コックについて訳が分からなくなる。
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シンデレラシンデレラシンデレラしんでれらしんでるぇら死んでれらぁ。
心の中でシンデレラ、と呼ぶ練習をしてたら何か地方の田舎者のような口調になってしまったわ。シンデレラ、しんでれら。
スケッチマン公爵の娘についてもまだまだよくわかってないし、シンデレラに対して疑問がたーっくさんあるけれども。私に最初に課せられた使命はただ一つ。
今、目の前で歩いているシンデレラに話しかけること!
もちろんシンデレラ、って呼んでね。
ただそれだけなのにシンデレラ、って言い出せないのよ。私はいつからこんな臆病者になったの! と自分を叱咤してみるものの、私は実際臆病者でしたわね。……はぁ。
「し、しぃ……」
前を歩くシンデレラを呼ぼうとして、先程から何度も失敗している。
大体、何故シンデレラが私の前を歩いてるのかしら? あららら?
私がこの町を案内する予定、だったわよね? まあ昔はここに住んでたっていうし……。
「あっ」
目の前で躓きかけるシンデレラ。その場所には何もないのだけれども……?
「大丈夫? し、しぃん、でれら」
これはチャンスじゃないの、と思いつつ、いたって自然に振舞いながら声をかけたものの。ものの! 明らかにおかしかったわ! ああもう私ったらバカなんだから!
「大丈夫です。ありがとうございますお嬢様」
振り向いて笑いながら返事をするシンデレラ。
これ幸い、と脳が判断し、これをきっかけにして会話をしようと口をパクパクさせる。
「え、あ、あ、よ、よかったわ」
会話終了しちゃいましたわ!
私って、本当にバカ……。
「今から、えーっと先程からずっとですが、図書館に向かっていますが、いいですか?」
会話開始! ささ、会話をつづけなくてはね!
「ええ、いいわよ」
会話、終了……。後に続く言葉が思い浮かばなかったのよ! 私は一回死ねばいいんじゃないの!? バーカバーカ! 私のバカ!
そこから図書館までは会話が一つもありませんでした……。
しかも、使用人の後をついてく貴族――といっても、私の服はそこまで貴族のように豪華じゃないけれど――という不思議な構図が視線にさらされていないかとキョロキョロしたりして。多分私が一方的に気まずい思いをして、精神的にやっと、図書館に着いた。
建物の中を慣れた様子で進み、向かった先は本棚ではなく、休憩スペース。
その椅子に腰かけている青年――背中姿しか見えない――に近づき、人差し指だけまっすぐ伸ばして軽く肩を叩く。
それに反応した青年がこちらを振り向、こうとして、シンデレラの人差し指が頬に刺さった。
「てめっ」
してやられた、とでも言うように、青年は笑いながら返し、こちらに気付くと不機嫌な顔になった。
な、何よ。大体そこのあんた、庶民でしょうがっ。こちらは曲がりなりにも貴族なのよ? 礼儀とかは気にしないけど、そんなあからさまな不機嫌な顔見せられて不満に思わないわけないじゃない!
そこで私は近付いて、名乗り上げることにする。
「はじめまして。アリソン・セニグリアですの」
別に先程のように、相手が公爵の娘、なんてこともないからミドルネームまでは名乗りませんよ?
「……レオ、だ」
うう何この人! 貴族が家名名乗ってるっていうのに、自分が名前だけって、どんな神経してんのよ!
大体どうしてこの人の所に連れてきたの! と不満をぶつけるような形でシンデレラを睨むように見ると、慌てたようにレオと名乗った青年の腕を引っ張って本棚の影へと隠れた。まったく……、失礼しちゃうわ!
「ちょ、何やってんのお前。あ、腕大丈夫?」
「大丈夫だ。何やってんのって聞きてえのはこっちの方だってーの。なんで連れてきた」
無理やり引っ張った腕を気にしつつ、レオを叱ろうとすれば逆ギレされた。
「いや、だって……」
曲がりなりにも一応図書館ですから、声は最小限に抑えつつ、かつアリソンさんに聞こえないようにしつつ、言い訳をする。
そりゃ、レオが貴族嫌いだってことは知ってたし、だから学校の友達――ほとんど貴族――は連れてこないようにしてたけどさ。
「だってじゃねえよ。……理由は」
なんとなく、と答えるわけにもいかず、理解してくれそうな言葉を選んで言う。
「いやさね、うちの父親がセニグリア家に嫁いだの知ってる? あ、嫁がれた? まあ結婚したの」
「……知らねえよ。聞いてねえし」
ですよねー、と苦笑いしつつ、つらつらと言い訳を述べる。
「そんで、つまりあの方はお姉様なわけなのです」
「大体わかった。けどお前妹だろ? なんだその服」
指摘されて気付く。そういえば使用人服でしたね!
