さようなら。全く話が通じなかった元婚約者様。貴方に相応しい場所へどうぞ行って下さいませ。
「すまないが、君との交流の茶会にいけなくなった。アディア・プルト男爵令嬢がどうしても、一緒に過ごしたいと言っている。私は彼女を愛しているので、彼女を優先したい」
バラディーナ・カレント公爵令嬢は婚約者であるディヘルの言葉が信じられなかった。
一月前に婚約を結んだ。
ディヘル・バード公爵令息と。
同い年の17歳。
金髪碧眼の彼はとても美しくて。
バラディーナも同じく金髪碧眼の美人だった。
だから自分の容姿には自信があった。
噂でディヘルがとても美しい男性だと聞いて、とても嬉しかったのだ。
彼と交流するのを楽しみにしていた。
それなのに、当日、使用人が手紙を持って来たのだ。
そこには信じられない事が書いてあった。
当日に交流の茶会をキャンセル。その理由がである。
愛している男爵令嬢がいるから、行けない?
彼はそんな愚かな男だったの?
普通、浮気していたら隠すわよね。理由にこんな事を書かないわよね。
彼はうちに婿に来るのよね?
手紙を持って、両親の元へ行き、手紙を見せた。
父カレント公爵は烈火のごとく怒って、
「優秀な令息だと聞いていたが、騙されたのか?常識をどこかに置き忘れてきたのか?」
公爵夫人も眉を顰めて、
「他の令嬢と会いに行くから、こちらに来られなくなった?その令嬢を愛しているってどういうことかしら?」
バラディーナは、
「わたくしがお聞きしたいですわ。どういう事なのか」
父に頼んでディヘルの事を詳しく調べて貰う事にした。
ディヘルは現在、アディア・プルト男爵令嬢と身体の関係を持つほどの、深い付き合いをしているという事が解った。
頭に来たので、二日後、バラディーナ自らバード公爵家の屋敷に、ディヘルとの面会を求めた。
ディヘルは客間で応対した。
「茶会の約束を守れなくて申し訳ない。それで何用で?」
「手紙を拝見致しましたわ。婚約者との交流を断ってまで、別の女性を優先するのはどういうことでしょう」
「どういうことって、私がアディアを愛しているからだ。愛する物を優先するのは当たり前だろう」
「ディヘル様はうちに婿入りする予定ですわね?」
「ああ、だから、愛するアディアを愛人として連れていく。君が正妻。私が婿入り、アディアは愛人。それでよいのではないのか?」
「良くありませんわ。わたくしは愛人を持つことを許しません。何より、婚約中の不貞にあたりますわ」
「男は愛人の一人や二人、この王国の貴族ならそのような生活が許されるはずだ」
「100歩譲って、子が出来ぬならば、愛人に子を産ませることが許されます。でも、貴方は婿入りですわ。愛人が産んだ子はどうするのです?」
「君が育ててくれるのだろう。カレント公爵家の後継者として」
「何故?カレント公爵家の血を引いてもいない子が後を継げるというのです?」
「君の養子にすればいいのでは?優れたバード公爵家の私が婿入りすると言っているんだ。愛しいアディアが産んだ子が後を継ぐことになる。君はただ黙ってアディアの子を育てればいい」
「血は大切ですわ。我が公爵家を馬鹿にする気ですの?」
「細かい事を気にするな。養子にすればいいだけの話だろう。それよりも大切なのは愛だ。真実の愛で結ばれた私とアディアの子を育てる事が出来る君は幸せ者だ。そうは思わないか?」
言葉が通じない人種もいるのね。と、この時、バラディーナはそう思った。
ただただ、不快で。
ただただ、この男と関わりたくない。
そう思った。
「解りましたわ。貴方の発言を我が公爵家に持ち帰って相談いたします」
「相談?君が笑って受け入れればいいだけの話だろう」
「わたくしは愛人を許すほど、寛容ではありませんわ」
「器が小さいな。アディアが悲しむ。私の愛するアディアを悲しませるのか?」
「アディアかナディアか知りませんが、そもそも婿入りの身で愛人を連れ込むだなんて。わたくしとの婚約中にその女と身体の関係もあるというではありませんか。わたくしからみたら不貞以外の何物でもありませんわ」
「心が狭い女は公爵令嬢としてどうなのか?」
「常識のない男は公爵令息として失格ですわ」
これ以上、この男と話をしたくなかった。
だからバード公爵家から早々に帰宅した。
帰宅した後、両親に話をしたら、
「婚約破棄だな。婚約破棄」
「本当に、バード公爵夫妻は立派な方々なのに、どこで教育を間違えたのかしらね」
と両親が同意してくれたので、バラディーナは安堵した。
あんなのと一生を共にするってどんな拷問なの?
