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黄金の宿命 ―故郷のない咎人と動乱の王国―  作者: 鈴宮
1. 黄金の麗人と王都の宝玉
2/10

ルジェの生まれた王国、ガレスディエリエルでは平民以上の家の満12才になった男子は各領地に設けられた学館に集められて教育を受ける。その中から優秀の者は王宮に召喚されて更なる教育を施され高級官吏や高級騎士となるのだ。王の直属軍である王下歩兵軍は親衛隊として高級騎士の中の選りすぐりが選ばれる。選ばれることは騎士の誉れだった。親衛隊とは別に、王家の直系血族には高級騎士の中から選ばれた一人が護衛につくことになっている。それは護衛である一方で王の派遣する監視でもあった。彼らには指輪が渡される。


ルジェについた騎士の名はセイレン・オルデ=デュシスと言った。古くからガレスディエリエル王家に仕える貴族の家の出で、若く美しい騎士だった。ルジェは兄のように慕っていたが、その心の奥に彼に焦がれる気持ちがあったことにも気付いていた。よくある話なのだ。過去には、他家に嫁ぐ際に護衛の騎士を愛人として連れて行ったという話もまことしやかに流れている。


セイレンがルジェの元を離れたのは2年以上前の話だ。剣大会で優勝した直後の話だった。その勝利に不正があったという訴えがどこからか出たのだという。確かにセイレンは強かったが、ここ数年来、優勝は常に現王都守護隊一番隊隊長アザリア・ファイスのものだった。彼は今も衰えてなどいない。アザリア・ファイス自身は何も言っていないと聞くが、彼には信望者がたくさんいた。いつの間にかセイレンはルジェの元から姿を消し、代わりに王である兄から新たに護衛が付くことを聞かされた。ルジェはそれを断わり現在住む月白城に移り住んだ。


暗く静かなこの場所は俗世から遠ざかる代わりに、過ぎる干渉を受けない。静かな暮らしを続けていた半年以上前、王宮に住むルジェの乳母の娘から手紙が来た。噂によると、セイレンは国境いの攻防に参加することになったという。その争いは亡国との戦の残滓。何十年と経っても未だ争いが続く、別名未帰の地。セイレンが帰ってこないだろうことを突き付けられたも同然だった。



 * * *



ルジェは自分が顔を覆って泣いていることに気付いた。掴まれていたはずの腕も痛いところはない。日は完全に落ち、雨粒の影が見える程度で部屋は薄暗かった。振り向くと、侵入者はルジェを気にするでもなく物珍しそうに部屋の中を見回していた。


「まだ、いたのね」


相手はルジェが落ち着いたのを見て取ったのか、荷物を降ろしてその口をくつろげた。荷物はとても綺麗なものとは言えず、泥でも着いているのではないかと思えてルジェは顔を顰めた。しかも、少し汚臭がする。暗い中で目を凝らしてよく見ると、侵入者は傴僂の気があるのか肩から背中にかけて盛り上がっており、酷く不自然な姿勢に見える。全身をマントで包み、顔はフードに隠れてよく見えない。荷物を扱う手にも手袋が嵌められており、徹底してその身は隠されていた。こんな格好で街中を歩けば逆に目立つのではないかとも思ったが、城に侵入するための姿なのかもしれない。


それにしても、この侵入者は自分の状況を分かっているのだろうか。一度ルジェを脅したとはいえ今は少し離れた距離にいて、大声をあげようと思えばいつでもあげることができる。奇妙な状況に身を置かれて、ルジェは自分の頭が冷静になっていくのを感じた。


「明かりを点けてもいいかしら?」

「かまわない」


ルジェはランプと蝋燭の明かりを灯した。この月白城では身の回りのことは全て自分でやっている。ルジェは一国の姫君としては欠格と言われそうであるが自分のテリトリーに勝手に他人が出入りすることを好まない。王城にいたころは気の置けない乳母とその娘が世話をしてくれていたが、本来彼女たちはルジェの母のものだ。母はルジェが王城を出ることにあまりいい顔をせず、彼女たちを連れて行くことを許してくれなかった。掃除などは月白城に元々住んでいたメイドがしてくれている。


