食卓の一員になる。
きっと昨日は夜という闇に頭をやられてたんだわ。使用人の名前がシンデレラって、それ失礼すぎるじゃないの。何認めてんのよ私。
飛び上がるように起きて窓の外を見れば、夜はまだ明けたばかりだと教えてくれた。
頭が冴えてるのかしら? そんなに眠くないし……起きようかしら。
使用人が気になるわ。……昨日は新しい環境になって、いきなり使用人になって、灰まみれになったから疲れてるだろうよね。だからあまり起こしたくないけれども……。もう起きてる可能性もあるけれど、それはないわよね。
トン、トン、トン、トン。
コックが食材を切っている音。そうだわ、お腹も空かせてるだろうから、お母様が起きる前にコックに頼もうかしら。あの子の朝飯まで抜きかねないもの。
身支度を整えてドアを開ける。
階段下から良い匂いがする。ちょっとお腹減ってきたかも。
「おはよう」
「あ、おはようございます、アリソン様。お早いですね。申し訳ございませんが、朝食はまだ出来上がっておりません」
このコックは訳ありの人らしく、この貧乏な家でも比較的に安い値段で雇っている。そうだ。使用人も一人になったから、住み込みでも少し金銭的余裕出たわね。
「わかってるわ。昨日新しい使用人が来たのは知ってる?」
「ああ……、奥様を怒らせて夕飯を……。それで、何か?」
「原因は私にあったのよ。で、お母様が起きる前に、あの子の分作って欲しいのよ。まだ起こって朝まで抜かれたら困るでしょ?」
納得したような顔でコックが頷くのを確認して、近くのソファーに座る。
「アリソン様はお優しいですね」
コックが包丁を器用に使いながら話しかけてきた。優しい? ちょっと勘違いしてるんじゃないかしら? 訂正しなきゃね。
「別に優しくないわよ。使用人が自分でミスをしたわけじゃなくて、私のせいでお母様を怒らせちゃったの。しかもそれを言い出せなくてね。家の立場が危うくなる、なんてことにならないなら。人間として正しいことするのが貴族ってものよ?」
貴族だって貴族で大変なんだから。なーんて。私だって庶民の大変さなんてわからないんだけどね。
「わかってますよ。私だって長年ここに努めてるわけじゃありません」
「じゃあ何よ?」
どこが優しいっていうの……。包丁のリズムが眠気を……。
「……どこだと、思います?」
私、普通の、せいか……く……。すぅー……。
返事がないアリソンに気付き、コックはクスリと笑った。
「まったく、困ったお嬢様だ」
口ではそういうものの、コックの心境はとても晴れ晴れしていた。普段は見れない寝顔を見れるのだ。ソファーで寝るなんてアリソンらしくないが、寝顔を見れるという点については使用人に感謝した。アリソンに負担をかけてくれてありがとう!
「アリソン様?」
目を開けたら、目の前にコックの顔が度アップ。
ど、どうして私の部屋に!? 困惑した私の頭に記憶が流れ込んでくる。ああ……って、私寝ちゃったのね!?
「どのくらい?」
「何が、でしょうか」
「寝てた時間よ。どのくらい過ぎたの?」
お母様、まだ起きてないわよね? 部屋以外、しかも殿方の居る所で居眠りしただなんて、お母様に知られたら大変だわ!
「一時間でございます。あと半刻で朝食です」
「わかったわ。ありがとう」
そう言いながらコックが差し出したサンドイッチ。食べろっていうのかしら? ……あ、そうだ、使用人にあげなきゃね。サンドイッチなら皿とかいらないものね。
あと半刻で朝食だということなら、そろそろお母様が起きるということだ。だからその前に部屋に行かなくては……。
なんとなく澄ませた耳に聞こえるは、トットットットという音。
強弱からするに……階段を、上がる音。
上がる、音?
今ここにはコックと私、二人の人がいる。
じゃあ他に下にいた人は、誰?
……お母様!
私はそう考えた瞬間急いで走った。お母様お母様! そりゃ、私が寝てる間に姉妹の誰かが降りてきたのかもしれない。でも朝食だって用意されてるわけじゃないから、そんなことする意味がない。だからお母様に確定。
お母様が使用人に何をするかとても心配だわ。ああお母様! 私のせいなんです、と言えればどんなによかったか。私は臆病者です。使用人が許してくれたから、それに甘えています。自分でも自覚済みですわ。
階段の下までは走ったものの、階段はやはり音が聞こえるから早足に変更。上がり切っても早足。お母様が見てるかも知れませんから。
お母様、発見。やっぱり使用人の部屋に!
