頭を撫でられる。
妹のかわいいかわいいイザベラ、使用人のシンデレラをこの家に来て数日は過ぎて。
二人とも生活に慣れてきたその頃、二つの出来事を起きた。
それはある日の夕食後の席でのこと。
「実は今日、二つの席があるの。片方は悪い知らせで、片方は良い知らせ。どっちから聞きたいかしら?」
相対する二つの知らせ。どっちから聞こうかしら……。
「イザベラ、あなたはどちらから聞きたい?」
お姉さまがイザベラに尋ねる。最近の私たちは、イザベラ優先の法則が成り立っていた。だって、だって! イザベラがかわいいんですもの!
ちなみにこの席にはシンデレラも一緒だ。どうせ六人しかいないんだもの。シンデレラもよく働いてくれてるから、来てくれた次の日からずっとそう。
「え、じゃあ良い知らせから……」
当初は優遇されるたびに遠慮していたイザベラも、それを幾度か繰り返すと諦めた。だって私たち譲歩しないもの。うふふ。
「聞いて驚きなさい?」
慎重に話しはじめ、一度貯めるお母様。ああ、もう、何よ! 焦らさないで欲しいわ!
「なんと、オーガスタス殿下のお妃選びの開催決定!」
一瞬の沈黙。
「まあそれは素晴らしいわ! それはいつになりますの?」
「それはまだ決まってないけど、今月中になりそうよ」
お姉様が手をたたいて喜び、同じようにお母様も返す。
イザベラはお妃選びがわからないのか、それとも別の理由かはわからないけれども、頭を傾げている。まあその手は一応お姉様たちを真似してたたいているけども。
一方、シンデレラは「へぇー」とでも言うような顔で静かにしていた。まぁ……使用人には関係ない話になってしまうものね。
そしてコックはいつも通り、少しほほえみを浮かべた顔。
「でもお母様、それって私たちは行ってもいいんですの?」
お義父様との結婚は、あちらが婿入りしてきたことにはなっているものの、やはりそれでは都合が悪いし、招待状もまだなんじゃあ……。
「ええ、すべての貴族にすでに招待状が来てるの。開催とかはまた別に来るんですって」
「すべての貴族!?」
殿下についての性格なんて聞いたことないけれど、すべての貴族を招くなんて……。
「ってことは……既にお相手は決まってまして?」
お姉様が残念そうに言った。
そうよね。貴族をすべて招いたらお妃選びどころじゃないし、たぶんお披露目に近いもの。これじゃあ最初っからチャンスはないようなものじゃない……。
「そうみたいね」
お母様が答える。やっぱりそうか……。でも、
「でも、そのときに私とアリーは良い殿方を探すことができますわね!」
その通りですお姉様。
商人と結婚したことについていやな思いを抱いてる家とは関係を気付けなさそうですが、逆にそれ目当てで近づいてくる人もいるかもしれないから、それには注意しなくてはね。
「あの、悪い知らせっていうのは……」
お妃選びという名の本命お披露目パーティーについて語っていた私たちの間を遮ったのはイザベラ。
いえ、遮ったっていうのはおかしいわ。イザベラが悪いことをしたみたいじゃないの。
「ああ……そうなのよ」
お母様が残念そうに微笑む。
お義父様が初日、しかも会わずに逝ってしまって、実際にお母様は疲れている。その中でもお義父様が残してくれたお金を使って家を建て直そうとしてるから大変だ。
それなのにまた何か?
「コック君が、やめるらしいの」
……え?
「うっそ……」
コックさん、やめちゃうの?
信じられない、悲しい、しょうがない。いろんな思いが混じった顔を向けると、コックは悲しそうに笑った。
「はい、コック君」
「はい。二年間、ありがとうございました。私を雇っていただいて、本当にありがとうございました」
いえいえ、こちらこそありがとう。
ほかの貴族よりは明らかに低賃金だったはず。それに休む時にはちゃんと代理人まで用意してくれて。
「この度は、私情でやめさせていただきます。いつも代理を頼んでる人ももう来れません。そこらへんはすでに奥様に伝えてあります」
「ええ。明日からは、別の人」
「え、明日にもやめるんですの!?」
そんな……急すぎるんじゃないかしら?
胸の奥が重かった。
使用人は、いつも賃金が安いからという理由で一か月程度でやめていく人が多かった。多くても三か月。ほとんどが初心者で、この家で経験を積んでからほかの家へ、という感じで。ここは他の貴族への、使用人派遣の家にもなっていた。対して得はなかったけれど。
家族以外の人で、二年も過ごしたのだ。寂しくないわけが、ないじゃないっ!
