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暖炉を掃除して灰まみれになる。

「あなたに今から仕事を教えてあげるわ。毎日しっかりやるのよ? いいわね」

 使用人に仕事を教えるように、といってイザベラの様子を見に行ったお姉様。

 くー私も気になりますー行きたいですー!

 とりあえず使用人を大声で呼び出して、部屋に入れました。私の部屋は階段を上がってすぐにあります。

「はい」

「ところであなた、文字は読める? 読めるなら紙に書いてあげるわ」

 庶民の識字率は低くない。老人の世代だと読めない人もいるけど、今の世代なら庶民学校があるから、多分読める。けれど一応確認しなくてわね。

「はい、読めます。ありがとうございます」

 机の上のインクの蓋を開け、紙を一枚取り出す。にしてもこの使用人、訛はないのね。農民じゃないとしたら……町娘かしら?

「あなたの仕事はね、えっと……洗濯に、掃除に、私達が随時呼びつけるから、それをこなしなさい。私達の家は洗濯機なんかないから手洗いよ。破ったりしたら減給ね。掃除はー……毎日隅々やりなさい。掃除用具は部屋から出て右に八歩って所かしら? あ、その隣の部屋があなたの部屋よ? んー……あとは思いつかないわ。とりあえずそれをなさい。料理とかはコックを雇っているから。ああ、ご飯はコックにでも頼んであげるから、あとでまた呼ぶわ。とりあえずこれだけね」

 私の家は結構貧乏だ。爵位は持ってるけど、貧乏。そうじゃなきゃ、いくら恋愛結婚だからって商人とは結婚しないわ。

 だから洗濯機ものなんてないし、もちろんカメラもない。はぁ……お金、欲しいわ。

 紙の上にササッと書いたものを使用人に渡す。

「ありがとうございます」

 うん、この子礼儀がなってるわね。掃除とかしっかりできるかわからないけど。礼も完璧じゃない。直角の九十度。

そして疑問が湧くの。

「もしかして、あなた使用人やったことあるの?」

 侍女として呼んだのに?

「え、いいえ、ありませんが……」

「そう。じゃ、掃除……あ、忘れてたわ。使用人の制服はあなたの部屋の引き出しに入れてあるの。それを使いなさい。わかったわね?」

「はい、わかりました」

「じゃ、さっそく掃除なさい」

 礼をして出て行く使用人。うん、この使用人、使えそうね。

 ……名前聞くの忘れてたわ。でも、今日から使用人も一人だし、いっか。


「見て見てアリー! イザベラ、とってもかわいいわ!!」

 ちょっと来なさい、と言われてお姉様についていけば、そこにはお姫様が!

 お姫様じゃないかと見違えるほど、かわいいイザベラが!

 控えめの色の、ピンクのドレス。結いあげられた髪。桃色に染まる頬。

「とーってもかわいいわ! 流石イザベラね!」

 私が男ならこんな子放っておかないわ。姉ながら悔しいけど、この子には負けるわね。

「は、恥ずかしいです……」

「イザベラ、あなたは自信を持ちなさい。あなたはかわいいんだから」

 お姉様がイザベラに言う言葉にうんうん頷く。まあ、オドオドしててもかわいいとは思うけれどね。

「そうね……まずは、人の上に立つってことに慣れてほしいし……。アリー、使用人を呼んできなさい。イザベラに命令させるのよ」

 お姉様ったら人使いが荒いですわ。命令っていうと酷そうですけど、イザベラの命令だとすごい優しそうですわね。

 はい、と返事をして使用人を探しに行く。なんとなく大声を出したくない気分なのよ。

 なんとなく向かったのが掃除用具入れ。……んーいつもここに来てるわけじゃないけど……バケツと雑巾がないわね。掃除はしっかりしてるみたい。

 さてさて、どこにいつのかしら?

 二階にはいないようだったので、一階に降りるとすぐに見つけた。玄関を掃除している。

 制服もちゃんと着れているようだ。やっぱりこの使用人、使えるわね……。

 使用人は女を雇うことが多いが、その服はドレスではない。掃除してどうせ汚れるんだし、布もそんなに使わなくていいだろう、ということで、白いシャツの上に、エプロンを着るという簡単な服装だ。

 床を雑巾で拭いていた使用人がこちらに気付いたらしく、立ち上がって戸惑うように礼をした。……ああ、そういうのは教えてなかったっけ。

「別に掃除中とかは礼をしなくていいわ。ちょっとイザベラの部屋に来てもらいたいの。掃除道具はそこに置いといていいから上に上がってきなさい」

「はい」

 使用人が雑巾をバケツの中に入れるのを見て、階段を上がる。さてさて、イザベラはどういう命令をするかしら?

「お姉様、使用人を連れてきましたわ」

「ご苦労様。ささ、イザベラ、命令しなさい」

 お姉様に命令しろと言われてうろたえるイザベラ。ああ、もう! なんてかわいいの!

