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ミステリーな部活動

作者: Len


 ぼくが部室に着くと、中には既に楯城がいた。部員じゃないあいつが一番先に来ているのはなんだか釈然としないが、こんなところに来るのは部員であるぼくの他には「見学」と称してぼくの作業を邪魔するあいつくらいなものなので、当然と言えば当然のあり様だった。自宅で作業した方があいつに邪魔もされないしパソコンを使用出来るので効率的なのだが、そもそもぼくが妥協する必要が無いだろう。一度でもあいつに譲歩するのを許せないぼくは懲りもせず、部室――元は資料準備室で今でも様々な資料が置かれている、そこを我が文芸部室として使わせてもらっていた――の扉を開けた。

「ん。よう、遅かったじゃん」

「君こそ早いじゃないか。よっぽど暇なんだな」

 別に、来たかったから来ただけだ。楯城はいつも、ここに来る理由をこう答える。今日も同じようにそう答えると、手に持っている本――カバーがしてあってどんなものかは分からなかった――に目線を戻した。それを見て、ぼくはこっそりと安堵する。あいつでも読書しながら騒ぐことは出来ないみたいで、本を読んでいる間は比較的平和に作業できる。ぼくは極力あいつの気を引かないように留意しつつ、鞄からプロットを書き込むメモ帳を取り出し、作業を開始した。

 ぼくが書くのはもっぱら推理もので、今回も大学生二人が旅行先で起きた謎に挑むという内容を構想している。大学生の知り合いにキャンパスライフについて色々と聞いているので、大学生を主軸に用いた話を書いてみたくなったのだ。まだプロット段階だが、なかなかどうして巧くいかず詰まっていた。だがこれも書き物をする楽しみの一つだと、ぼくは考えている。大体ぼくみたいに趣味で書いているような人間が、何の問題も無く巧く書けることなんてそう無いだろう。こうして手詰まりに頭を抱え悩ませる、パズルのピースを一つ一つはめていくような、この作業が好きだった。決して文才に恵まれているとは言えないぼくだが、これがあるから書くことを止められないのだった。これを楯城に話したら、お前はMか、と言われたことを思い出してイラっとくる。あいつは読む側でしかないから、ぼくの愉しみが分からないんだろう。

 さて、そんなくだらないことを考えていないで、そろそろ作業に集中しよう。応募予定の賞は締切が来月末なので、そろそろ書き始めたいところだ。賞に応募すると言っても形だけで、デビューや賞金を狙っているわけじゃない。ただ持論として、小説は読んでもらうものと考えているから、書き上げて自己満足だけで終わらせるのが癪なだけだった。もちろん、自分が書いたものが人に受け入れられるのはとても嬉しいことだが。

 そこまでのぐるぐると渦を巻く思考を停止して、ほうと息を吐いた。そして一度大きく息を吸う。これはぼくがいつも何かに専念する前にやる儀式というか、おまじないみたいなものだ。


 氷解させた意識を組み直す。パズルのピースを一つ一つはめていく。建築物を施工するように、ぼくは作業に没頭した。




     ◇   ◆   ◇




 作業は順調に進行していた。このまま集中力が持続してくれれば、今日中にでもプロットが書き上がりそうだ。そしてそんなぼくの思惑は、やはりというべきか流石というべきか、楯城によって崩されたのだった。

「ふむん……」

 突然、楯城が変な唸り声を上げた。次いで「うわ、うおあぁあ」などと奇声を上げて、ぼくは作業を中止するしかなくなった。どれくらいの時間作業できたかは分からないが、進度は申し分ない位置にあった。精度はまた、別の話になってしまうのだが。

 さて、その楯城だが。変な唸り声を上げた後、しかめっ面で読んでいる本を睨んでいた。納得のいかない展開だったのだろうか。ぼくには知りえないことだし、興味も無かった。ただ、首を傾げたり、本を持っている手を動かしてみたり、挙句には逆さにしてみたりと、あいつの挙動を眺めているのは少し愉快だった。

 そんな、時間の無駄でしかない行為はさっさと中断することにする。作業の方も順調と言えるところまできているので、一旦休憩を入れることにした。ぼくは立ち上がって、一応義理で楯城に訊いた。

「飲み物買ってくるけど、君はどうする?」

「ああ。なんか甘いので頼む」

「奢ってやるつもりはない。君も来るか、という意味で訊いたんだ」

 厚かましい奴め。その厚い顔の皮があるからこそ、部員でもないのにこの部室に入り浸ってるんだろうが。

「なんだよ、珍しく気のきいたこと言うじゃねえかと思ったのに。じゃあいいよ、行かね」

「そうかい……」

 しっし、といった動作でぼくを送り出す楯城。なんて奴だ。それをしたいのはむしろぼくの方なのに。

 廊下に出ると、グラウンドから威勢の良い運動部の掛け声が聞こえた。他の文化部の部室からも、楽器の音や話し声などが漏れている。廊下には、かつん、かつん、とぼくの足音が一定のリズムを繰り返す。外はいつの間にか薄暗くなっていた。蜂蜜を垂らしたような、黄金色の夕暮れが校舎を染め上げていて眩しい。