けれど、その部屋をノックする様子が心なしか柔らかい。私は様子を見ることにして、まずは自分の部屋に引っ込んだ。私の部屋は顔を出せば使用人の部屋の扉が見えますので。
「使用人さん、起きてらっしゃる?」
シンデレラ、ではなく使用人さん、と言ってるあたり、お母様の機嫌は治っているに等しいだろう。でもアリソン。油断しちゃダメよ。一応見張っておくのよ。
自分が嫌になった。
見張っておく。その中には少なからず私の汚い感情が入っていた。
使用人が、そこにバケツを置いた理由をお母様に言わないかどうか。
私はお母様に怒られるのが怖かった。少なくとも良い子をやっているつもりだ。猫を被ってるわけでもない。お母様はよく私を褒めてくれる。だから、その分。怒られたら反動がすごいんじゃないかって。すごく怖くなるの。
お母様は部屋の前に立ったまま動かない。部屋から使用人が出てくる様子もなさそうだ。……多分、寝てるんでしょうね。
しょうがない。
といことで、私は一つ、あることをすることにする。
使用人の部屋は私の部屋とドアで繋がっているの。だからそこから起こすわ。
今使用人が使ってる部屋は私の部屋である。といっても、荷物置きの部屋だったの。でもこんな貧乏な家の娘が、荷物置きが必要なほどを持つかしらねえ? 服だって別の所に置いてあるし、その部屋は廊下にも出れるから、いっそ住み込みの侍女の部屋にしましょう、って感じで今の使用人の部屋は空けられたのだ。
繋がってるドアから使用人の部屋に入るのは避けることにしたけど……有効活用すればいいのよ、ええ。
ドアから入って……。何か悪いことをしてる気分だわ。泥棒っていうのかしら?
部屋の隅にくっつくようにして置かれた寝台。案の定、使用人はそこで眠っていた。
布団は荒れてて……寝相、悪いのね。
スヤスヤと眠る使用人。さて、どうやって起こそうかしら。
「朝よー。起きなさーい」
反応がない。……眠りが深いようね。
「ジェニードレス似合うやん」
……はい?
使用人の目がパチっと開いたと思ったらいきいなりそんなことを言われてしまいましたわ。ジェニー? ジェニーって誰なの!? ……きっと寝ぼけてるんだわ。
「お母様が呼んでるの。機嫌良いようだから、大丈夫よ?」
覚醒してない頭がキチンと理解してないのか。寝ぼけ眼でこちらを見つめ、何が何だかわからないというように眉間に皺を寄せ――悪いことをした子供が大人に見つかった時のような顔をした。
つまり、「あ、やべ」という顔だ。
「おはようございますお嬢様」
ん? ああ、使用人が主人たるこの家の者より遅く起きてるからね。
その点は気にしないのよ。仕事をしっかりやってくれれば起床時間なんて関係ないわ。
「おはよう。さ、出て出て」
力任せに使用人を引っ張る。でも使用人も頭はすでに冴えてるのか、すくっと立ち上がってくれた。
「起こして頂きありがとうございました」
こちらに素早く一礼。
慌ててドアの方へ走り去ったので私も慌てて自分の部屋へ。このドアからは流石に覗けないから、廊下のドアからこっそりと様子見。
「こんな見苦しい姿で申し訳ございませ、ぅは!」
見苦しい姿とは、寝起きの姿だろう。……まあ時間なかったししょうがないわよね。
そして、うは。これは、お母様が使用人に抱きついたときに発された音だ。……お母様!?
「昨日はごめんなさい! 私イライラしてたの! お腹、減ってない? 今日は一緒に食べましょうね! 大丈夫、コックは臨機応変でやってくれるから。まあ、髪の毛に灰がたくさんついてるわ! 私が洗ってあげる。ああもう! ホントにごめんなさいね!」
凄い勢いで喋るお母様に対し、使用人はタジタジだ。
「いや、あの、だいじょ、いや、一人で洗えま、うはい!」
でも……それを改めて確認して、胸をなでおろした。
お母様が怒ってるわけでもないから、使用人がまた何かされるわけでもない。
さて、私はコックにもう一人前用意するように言おうかしらね。サンドイッチは無駄になっちゃったけど気にしたら負けよね。
お母様の声も大きかったし、そろそろお姉様もイザベラも起きてくるかしらね?
今日の食卓は楽しいものになりそうだわ。
「ねえ、コックさん」
「はい、なんでしょう。奥様の機嫌、大変よろしいようですね」
ハニカミながらコックが言った。コックは美形なので大変似合います。多分そこらへんの貴族よりカッコいいわ。
「朝は使用人も一緒に食べることになったの。急で申し訳ないけど、用意してくれる?」
「承知いたしました」
……何か、いいことをした気分だわ。
当然のことをしたまでだけど。心が少し軽くなったとでもいうのかしら? 使用人さん、ごめんなさい、私嫌な子。
それが心の中を締め付けていたというのに、私の心はとても晴れ晴れとしている。……そんな自分に、やっぱり嫌気がした。