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雨上がりの朝、一人の人物が月白城を訪ねてきた。門番を務めていた衛兵は風体の怪しい訪問者を閉めだそうとしていたが、そこに毎朝の日課である散歩をしていた月白城の女主ルジスタ・ガレスディエリエルが通りかかる。何事かと問うたルジスタに衛兵は無駄のない返事を返した。
「姫君! 御心配には及びません、すぐに締め出します!」
衛兵に羽交い締めにされていた訪問者が叫んだ。
「王都のオリステスと呼ばれる姫か! セイレン・オルデ=デュシスという者のことを知っているか?」
「セイレン・・・、オルデ=デュシス・・・」
ルジスタは大きな瞳がこぼれおちるかと思うほど目を見開き、絶句し、悲鳴のような声で衛兵に向かって命令した。
「その者を解放して客間へ通しなさい!」
アルスとルジェの考えた茶番であり、アルスを王城に連れていく最初の布石である。
こうしてアルスをまんまと正門から城に引き入れ、客人として迎え入れたという既成事実を作り上げた。
王城の人々を納得させるために、アルスの身の上に多少細工することを考えた。まさか死に際の言葉を適えるためだけに城に忍び込んできたなどと話して信じる者はいないだろう。ましてやそこまで素性の怪しい者を王宮が受け入れる訳がない。
仕方がないので、セイレンとは戦場で知り合い意気投合して、最期を看取ったことにした。セイレンがいた戦場はよほどのことがないと行かない場所であるから、父の病気を治す金を稼ぐためと偽ることにした。それだって大した偽装ではないし、到底王宮に受け入れられる身分にはなりえない。
あとは勢いくらいしか武器はないとルジェは唇を噛みしめた。
何故出会ったばかりのアルスにこれほど惹かれるのかは分からない。
これは亡国の人々の持つ黄金の魔力なのだろうか。
「ここに来る前は何をしていたか聞いてもいい?」
「連れと二人で・・・物を売ったり、傭兵の真似事をしたりしてたな。色んなところに行った」
冬は去ったが夜はまだ冷え込む。暖炉の前に居るとはいえ、ルジェが毛布を被っているにも関わらず、アルスは寝巻用の長シャツ一枚という軽装だ。
「そのご友人はどうしているの?」
「ん・・・友人というか、父親・・・かな。セイレンに会う1週間くらい前に死んだよ」
アルスの受けごたえは淡々としていた。懐かしそうに目を細めて暖炉の火を見つめた。アルスの父だというのなら帝国が滅亡した時の戦いを生きてきたのだろう。アルスが生まれたのは戦争終結の前後辺りだというから、アルスのために生きてきたような男なのかもしれない。
「どんな方だったの?」
聞かれたことない質問だと笑いながら、しばらく考えるように長い髪を弄んでいる。暖炉の明かりに照らされて金の髪が赤く燃えている。美しい髪だと褒めたら高く売れるんだと自慢された。
「強い男、かなあ」
考えたわりにぼんやりとした答えだった。
「お強かったの?」
「ああ、今まで会った男の中で一番強かったよ」
「お父様もきっと見事な金の髪をなさっていたんでしょうね」
ルジェがアルスの髪を梳きながらそう言うとアルスは首を振った。
「血の繋がりはないんだ。それこそガレスディエリエルの出身で、でも罪を犯して住んでいたところを追われたと言っていた。何をしたのかは知らないし、本当の名前も・・・多分知らない」
ルジェが息を飲んだのに気付いてアルスは苦笑した。
「それでも一緒に過ごした時間は本物だし、あの人は確かに私の父親だったと思う」
アルスが父親のことを口にする時に浮かべる嬉しそうな顔がルジェの目に焼きついた。