 自販機に着いて、少し悩んで緑茶を買った。がこん、と音を立てて落下してきた緑茶を取り出して、ふとあいつの傲岸な要求を思い出した。

「…………。」

 読んでいる本の展開が気に入らない時の気持ちを、ぼくはよく分かる。書く側に回ってから、そんな思いをする機会が増えたように思える。そしてそんな時、気分転換やそれに準ずることをやりたいものだ。

「…………。」

 もちろん、それをぼくがしてやる義務も義理も無いのだけれど。だからこれは、義務でも義理でも無くただの気まぐれだ。


 自己完結したぼくは、紅茶を拾って部室へ引き返した。




     ◇   ◆   ◇




 部室に戻る途中、偶然にも同じクラスの子に会った。その子はクラス委員長を務めているのだが、次のHRで使用する資料の作成を任されていたようだ。クラスメート全員分の資料をホッチキスで留める作業は、一人でやるには骨が折れそうだったので手伝ってあげた。二人でやればすぐ済むもので、それを終えた後部室に向かったことで少し遅くなった。

 部室に戻ると、楯城がぼくのプロット帳を見ていた。先ほどまで読んでいた本は読了したのか、机の上に置いてある。

「自販機に買いに行っただけで随分時間かかったな」

「藤堂さんを手伝ってた」

「藤堂を?」

 さっきの委員長、藤堂さんの名前を聞いてなにやら渋い顔になる楯城。面倒なので詳しい説明はしなかった。ぼくも椅子に座ると、なるべく不承不承といった風に、買った紅茶を楯城に渡した。

「あれ? 奢ってやるつもりはないんじゃなかったのか」

「別に。ただの気まぐれだ」

「ふーん。ま、さんきゅー」

 満足気にほほ笑むと、小気味の良い音を立ててプルタブを開けた。ぼくもお茶を一口含むように飲んで、一息ついた。対して楯城は、一息に飲み干す勢いで缶を呷っていた。

 そして缶から口を離し神妙な顔でぼくを眺めてきたかと思うと、「刀泉って藤堂と仲良かったっけ」などと訊いてきた。

「え、いや特に、そういうことはないと思う」

 悪くもないと思うけど。藤堂の方はどう感じているか、ぼくには分からないから何とも言えないが。

「手伝うって何やったんだ?」

「大したことは。ホームルームで使うプリントをホッチキスで留めた」

「よくそんなの手伝う気になったな。藤堂だからか?」

「はあ? 顔見知りなんだから手伝うくらいするだろ」

 ぼくの言い分が意外だったのか、楯城は珍しく目を丸くした。そんなに不思議なこと言ったつもりはなかったんだが。

「へ、へえ。じゃあ、藤堂と何話してたんだよ」

「当たり障りの無いことを。なんだよ、やけにつっかかるな」

「いや別に、特に意味があるわけじゃねえんだけど」

「ふうん。……ああ、藤堂さんに飲み物をなんで二つ持ってるか聞かれて、楯城のだって言ったらなんか微妙な顔された」

「……だからなんだよ」

「いや別に、特に意味があるわけじゃない」

 ぼくが楯城の言葉を引用すると睨み返してきたので、それを受け流しつつお茶を飲んだ。

「それより、勝手にぼくのプロット帳見るなよ……って、なにそんなにやにやしてるんだ?」

「っつ。……してねえよにやにやなんて、眼鏡曇ってんじゃねえの」

 なんだこいつ。にやついてたかと思うと、急に機嫌が悪くなったり。思い出し笑いを指摘されて恥ずかしかったのか?

「いいんだけどさ。読んだなら、どう思ったかくらい聞かせてくれよ」

「うむ。まったく興味が湧かなかった」

 それはお前が推理小説読まないからだろ!

 声に出して言いたかったが、こいつに何を言ってもどうせ聞かないので労力の無駄だ。最近こいつの扱いを覚えてきた自分が嫌になるな……。

「君に訊いたのが間違ってたよ」

「その通りだな。だってお前の書く小説って堅苦しいのばっかで、肌に合わないんだよなあ」

「君に合わせようと書いてるわけじゃないから」

 本当にこいつは、いてもなんの役にも立たないな。邪魔してるだけの、完全にマイナスな存在だよ。

「はあ。なら君は、どんなジャンルなら肌に合うのさ」

「それ、前にも言っただろ」

 そんな気もするが、興味が無さすぎて覚えてなかった。

「ファンタジーだよ、ファンタジー。SFも悪くない。やっぱロマンがないとな、本ってのは。誰が死んだだの誰が殺しただの、そんなもん読んでもなあ」

「見解の相違だな。ファンタジーを否定するわけじゃないけど、ぼくはそういうものは読む気にならない。異世界だの魔法だの、そんな非現実的なものを描いて何が楽しいんだろう」

