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黄金の宿命 ―故郷のない咎人と動乱の王国―  作者: 鈴宮
1. 黄金の麗人と王都の宝玉
4/10

思ったように年若かった。

傴僂ではなかったのか。

髪は泥色だったはずだったのに。

肌は褐色だったはずだったのに。


「女性だったなんて思いもしなかったわ」


どこから話を聞けばいいものかと思い悩んだが核心をつくこともできず、かといって気の利いた台詞回しをできるほど落ち着いていたわけではなかったので、とにかく嘘ではない感想を述べるしかなかった。


「名前も聞かずにどんどん契約の話を進めていくから、決めてしまえばこっちのものかと思ったんだ。良心の呵責がないわけではなかったけど生活には代えられないし」


浴室から出てきた黄金の麗人には先程までの汚らしかった面影など一切なく、まるで王宮の貴婦人のような品格さえ漂うようだったが、姿を曝け出したせいなのか少し口調が軽くなった。顔に巻いた包帯を解いたおかげで声もまっすぐ通るようになり、耳障りの良い声が聞こえる。ただ、どんな表情をしているのかは直視しづらくて分からない。


「そういえば名前も聞いていなかったわね」

「アルシェルエ。アルスと呼んでくれればいい」

「素敵な名なのに。アルスなんて男みたいよ」

「柄じゃないから」

「名字は、ないの?」

「ああ。あるように見える? よく言われる」


アルスは自嘲とも嘲笑ともつかない笑みを浮かべた。名字がないのは平民の証だ。だが、アルスは平民には見えなかった。美しい容姿のせいなのか、それとも彼女の出生国が特殊なのかは分からない。お互いに分かっているのに核心から逸れた話を続けることがかえって苦痛になってきたルジェは覚悟を決めて口を開いた。


「アルス、貴女・・・亡国の生き残りなの?」

「さあ。でも多分そうなのだと思う。この容姿だからあまり否定できなくて困る」


アルスは苦笑いを浮かべた。


亡国とはかつて大陸全土を統べた帝国オリステセルのことを言う。ガレスディエリエルもかつては帝国の一部だった。分裂に分裂を重ね末期には帝国は大陸の中央部の一部にまで小さくなった。それでも帝都は花の都と謳われていた。しかし20年ほど前、ルジェの祖父王の時代にガレスディエリエルによって攻め滅ぼされた。もともと衰退の途を辿っていた帝国だったが中核の結束は強く、長きに渡った戦いの中で多くの血が流れたという。今はガレスディエリエルの統治下ということになっているが、近隣の国々の均衡関係や乱立した非合法軍による内乱が後を絶たないことから無法地帯と化している。


その帝国を統べていた民族の身体的特徴は目の前のアルスそのものなのだ。金の髪と瞳、透けるような白い肌。濃淡や色味の違いはあれど、一目で分かると言われている。最盛期には不可侵の象徴だったその姿も今では迫害や略奪の目印だ。国を亡くした美しい民は今や権力者たちの格好の餌食となっていた。過去の栄華を表象してしまう美しき人々は、その多くが列強国の捕らわれ人となり、その鑑賞用に国から引き離されたと聞く。それは、帝国を服従させたという征服欲を最も効果的に発揚させてくれる方法で、おぞましい話ではあるが相当の高値で売り買いされているというのだ。しかも現在では希少価値が高くなったという理由でますますの高値がつけられているという。だから彼らは自分の姿をむやみに晒したがらないのだが、こんなにも徹底して隠しきれるものだとは思わなかった。


余談ではあるが、ルジェの呼び名は亡国の国石とされていたオリステスのことである。オリステセル初代皇妃が愛し、彼らの瞳と同じ色をした透明度の高い黄金色のオリステスは希少価値が高く、唯一の産出国オリステセルでもその一部でしか採掘されず、幻の宝玉ともいわれ市場にはほとんど出回ることはない。美姫と名高いオリステセル初代皇妃の代名詞だったことから、大陸の美女にはオリステスの呼び名がつけられるのだ。


アルスを見てルジェはその呼び名がますます疎ましくなった。自分などよりもアルスの方がよっぽどその呼び名に相応しいではないか。だが、ルジェの心を読み取ったかのようにアルスが口を開いた。


「姫は勘違いをしてるよ。確かにこの華やかな彩りのせいで錯覚を覚えるかもしれないけど、実際は平凡で地味な顔つきだ」


ルジェはもう一度よくアルスの顔を見たがよく分からなかった。アルスの美しさが髪や瞳や肌の色の美しさだけから来るものだとは思えなかった。


「さ、雨も止んだし私はもう行く。久しぶりに楽しい時を過ごせたな。湯にも浸かれたし。この服は貰ったらまずいかな」


なんの未練もなく言い切るアルスを見てルジェは心を決めた。


「いいえ、私は貴女と契約するわ。アルシェルエ」


驚いた顔もやはり美しく見えた。


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