明かりを点けた上で再び侵入者を見た。荷物の周りには何やら値の張りそうな荷が放り出されていて疑問を覚えたが、侵入者がこちらを振り向いたせいでその疑問は立ち消えた。フードの下の相手の顔には包帯が巻きつけられており、茶のような緑のような泥色の長い髪の毛が飛び出る様にはみだしていて、ルジェの肝を冷やすのに十分だった。顔のパーツで唯一見えるのは左目だけだ。その左目は薄明かりの元で褐色の肌から浮き出して、野生の動物のように金色に光って見えた。ルジェは気圧されてあとずさったが背後には壁しかなかった。


すっと黒手袋を嵌めた手を差し出される。何か白っぽい毛の束のようなものが垂れていた。押し付けられるように突きつけられルジェは受け取らざるをえなかった。それはよく見ると白ではなく褪せた白金

で、人間の髪のようだった。


「セイレンの・・・?」


侵入者は肯いた。手の中の髪はごわごわしていて昔の艶やかさも柔らかさも何もかもなくなっていた。それは切り取られて主を失くしたからなのか、それとも最初からこうだったのか分からない。もし最初からこんなにも乾いた髪になっていたのだとしたらセイレンの死ぬ直前の生活が察せられる。ルジェは嘆息した。長い溜息だった。


侵入者は気遣うという言葉を知っているのか知らないのか、さっさと荷を片付け始めていた。ルジェは先ほど浮かんだ疑問を思いだし、恐る恐る侵入者に尋ねた。答えはないかもしれないと思ったがあっさりと返事が返ってきた。


「この荷はその男が持っていたものだ」


ルジェは唖然とした。


「何故それを持っていこうとするの。どうするつもりなの」

「報酬代わりに貰い受けたものだ。もっともこのまま持っていても仕方ないからどこかで売り払うが」

「報酬ですって! 非業の最期を遂げた相手に報酬を求めたというの?」


覗いた金目が眇められる。


「こっちはその日暮らしの辛い立場だ。あんな場所から王都に出るまでだって、王都に着いてから貴女を探し当てるのだって、できる奴とできない奴がいる。それなりの苦労をかけるのだから報酬があって当然だし、もしその男がさっさと死んでいればこれらは何の障害もなく私のものだったはずだ。そんな状況でわざわざ願いを叶えてやったのだから文句を言われる筋合いはない」


ルジェは驚いた。そんな無茶苦茶な論理を堂々と掲げて生きる人間の言葉にもだが、何よりその侵入者に気圧されてルジェはそれ以上何も言えなかった。確かにルジェは王宮のあれこれには疎かったが片や勉学では男性に引けをとったことはなかったし論駁もよくしていたのに何故かこの侵入者には萎縮してしまっていた。無役の身であるようだが、王女であるルジェに対して臆すことなく泰然と話し、その言葉遣いもただの無頼漢とは思えない教養を感じる。この奇妙な侵入者は顔も素性も全く知れないというのに、唯一見える妖しい瞳がルジェを惹きつける。ルジェは自分がこの奇妙な侵入者に興味を持ち始めていることに気付いた。


「ね、ねえ、貴方これからどうするつもり? せっかく王都に出てきたからにはしばらくこちらにいるつもりがあるのではなくて?」


侵入者は急に態度を変えたルジェを怪訝そうに見た(といっても見えるのは左目だけだが)。


「貴方、この城に侵入してきたということは腕には自信があるのでしょう? しかもここまで来るのに全く騒ぎを起こさない鮮やかな手並み」


この城は辺鄙な場所にあるとはいえ王族の住む城だ。警備はしっかりと付けられている。ルジェはうんともすんとも言わない侵入者の様子を伺ったが、やはり覆われすぎてて分からなかった。


「貴方、私の騎士にならないこと?」


酔狂にもほどがあると思ったが、信頼は約束を破らない律儀な性格に賭けた。


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