「非現実的だからに決まってんだろ。ファンタジーなんてみんなそんなもんだぞ」

 そういうものなのか。ぼくが好きなミステリーも、楯城が好きなファンタジーも、一括りに小説だが、その中でも分かり合えないことはあるものだな。

「それにしても、君みたいなやつがファンタジーとかロマンとか、意外だったよ」

「ふん。人を見た目で判断すんな」

 ぼくもそう思うけれど、楯城はどうしてもファンタジーというイメージができない。少年漫画がいいとこだろう。こんなこと言うと、プロレスの場外乱闘よろしく、パイプ椅子で殴られそうだから言わないが。

「それで、さっきまで変な唸り声を上げながら読んでたこれも、ファンタジーとかそういうのかい?」

 言って、机の上に置いたままだった本を手に取った。

「あ、おい。それは」

 楯城が制止するようなニュアンスでぼくに声を掛けたが、既にぼくはタイトルを見た後だった。

『日本横断殺人ルート』

「うん? これって」

 どう見てもファンタジーだとかSFだとか、そういったものじゃないよな。

「か、返せ」

 楯城はぼくの手から本を引っ手繰ると、気まずげに手の中でもてあそぶ。

「あー、いや、うん。推理小説なんて、これっぽっちも興味無いんだけどな」

 ちらちらとぼくの睨んで(顔色を窺うように?)楯城は続ける。

「お前が絶賛していつもうるせえから、ちょっと冷やかし程度に読んでやるのもやぶさかではないと考えてだな」

「……随分回りくどいな。つまり?」

「たっ、ただの気まぐれだよ! 文句あっか!」

「……いや」

 楯城が曲がりなりにも、ミステリーに興味を示してくれたことはとても喜ばしいことだ。

「文句なんてない。むしろ嬉しいよ、楯城。君がミステリーを読んでくれて。見たところトラベルミステリーのようだけど、なんでこれを? 不甲斐無いことに、ぼくはこの類はあまり明るくなくてね。でも君がこれから読み始めると言うのなら、ぼくも食わず嫌いはやめて挑戦してみるよ。個人的な嗜好になってしまうけど、他にぼくのおすすめを何冊か教えよう。ああ、明日にでも持ってくる。その本はどうだったんだい? 確かにミステリーには納得のいかない展開をすることが多々あるだろうけど、だからこそ飽きずにいられるというか、それが醍醐味と感じる時が君にも来ると思う。それに――」

「お、オーケイオーケイ、刀泉の推理小説に対する思いは分かったから! ったく、なんでいつもはぼそぼそしかしゃべらないくせに、こういう時は長々と語りだすんだお前……」

 少し冗長に語ってしまった。楯城がミステリーを読み始めたことがなんだか予想以上に嬉しくて、自分でも抑えられないくらいテンションが上がってるようだ。

「……な、なんだよそんなににやにやして」

「え? にやにやしてたか、ぼく」

「してたよ、気持ち悪いくらいに。そんなに嬉しいのかよ、あたしが推理小説読んでたのが」

「嬉しいさ、もちろん。推理小説ファンが増えるのも喜ばしいことだし、近しい人が自分の好きなものに興味を示してくれるのは、思った以上に嬉しい」

「む……」

 楯城は微妙な顔をしたが、一度ため息をついたかと思うと、何かを決心したような眼差しでぼくを見た。

「おい」

「なんだい」

「あー……なんだ。うん。お前はあたしに、推理小説を教えたいのか?」

「今のは中々面白い表現だな。まあ、そうだね、教えたい。そしてできるなら好きになってほしいな」

「そ、そうか。あたしも、その、教えてもらうのも悪くはないっつーか。その気が無いわけでもないというか」

 今日の楯城は回りくどくて困る。

「つまり?」

「……お前の趣味に歩み寄るのも悪くねえかなと思ったんだよ!」

「…………。」

「な、なんだよ」

 ぼくは無意識のうちに、まじまじと彼女を見ていたようだ。その視線に辟易したようで、楯城は口を尖らせて文句を言う。

「あ、いや。うん、喜んで?」

「最初に言っておくが、あたしは別に興味を持ったわけじゃないぞ」

「分かったよ。興味を持たせるのは、ぼくの役目かな」

 こんな日が来るとは夢想だにしなかった。あの楯城に、あの楯城にミステリーに興味を持ってもらうためにぼくが尽力するなんて。だが、あいつにミステリーの素晴らしさを諭せば、ゆくゆくは書き手に回り二人で切磋琢磨できる日が来るかもしれない。そんな幻想を抱くほど、ぼくは昂っていた。


 こうして、ぼくと楯城の奇妙な部活動が始まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 叙述トリックで見つけて来ましたー。 読み始めて数秒で性別誤認トリックかな?と思い、刀泉がボクっ娘かな?と思いましたが、まさか楯城が女子だったとは…
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