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始まりは…2 12月27日

「藤宮さん、すみません。ここでしばらく待ってもらってもいいですか」

日系会社への年末の挨拶めぐりの途中でタカオはそう言った。

「ああ、いいが。どれくらいかかりそうなんだ?」

「5分で大丈夫です。上杉…彼女の会社がこのビルに入ってるんです。ちょっと渡すものがあるので」

タカオは少しぎこちなく笑いながらそう答え、エレベーターに乗るために再度ビルに中に入っていった。

ノボルは苦笑しながらタカオの後ろ姿を見送り、灰皿のある場所を見つけると煙草をふかした。


ご苦労なこった。


タカオが単に彼女に会いに行ったことくらいわかっていた。

どういうわけがタカオは彼女に関することでは仕事を犠牲にすることがたまにあった。


まあ、5分くらいいいか。

次のアポにはまだ時間はある。

ソファに腰掛け、煙草をふかしていると見覚えのある女がこっちへ歩いてくるのが見えた。

体にフィットしたスーツを着て、ノボルにその美しい肢体を思い出させた。

女もノボルに気がついたらしい。眉をひそめると体の向きを変え、ふたたびエレベータに乗るためにビルの中に戻ろうとした。

「待ってくれ!」

ノボルはそう叫び、走り寄って女の腕を掴んだ自分に驚いた。女は明らかに迷惑そうな視線をこちらに向けた。

「すまん。」

ノボルはあわててそう言うと女を掴んだ手を離した。女は鼻を鳴らすときびすを返した。

前方にエレベーターから降りてきたタカオの姿が見えた。タカオは昇降口で女の顔を見ると声をかけ、一言二言話すと手を振り別れた。女はそのままエレベータの乗り上の階へあがった。


武田の知り合いか?


「藤宮さん、お待たせしました。すみません」

タカオが穏やかな笑顔を向けてそう言った。

「武田、さっきすれ違った女は知り合いか?」

「女?ああ、ジュディのことですね。彼女の上司なんですよ。まあ、上司の前に大学時代の友人だったんですが」

ノボルはタカオの説明を聞きながら女が去った方向を見ていた。

「ジュディがどうかしたんですか?」

タカオは怪訝そうな視線を向けたがノボルは何も答えなかった。



くだらんな。


ノボルは手の中の名刺を見ながら苦笑した。タカオから彼女―上杉カナエの名刺を貰った。そしてその名刺に書いてある番号を先ほどから何度も見ている自分がおかしかった。


女などたくさんいるのに。

一夜だけの相手だ。


ノボルは手の中の小さな名刺をくしゃくしゃに折り曲げるとごみ箱に入れた。



「パーティ?」

「そうです。うちで小さなパーティを開くんですよ。まあ、忘年会みたいなものです。メイリンたちにはすでに声をかけてますよ。僕の彼女の会社の人も呼んであります」

タカオは隣の席に座りパソコンから視線をこちら側に向けてそう言った。

「今夜か。空いてるな。俺も参加する」

ノボルはジュディの顔を浮かべながらそう答えた。通常アットホームなものは苦手だが、ジュディにもう一度会いたいと思いノボルはそう返事をした。


リビングルームには人がたくさん集まっていた。日本人はノボルを含む4人で後は全部中国人や香港人だった。

「すごい人数だな」

「いやあ、メイリンが結構連れきちゃったんですよね」

タカオは苦笑しながらそう答えた。

「ああ、紹介します。これが僕の彼女の上杉カナエです。そしてその横は上司のジュディ・チュアです。」

「はじめまして」

カナエはそう言って微笑んだ。長い黒髪に意思の強そうな眼が印象的な古風な美女だった。柔らかい物腰のタカオとは対象的で、それだからこそ二人はうまくいくのかと妙に納得した。

「俺は藤宮ノボルです。武田の一応上司です」

ノボルはカナエに握手を求めながらそう言った。カナエは少しぎこちない笑みを浮かべたままで差し出された手を握り返した。

「藤宮さん。ジュディ・チュアです。はじめまして」

ノボルが口を開く前にジュディはそう言って手を差し出した。その視線は鋭く何も言うなという無言のメッセージが含まれていた。

「ジュディさん。はじめまして」

ノボルはその視線を受け止めると笑顔でそう答えた。


一夜だけの相手。

説明するまでもない。


ノボルもそのつもりだった。


「武田、煙草吸っていいか?」

「べランダに灰皿置いてあります。寒いですがそうしてください」

タカオはノボルにそう言いながらコートを渡した。ノボルはコートを受け取ると苦笑してベランダにでた。


外は寒かった。

上司をこんな寒いところに出させるなよな。


ノボルはポケットから煙草の箱を出しながらそんなことを思った。

しばらくすると窓の開く音がして、気配を感じた。

振り向くとそれはジュディ・チュアだった。

ジュディ・チュアはノボルの隣に立つと煙草に火をつけた。口から煙が吐き出される。煙草を吸うジュディの顔が恍惚としており誘っているようでノボルは自分が見とれるのがわかった。

「本当、男って馬鹿よね」

自分に見とれるノボルに気づいてため息をついた。

「特に日本人の男なんて。やることしか考えてない」

ジュディの言葉にノボルは苦笑した。

確かにあたりだ。

自分がジュディに興味あるのはその体だ。あの夜自分の腕の中で乱れたジュディを忘れられなかった。

「悪いけど、私は同じ相手と寝るつもりはないわ。しかも友人の彼氏の上司だなんて。最悪だわ」

ノボルはジュディの言葉に答えなかった。ただ苦笑するしかなかった。




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