「これは色々ありまして……」
めんどくさいからはぐらかそうと試みれば睨まれました。はい、ごめんなさい。
反省しながら理由を述べ、父親の事を抜かしつつ実は今の状況を楽しんでると言えば微妙な顔をされた。
「で、昨日からうちも貴族な感じ!」
貴族嫌いのレオにわざわざそう言って、出方を見る。
だって、隠し事して、それで嫌われたらいやじゃん? ま、現在進行形で父親のこと隠してますけど。だってレオ気付かないっぽいし。
「……普通に、なれよ」
……えーっと? 普通になれ、ってつまりは庶民に戻れと? レオ君、もう少し分かるように言えってーの。
「ん? それよりお前の父親は、自分の娘がそんなんでいいのか?」
あ、やっと気付いた。
「いや、ちょっと色々あって死んじまったぜ!」
「……は?」
いや、そう言われましても。うちも早馬で病で倒れたとしか聞いてないんですよ。
こんなに明るいって変だよね、知ってる。
自嘲しつつ、レオの色んな感情が混ざり合った顔を見つつ、父親についても色々説明したところで、いざアリソンさんのところへ。
どこかへ行ってしまった二人が一向に帰って来ないので、まさか忘れたり置き去りにされたんじゃないでしょうね、と考え始めた頃、やっと二人が帰ってきた。
ちょっと……シンデレラ、これは流石にないわ。
お友達を紹介して、無礼で、それで長時間待たせるのは流石に……。
「……先程は、すいません」
……まあ、許そうじゃない。バケツについてのこともあるし。
不機嫌顔も治ってるようだし。といっても、今度は無口、というような感じで、好意的には見えない。
そう思い、まじまじと顔を見て見れば、意外とこの人は美形なことに気が付く。歳は……十八ぐらいかしら?
これで貴族で、性格がよかったら絶対婚約申し込んだわね……。はぁ。
私はもう今年で十六。そろそろ婚約者がいてもおかしくない。お姉様は十八なのに婚約者がいないけれども、それはセニグリア家だからであって。
お義父様は大商人だったから、そのお金を使ってお母様が今の家を建て直してくれたら、二人とも婚約者ができるだろうけど。
貴族に生まれたからには恋愛結婚などどうでもいい。
大体、貴族と言うのは家の名を背負うものであり、恋愛に明け暮れて家を傾かせてしまったらそれは貴族として相応しくないと思ってる。
そりゃ、恋愛には憧れるわよ?
ただ、今庶民で流行りの『エリオとブリジット』なんて小説はよくないと思うの。あまつさえ自殺ですって? ホント、貴族として恥ずかしくはないのかしら?
セニグリア家は領地なんてないに等しいけれど、貴族であれば領民から税を押収するかわりに、いい住み心地を提供するのが正しい貴族だわ。
他の貴族と結婚して繋がりを持つのも一つの仕事。贅沢してるならそれぐらいしなきゃ。
女ってのは、政略結婚して、嫁いだ先で上手くやるのが仕事ですからね。
再度言うけれども、別に恋愛が悪いとは言ってないの。
ただ、それに身を任せて破滅させるのはよくないってことよ。
そしていつの間にかに考えが逸れてきたことに気付き、あわてて現実と対面した。
「ねえシンデレラ、ここには他に用があって?」
「ありませんが……」
「じゃあそろそろ昼食の時間ですし、一度家に帰りましょう」
……あ!
「昼食の経験はあるかしら? 私達は一日に三食食べるのよ」
農民のあたりは二食だったわよね、と思い返しつつ問う。
「はい、存じ上げております。そうですね、帰りましょう。じゃ」
あら、知ってたの。じゃあテーブルマナーが身についてたこともそれに考えながらレオに別れをいいつつ、建物から出ようとすると、丁度コックとすれ違った。
「あれ? どうしてここにいるのかしら?」
大体昼食を作っている時間でしょう? と含ませつつ訊くと、困った顔で返事をされる。
「すいません、今日の昼食はちょっと……」
あら、そう、と返してそのまま別れる。
コックがたまに用事でいなくなることはある。どうせ訳ありのコックだから、別に問いただしたりもしない。
そういうときはコックが自ら知り合いに頼んで料理を作ってくれているから、大した不便もないのだ。ちゃんとそれなりの腕だし、下手したらコックより美味いかもしれない。
コックについて質問してきたシンデレラに説明しつつ、図書館に何の用があったのかを考えてみる。
コックの事について彼自身に聞いたことはないけれども、気になることは気になる。
料理の腕も悪くないからもう少しいい所でもよさそうなのに。まあそこらへんは訳ありだからこそこの家でコックをやってるんだけれども。図書館に行く訳ありの料理人。……どう考えてもコックの事がわからないわ。
まぁいっか。
エリオとブリジットは、あれです。ロ――とジュ――です