしてそれぞれの部屋に戻る。
気持ちが下がっているし、告白もよくわからない。
気晴らしに散歩に行こうとすると、丁度家の門が閉じるところだった。誰か私のように散歩へ出かけたのかしら?
後を追うようにして家を出れば、前にはシンデレラが。あの子も散歩かしら?
なんとなく。なんとなく、ついていこうかしら?
シンデレラの頭の中で再生されるのは、去年のレオとの会話だ。
「恋愛って、よくわかんないねー」
何を発端に話題がこうなったかは知らない。けれど、それに対してレオが話し始めたことが、今はとても重要なのだ。
「兄が、貴族で料理人やってんだけどね」
「え、お兄さんいたんだ」
三年間ぐらい友達をやっているはずなんだけど、教えてもらったことなんですけど。
貴族は嫌いだと言っていたので、庶民なのは確定していた。そして、その一言で庶民なのは確定になった。
で、お兄さんは貴族嫌いじゃない、と。
「そこのお嬢様に恋したんだってさ」
「へー……」
はっきりと思い出せるのはこれぐらい。
使用人が主人に恋する話しぐらいは聞いたことある。これぐらいじゃあレオを訪ねようとは思わない。
もう一つ、思い当たることがあるのだ。
この前、図書館を出るときに、すれ違ったから。
記憶を掘り返せば、なんとなーく、今までにもすれ違ったような気が、しない、までも、ない、かも、しれない、ような。
いつもの机のいつもの席。そこにレオを認識。
とりあえず前にあるイスをひいて座る。いつも斜めに座るんだけどね。
「やあレオ君」
ちょっと勿体ぶってみた。
「やっほ」
「ところで、君のお兄さん、出せやボケェ!」
あくまで周りに迷惑を掛けない声です。ええ。
「……え、よくわかないんだけど」
人のよさそうな顔しちゃって! ごめん、関係なかったね。
「えっとさ、レオのお兄さん料理人やってるって言ってたじゃん」
レオの眉がぴくっとした。あ、こりゃなんかあるっぽいよ! どうやら話したくないわけでもない、ので!
「色々、教えてほしいんだけど」
結論から言えば、思い間違いだった。……うへえ。
お兄さんの名前はマローと言って、二年前からアグイレ家で働いてるんだとか。……ウチコックの名前知らへんがな。でもそのアグイレ家って働いてるんだったら違うかー……。興味本位聞いたはいいものの、自分予想とはずれると何かむなしいものがあるな……。
案内してもらったわけではなく、勝手について行っている。
その認識があるため、私は図書館についてもなんとなくシンデレラの前に姿を現すことができず、ついつい近くの本棚の陰に隠れてしまった。
静かな図書館で交わされる会話。いくら他の人の迷惑にならない声だとしても、聞こえるは聞こえるのだ。
レオの兄。コック。
その二つの単語に私の心は跳ね上がる。
もしかして、また、会える。マローなんて名前、少ないとは言えないものの、多くもない名前だ。
これは決して恋心なんかじゃないのは私が一番わかっていた。マローは兄だ。家族だ。告白されたことに様々な思いを抱きつつも、未だに認識は家族のままで、異性としてだなんて思ってなかった。
アグイレ家。二年前。
マローのことじゃなかったことに、気持ちが一気に落ち込んだ。期待していた分だけダメージは大きい。
……アグイレ家?
私の頭に何か引っかかることがある。あれ? ちょっと待って。アグイレ家?
あれは、確か、一年前。
何人目かもわからないコックで、それまでに食べた料理までは一番おいしかった。そのコックは確か、舌の肥えたアグイレ家に行ったはず!
……まあだからといって、別にどうにもならないわね。
コックを何人も雇う貴族だっているのだ。アグイレ家は金持ちだし、別に数人いたっておかしくはない。
はぁ……。
「じゃねー」
棚の向こうからシンデレラの声が聞こえ、見つかったわけでもないのに体が硬直する。本の隙間からシンデレラが出ていくのを見て、あとで自分も適当に帰るかと考えて。
――声を、かけられた。
「シンデレラの、お姉さん?」
初対面の時よりはずいぶん友好的な声。
シンデレラの姉ではないということを訂正しようと思いつつ、自分が盗み聞きしていたことがバレたのではないかと思うと心がバクバクと跳ねた。
それでも私は貴族の娘。
何事もなかったかのように笑顔を作り、振り向く。
「ああ。レオさん、でしたっけ?」
「あ、はい。レオ・オーティスです」
どうやら今回はすんなりと名前を名乗るらしい。ふむふむ。
この前と態度を変えたこともあるし、私も名前を名乗ってあげようじゃないの? ま、私はそんなの、実際は気にしないんですけれどもね?
「アリー・セニグリアよ。シンデレラの姉ではないの。そこは気をつけなさい?」
お母様の娘であり、私はお姉様の妹であり、かつイザベラの姉であり、お父様の娘であり、お義父様の娘であり、マロー、の、妹で、ある。
シンデレラを下に見るつもりではないけれど、マローのように一年以上過ごしたわけでもないし、書面上で親戚関係になったわけでもないし、もちろん血縁関係もない。
「あー、はい。ここで何してたんですか?」
貴族に対しては少々失礼な物言いだが、私は気にしない。それよりも、盗み聞きについてばれて、それを問い詰められているような感覚がしてならないのだ。
いまここで正直に告白して謝るか、知らないふりをするか。
「本を、見ていたの」
本を見て、耳は会話を聞いていた。が正しいのだけれども。
嘘はついてないわよ? ほ、ほんとよ! 嘘ではないもの!
「へぇー……」
どうでもいい、というように返される言葉。これはさすがに私に対して失礼ではないかと思ったが、どうやら盗み聞きは疑われてないらしい。
その点に安堵しつつ、その口からまた何が飛び出すのか身構えるが、相手もそれは同じようだ。
よって、二人の間で無言が続く。
……ここは貴族の私が去るべきだろう。
「じゃあ、ごきげんよう」
いかにも身分が高いですよーとでもいうような挨拶をして、踵を返す。ま、実際の身分は低いけれども。
さて、昼食は朝食より出来がよくなっておりますよーに。