表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金の宿命 ―故郷のない咎人と動乱の王国―  作者: 鈴宮
1. 黄金の麗人と王都の宝玉
5/10

やっぱり好きじゃない。


振動にぶれる窓の外を見つめながらアルスは再確認していた。


月白城から王城までは馬車で半日かかる。

馬車には良い思い出がない。ガタガタと揺れてお尻が痛くなることや自分の身を他人に任せている不安感というのも小さくない問題だが、それよりも馬車に乗って行き着いた場所で良い目にあったことがない。いつだって命からがら逃げ出してきた。そんな不吉な因縁のある乗り物ではあるが、王の娘を何時間も歩かせることができるはずもない。旅慣れているアルスなら一人で終日歩けば着くだろう距離ではあるが、かといって一人で行けば二度とルジェに会うことは適わないだろう。良くて門前払い、悪ければ牢獄にぶち込まれる光景は容易に想像できる。

馬車に乗り込んで数十分。まだ道のりは遠いと聞いて泣きたくなった。


顔を歪めるアルスに向かい合わせで座るルジェは、気分が悪いのかとも城に向かうのが不安なのかとも聞いてこない。出会った時と同じ格好で服や布の下に姿を隠しているのだから当然だ。黄金の麗人の面影はなく、唯一残された黄金の欠片は瞳のみだが、その瞳も顔に巻かれた布と目深に被ったフードの影に隠れて煌めきすら窺えない。

アルスは登城するために時間をかけて念入りに変装を施していた。髪を染め、肌に色を乗せ、座創や瘢痕を作る。声は薬草を煎じた薬を飲んで老人のように枯れさせる。実に鮮やかな手際だった。全身褐色の顔や身体は刀傷や火傷のような瘢痕で埋め尽くされ、泥色の髪を覆うように布を巻きつける。胸や腰にはさらしを巻き、さらに服の下に詰め物をして傴瘻のように見せて歪な体のラインで女らしい曲線を隠す。ルジェはその芸の細かさに驚いて、横からあれやこれやと質問攻めにしてきたあげく、そのうち「見事なものね、今度私にもやってほしいわ」と言いだすほど熱心に見入っていた。出会った時との違いは身にまとう衣服の質だけだ。ハイネックのシャツの上から絹織りのチュニックを被り、皮のベルトで締めている。細身のズボンをひざ下丈の皮のブーツに仕舞いこんで、腰には小ぶりの剣と短剣を刺す。モスグリーンのローブもウールで作られたしっかりした代物だ。


一方ルジェはこれでもかというくらい王城に相応しく着飾っていた。ルジェにとっては“帰宅”であるが、通常王侯貴族らにとっては登城とはそれだけで一つの一大イベントになりうるものだ。ましてや平民が軽々しく足を踏み入れる事のできる場所ではない。そこに突然素性の知れぬ人物を連れて行くのだ。できるだけ両親の意に沿うような振舞いをしなければならなかった。薄緑の光沢を帯びて輝く白絹の布に、スカート部分はふんだんにレースを重ねて腰の辺りにはレースで作られた花を大きく模し、あたかも白薔薇の精だ。亜麻色の髪はここ数日入念に櫛を入れ香油を塗り込んだおかげで艶を増し、淡い煌めきすら放っている。それにアルスとおそろいのモスグリーンのローブを肩から羽織っている。

二人の対照的な娘を乗せて、馬車は王城への道を辿っていた。





「連れの身の上が身の上だったからガレスディエリエルに来るのは初めてなんだ」


数十年もの間、他国の侵攻を許したことのない王都には悠然とした街並が並び、人々は穏やかな日常を営んでいた。活気ある商店が立ち並び、駆け回る子供や井戸端で話し込む女房連中は正に平和の象徴だった。話に聞いて憧れた通りの都にアルスは感動していた。だが時折厳めしい制服を纏った青年達が馬車に向かって敬礼をしてきて、そんな時は外からはっきり見えないよう反射的に身を隠してしまう。彼らが今の自分を害するはずがないと知りながら、今までの苦い記憶によって身についた虚しい習性に溜息が出そうになる。吐いた息を誤魔化してアルスはルジェに囁いた。


「綺麗で平和な都だね」

「・・ええ、ありがとう」

そう答えたルジェはあまり嬉しくなさそうだったので、アルスは心の中で贅沢者だなあと呟いた。


馬車は王宮前広場に到着した。この広場の前には突如として絶壁が広がっている。城は300年以上前、亡国の最盛期に建てられた。元々土着の民の城があった高台の城を亡国が攻め滅ぼし、今の城を建てたのだ。防衛のために山の一部を切り崩し、城の敷地は絶壁と、それを強化させた城壁で囲まれていて、王都は正に城下の町として切り離したように巌然とそびえていた。唯一人々を迎え入れる用意があるのは南に面した正門だけで、そこには衛兵が幾人もしっかりと立てられているのは当然だが、たどり着くまでには何百段もの階段を上っていかなければならない。

さらに、王宮前広場から高い階段を登っていくと今度は大きく堅固な正門と、門を守る衛兵が立っている。正門を正面に、城壁伝いにぐるりと見張り廊下が敷かれていて、東西北側には見張り台設置されて衛兵が待機している。と、外から見た城の状況をざっと説明するとこうなるのだが、馬車に乗ったまま正門に繋がる階段のある王宮前広場を通り抜けて西側に周り、地上に唯一ある鉄柵の門をくぐったアルスにはまだ知る由もない。

西側の鉄柵門はいつでも王城を出入りできる人間だけに許された通用門である。鉄柵門の先の絶壁には巨大な青銅門が備え付けられており、その門の先にはなだらかな坂の螺旋状の洞窟が地上まで続いている。馬車に掲げられた王家の紋と今朝ルジェを迎えに来た王宮お抱えの御者という二つの証により誰にも咎められることなく二人を乗せた馬車は城壁の中へと乗り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