おもしろそうなのでこのまま使用人を続けることになる。
「使用人さんはどちらから?」
「あ、ポキプシーからです」
「遠いところから来たのねぇ」
城下町を使用人と二人で歩きがらお喋りをする。
そんなことになったのは、朝、お母様が使用人に謝り倒してからだった。
私、お母様、お姉様、イザベラ、コック、使用人と六人で朝食を取ったあと、イザベラは使用人に話しかけていた。コックは安い価格で雇う代わりに、食事は同じものを一緒に食べるのだ。
使用人は数も多かったし別々に食べるようにしてたけど、この家は身分はそこまで気にしてない。
「あ、あの、使用人さん」
食事中は静かに、というのが貴族のルールである。
慣れている人からしたらどうとも思わないけれども、その雰囲気の中で一言も発しなかったイザベラと使用人は偉い。まあ庶民だし、空気を読むのはうまいのかもしれないわね。
……あら? そういえば、イザベラは昨日の夕食からもそうだけど、二人ともテーブルマナーがしっかりしてたわね?
イザベラはお嬢様学校出身だし、何かそういう教育をしたとして……。
使用人の方はどうなのかしら? まあお母様が雇った侍女だし、コックのように何か訳ありの子なのかもしれないわね。置いときましょうか。
「はい、なんでしょうか?」
使用人がキョトンとした顔で振り返る。
イザベラが少しどもって喋っている理由には予想が付く。昨日、結構酷いこと言っちゃったものね。なのにそれに対して言われた方は気にしてないかのよう。
「あ、昨日はごめんなさい、その……。シンデレラって……」
「私の方からもごめんなさい。今日は仕事しなくていいわ。休みよ休み」
申し訳なさそうに謝るイザベラの後ろから、お母様が身を乗り出すようにして謝る。
「お、お気になさらず……。ありがとう、ござー、いま、す」
仕事二日目にして休みね……。
でも、することあるのかしら? まあ私が気にすることじゃないのはわかってるんだけど……。街の案内でもしようかしら。あ、でもこの近くに住んでた可能性もあるわよね。
「使用人さん、一緒に散歩でもしに行きませんか?」
お礼と、謝罪も兼ねて。
「お誘いありがとうございます。是非」
のようなことがあって現在の状況が形勢されていた。
お母様はお義父様のことで何かやらないと行けないことがあるらしく、王宮の方へ出かけている。お姉様とイザベラは、私達とは別々に街を案内中だ。
「でも、ポキプシーの前はここらへんに住んでたもので」
「あら、じゃあここらへんは使用人さんの友達がいるかもね」
なんとなく名前を聞き出すタイミングがつかめない。使用人さん、ね。
「まあ、ほどほ――」
「シーンデーレラーーーー!」
人目憚らぬ大声、というほどではないにしろ、人がちらほらといる朝の街ではよく通る声。タッタッとこちらに手を振りながら走ってくるのは一人の少女。どうやら馬車から降りたようで、その後ろから慌てて従者らしき人が追いかけている。つまり、貴族の少女。
シンデレ、ラ?
「へ? あ、アイシュリーー!」
同じように手を振り返す使用人。
つまり……使用人がシンデレラって呼ばれたわけよね? あ、ら? あららら?
どういうことかしら? シンデレラ? 灰かぶりって侮辱の言葉だったわよね? 私の記憶違いじゃないはずよね!? 親しげに使用人――つまりは庶民――をシンデレラと呼ぶ貴族の少女に、当たり前のように返す使用人。
頭がこんがらがってしょうがない。
「久しぶり。元気そうだね」
「そっちもじゃん。あ、丁度お話したように友達です」
砕けた口調で話す貴族と使用人。頭の中疑問だらけ。
「アイシュリー・オードン・スケッチマンですわ。よろしくお願いします」
「あ、アリソン・ロウリー・セニグリアですわ。こちらこそ」
スケッチマン、ですって?
スケッチマンは公爵家であると同時に、先代の王弟の息子が当主になっている家だ。評判に悪い噂を聞かなく生活も豊かで、生活という点に関してはサーニグリア家とは大違いである。
そんな、正に一流貴族と称されるスケッチマンの娘と、使用人が、友達?
しかもシンデレラってどういうことかしら? 昨日シンデレラという単語を聞いたばかりだということもあって、もう何が何やら。
「シンデレラはあだ名でして、友達からよくそう呼ばれてるんです。だから昨日もそんなこと気にしなかったっていうか……」
あだ名。……良い意味のあだ名ではないと思うのだけれども?
「まあそれは幸いですわ。えっと……わ、私はあちらに用があるので、ここでお二人は話してて下さい。では」
しどろもどろになりながら言って、その場から適当な場所に走り去ってから気付く。
私、失礼をしてしまったわ!