何か目頭が熱い。うぅ……、泣くものですか! いくら家の中と言えど、泣くわけには!
「ええ……。急で申し訳ありません。本当に、ありがとうございました」
その言葉に追い打ちを掛けられるように、下まぶたに涙が出てくる。ダメ、喋らなければバレないけれど、さすがに涙を落としたら……!
「そんな顔しないの。きっとまたどこかで会えるわよ」
そんな私の様子に気づいたお母様が声をかける。無視してもよかったのに!
ぐすっ。
鼻をすする音。
てっきり私がすすってしまったのかと思ったけど、どうやら違ったらしい。
ぼやける視界のなか、目から涙がこぼれないように目を見れば、イザベラが泣いていた。
ああもうこの子ったら!
淑女が泣いちゃダメじゃない! それと!
「うぃっ……ぅぅ……」
私も、泣いちゃうじゃない!
はい、涙落ちた! 涙落ちました!
そう自覚した瞬間、椅子から立ち上がり、わき目も振らずに自分の部屋を目指す。後ろで一つ椅子から立ち上がった音が聞こえたけど、多分それはお姉様。
すごい勢いでドアを閉めて、ベッドへとダイブ。はしたなくたっていいじゃない。どうせ誰も見てないんだもの。
お日様のにおいがする布団に顔をうずめ、涙が布に吸い取られていくのを感じながら、早く泣き止めと自分に命令。
命令に聞かない自分。あなた何様のつもり。……ふんっ。
これは寂しさだ。
二年前では庶民学校に通っていた。
貴族なのに庶民学校っていうのも変かもしれないけれど、このご時世、貴族の婦女が行くのは庶民学校だと相場が決まっている。貴族学校は男子のみだから。
まあそこはおいておくとして。
庶民学校を離れ、自動的にそこで作った友達とも別れることとなり、多少の寂しさを感じていたころ。
そのころに、コックはやってきたのだ。
最初は、いつも通り、ここで経験を積んで他の貴族の家へと行く人かと思っていたら。
一か月経ってもやめない。二か月、三か月と経ってもやめない。
そして、六か月経つ頃には、使用人とコックという関係ながら、家族のように思っていた。……そう、家族だ。
一緒に何かをしたとか、そういうのはなかったけれど。
家族が、いなくなっちゃうんだ。
そう思うと、また涙が溢れてくる。私はいつから涙もろくなったのかしら? 涙をうまく使えてこそ女よ。……うぅ。
コンコン。
部屋をノックされた。お姉様かしら?
「アリソン様、よろしいですか?」
……人が泣いてるのを知った上で訪ねるなんて、配慮が足りないんじゃないかしら。
泣いていたのがバレバレなのは承知の上だけど、やはり泣きっぱなしで人前に出るのは良くない。まあ顔は腫れて無残なのだけれども。
とりあえずハンカチで顔を拭き、ドアを開ける。
そこには、申し訳なさそうな顔のコックがいた。
……やっぱり、かっこいいわね。
そんなことを考える自分に呆れつつ、そんな自分がおかしかったので、自然と笑顔が出た。自然と。そしてコックを部屋へと招き入れる。
普通は殿方を部屋へと招き入れたりはしないけれど、コックは特別。家族だから。
コックがふわっと笑って、こちらに手を伸ばす。
条件反射で叩かれるのかと思って首を竦めてしまうが、直後に頭に温かいものが乗せられたのを感じた。
これは、手だ。
……ええ、手よ。いや、それくらいわかるわ。
そのまま頭を撫でられたので少し驚くが、何か気持ちいいのでそのまま撫でられることにする。自然と目は閉じた。
これはコックが家族だから許すの。
幾度か撫でられ、そのまま手が後頭部で止まる。
どうしたのかしら? と思い、目を開ければ、何やら焦ったコックの顔が
「ど――」
うしたの、と言おうとした言葉は遮られた。
何かに押しつけられる顔。
真っ暗になる視界
背中に周る手。
密着する体
頭にかかる呼吸音。
……あ、ら? 私、抱きしめ、ら、え?
あらすじに書いたものとは離れてしまいましたが、お気に入り登録ありがとうございます。
ちなみに、シンデレラはさびしいとは思いつつも、泣いてません。
(あれ……。泣かないといけない雰囲気!?)
という心情。