「え、ええ、っと」

 決心がついたのか、目を閉じて息をゆっくりと吐いた妹。静かに目を開いて、こう言った。

「暖炉って、あまり使われてないですよね? そこを掃除して、灰かぶりになっちゃいなさい」

 私とお姉様は唖然です。口調はいつも通りの――といっても、まだ知りあって一日目――イザベラなのに、奥に何かあるような、そんな……。

「は、はい」

 ……でも、ある意味イザベラって貴族らしくなった気がするわ。いいんじゃないの、ええ。

 お姉様と目で頷いて、使用人に暖炉を掃除するように言おうとした、その時だった。

「イヤッ」

 お母様の悲鳴と、水をこぼしたような音。

 条件反射で駆けだす私とお姉様。イザベラと使用人も慌ててついてくる。

 階段を降りれば、水浸しになったお母様が! その近くには横になったバケツが。

 ……私がここに置いといていいって言ったからだわ!

「お母様、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。……ここにバケツを放置したのはあなたかしら?」

 お母様にけがはないようだけれど……使用人に向かって言う言葉がトゲトゲしい。どうしよう、私が招いてしまったことですのに!

「申し訳ございません、お、奥様」

「使用人が初めてなのは免罪符にはならないわよ。よってあなたの夕ご飯は抜きよ? 私は着替えてきます。みんなも部屋に戻りなさい。あなたはここをキレイに掃除しておくこと。埃一つでもあったら承知しないわ」

 そういって部屋へとスタスタ歩くお母様。部屋に入る直前、こちらを、正しくは使用人をみてこう言った。

「暖炉でも掃除なさい。灰まみれになっても、あなたなら大丈夫よね?」

 ……どうやらお母様は、とても怒っているらしい。発言がイザベラと被っているのはたまたまだろう。にしても、イザベラはよくそんなこと考え付いたわね。……じゃないわ!

 私がこんなことを招いてしまったのに……。

 階段を上っていくイザベラと、こちらを見ているお姉様。

「私の事は気にせずに」

 といえば、名残惜しそうに二階へ上がっていった。

 使用人をみれば、ぶつかる視線。

 慌ててしゃがみこんで掃除を初めた使用人に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 お母様は普段こんなに怒らないことも理解してほしい。……きっと、お義父様が亡くなったからであって……。あなたにあたっちゃってるだけなのよ、と言いたい。

 でも、そういうのは使用人にかける言葉ではないのだ。

 夕飯もなしになってしまったし……。使用人に謝ろう。ええ。

「あの、ごめんなさいね……」

「いえいえ、お嬢様はお気になさらず。と、こちらの旦那様が本日亡くなられて、とても辛いのでございましょう」

 ……理解のいい使用人でホンット助かったわ。

 今日来た使用人が、何故そのことを知っているのかなんてまったく疑問に思わず、あたしは安堵した。

「えっと……掃除、頑張ってね」

 手伝ってあげられなくて、ごめんなさい、と言葉に孕ませる、つもりで言う。そんなところをお母様に見られたらって思うと、ね……。

「はい、ありがとうございます」

 その声を聞いて、申し訳なく笑ってから私は二階へ上がった。

 部屋にいてもそわそわして落ち着かない。そろそろ夕食だけど、あの使用人は大丈夫かしら……。あ、皿洗いの仕事言わなくちゃね、ええ。

 夕食を取り終わると、お母様は何を考えたのかこんなことを言った。

「あの使用人はちゃんと仕事してるかしら? 暖炉の方を見に行きましょうか」

 従わない理由もなく、私はただ使用人が心配でそれに着いていく。

 暖炉があるのは客間。客間に入れば、灰まみれになって掃除している使用人がいた。

「あら、なんて汚いの。掃除はきちんとしてるようだけど。シンデレラ、他の床を汚すんじゃないわよ」

 シンデレラ……。お母様、本当にどうしちゃったのかしら。

 お母様は貴族でも、とても辛い思いをしてきたから、すっごい優しい人なのだ。なのにこんな……。

「わかりましたかシンデレラ」

「は、はい」

「それじゃ、私達は部屋に戻りましょう。そこを綺麗にするまで寝たらいけませんよ。わかりましたね」

「はい」

 あああもう! どう謝ったらいいのかしら……。

 湯浴みを終えたころに、廊下でトボトボと歩く足音が聞こえる。ドアをゆっくり開いて足音が去っていく方をみれば、そこにはさきほどより灰まみれになった使用人……。

「シンデレラ、ね。あーもーそれでいいや」

 ダルさを感じさせる声で自分の部屋に入っていった使用人。

 それを見て私が思ったことと言えば。

 ……もしかして、そんなに怒ってない? シンデレラって認めちゃったの?

 ドアを閉め、呟く。シンデレラ。

 シンデレラ。それが、今日からの、使用人の、名前。


シンデレラの本名は決まってませんっ

読んでくれてありがとうございます!

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