スケッチマン公爵家の娘――おそらく当主の娘――に対してなんてことを!
幸い使用人が友達ですし、なんとか取り計らってくれてることを祈るとして……。
頭の中で、とりあえず整理しとこうかしら?
などと、アリソンが考えている途中。
件の使用人とスケッチマン公爵家の娘は呑気にお喋りをしていた。
「シンデレラ、お父さんとセニグリアの女主人結婚したんだよね? ってことはあの人姉じゃないの? なんか違和感あったんだけど」
「あー、うん。てか色々あってねー。父さん、死んじゃって」
「へぇ、そ……え?」
「いやさね、サーニグリアに来ようとした昨日に病気でお空に向かいましたとさ」
なんでもないというように話すシンデレラ。アイシュリーはシンデレラの言った言葉を頭の中で再度確認しながら質問をする。
「え、っと……悲しく、ないのかな?」
少し言葉を選び間違えたかとは思いつつも、そのまま訊く。シンデレラに対してなら平気だと思ったから。
「おいおいそういう野暮なこと訊くもんじゃないですよーっと。いや、なんか悲しくないんだよね。娘として薄情だとは思うんだけど、なんだかなーっていうか」
シンデレラは実際不思議な感覚に囚われていた。
自分の性格によって由来するものだとは思われるが、まったく悲しくない。父親が死んだと言うのに、まったく。娘としてなんということだろうか。
「そ、っか。それで、アリソンさんは?」
アイシュリーは話題を逸らしつつ、気になっていたことを再度尋ねる。
「そうなんだよ! 聞いて聞いて! なんかおもろいん!」
「ん、何かあったの?」
「なんかね、ウチに侍女用意してたっぽくてさ。色々誤解が生じたっぽいんだけど、今入れ替わってるの! ウチ使用人!」
「……どういうこと?」
アイシュリーは理解できない、とでもいうように眉を顰めながら訊いた。
シンデレラには少し説明力が足りないところがあって、話を省略する癖があるのだ。もう少し詳しく話してほしい。
「えとね。何かあったかわからんのだけど、ウチ、多分サーニグリアの人たちに顔とか知られてなかったっぽくて。んで、ウチが屋敷についたら何故かすでにウチが屋敷についているらしく。んで、ウチは新しく雇った侍女と勘違いされて。あ、今は使用人だけどね。それで、今に至ります」
ウキウキと、どこかに楽しさを孕ませながら話すシンデレラ。
本人が楽しいならいいんだけど……それって、色々とおかしい、よ?
「つまり、アリソンさん、姉か妹かわからないけど……」
「あ、アリソンさんはお姉さんっぽい」
「お姉さんに使用人扱いされてるってこと? シンデレラはいいの? それで、そのシンデレラもどきは?」
「しょゆことー。楽しいからいいや。別に手荒な扱いとちゃうし。あ、なんか元侍女っぽいの。なんかウチとすり替わろうとしたわけじゃないっぽいよ? ウチもよくわかんないや。ただ言えることとしては……めっさかわいい」
……でも、そのシンデレラもどきっていう人、気になるね。アイシュリーは考えて、あることをすることにする。
「その子の名前わかる?」
「あ、うん。イザベラだけど?」
くぅ……イザベラか。イザベラって名前の人は多いけど……なんとかなるかな?
「容姿は?」
「えっと、金髪に薄い水色の目かな。体は健康体ってか。……あ、もしかして調べるの?」
「うん。ちょっと心配だし。悪い結果だったら言うね」
話が丁度一息ついたとき、向こうからアリソンが帰ってくるのが二人には見えた。
「あ、ご主人様、が来たみたいだよ」
「ですな」
「先程は申し訳ございませんでした」
「いえいえ、お気になさらず。そちらもお忙しい用ですので、私はこれで」
そういうアイシュリーの後ろには、先程から無口を貫いている二人の従者がいる。
「じゃね。どこ行くの?」
「サーカス。王族御用達のサーカス団が出来たの。だからそこの」
「おうよ。楽しんで来ぃ」
「うん、では」
優雅にドレスをつまみ、私に礼をして馬車へと戻っていくアイシュリー。
使用人を見て、使用人も私の方を見て、パッチリと目が合う。
質問したいことなんて山ほどあったけど、何か悪さをしたときのようなパニック状態に陥った私。
そんな私の口からとっさに出た言葉は、こんな一言だった。
「わ、私もシンデレラって呼んでもいいかしら?」
……私のバカああああああああ!
「はい、いいですよ?」
……あ、いいのね。
ようやく纏まった思考を少し掻き乱しながら、私は心の中でシンデレラ、と呟いた。
……今度こそ、呼んでいいのかしら、ね?