わたくしはごめんだわ。
バード公爵家への婚約破棄は成立し、
バード公爵自らディヘルを連れて謝罪に来た。
「うちの愚息が申し訳ない。私の母に甘やかされて育ったせいで、自分本位の人間になってしまった」
ディヘルはバラディーナに、
「君が狭量のせいで、婚約破棄されてしまった。君が私とアディアの真実の愛を応援してくれたらよかったのに」
反省をまるでしていないディヘル。
だからバラディーナは言ってやった。
「わたくしは常識がありますから、常識のない貴方の心を理解も出来ないですし、真実の愛とやらを応援する事は永遠にありませんわ。ディヘル様と縁が切れることを心から嬉しく思います。では失礼致しますわ」
バラディーナの心は晴々とした。
こんな馬鹿な男と結婚しないですんだのだ。
でも、次の婚約者を探さねばならない。
せめて常識が通じる男性がいいわと思うバラディーナであった。
翌日、ディヘルは喜んで、アディアの元を訪ねた。
アディアに向かって、
「喜べ。あの女と縁が切れた。君を愛人ではなく、妻に出来るぞ」
アディアはディヘルに向かって嬉しそうに、
「そうなんですの?それじゃディヘル様はどこの公爵家に?ディヘル様は公爵になられるのでしょう」
「いやその、婿入りの話がなくなったので、公爵にはならない」
「それじゃディヘル様は何になりますの?」
婚約破棄をされたディヘル。
父、バード公爵は激怒して、ディヘルに向かって、
「お前の常識の無さには呆れた。アディアという女の家に婿入りするがいい。愛している女と結婚出来るんだ。よかったな」
ディヘルは父に向かって、
「私は公爵になれないのですか?私という高貴な血を持つ男を、バラディーナと結婚出来なくても、カレント公爵家の養子として、愛しのアディアと共にカレント公爵家に入ればよろしいのでは?」
バード公爵は頭を抱えて、
「もう勝手にするがいい」
ディヘルの説明を聞いて、アディアは、
「お兄様がいるから男爵家から私は出なくてはならないわ。愛人になって贅沢をしたかったのに。ディヘル様が公爵になれないだなんて。どういう事よ。これからどうするのよ。私、貧乏生活は嫌よ」
「私を愛しているだろう。アディア。こんな美しく賢い私を、どこの貴族も放っておかない。どこかの公爵家の養子になって、私が公爵になれば」
「馬鹿なの?大馬鹿ね。ともかく、ディヘル様、別れましょう。公爵にならないディヘル様なんて私、貧乏生活は嫌ですから。はい。さようなら」
ディヘルはアディアにしがみついた。
「アディアっーーーー。君は私を見捨てないだろう。こんな美しくも、賢い私を」
「きゃぁーーー。助けてっーーーー」
使用人達に取り押さえられ、簀巻きにされたディヘル。
男爵家から馬車に乗せられ、バード公爵家に。
部屋に閉じ込められたディヘル。
何が間違っていたのかまったく解らない。
ただただ、今はもう、頭が混乱して混乱して。
部屋でおとなしく過ごすしかなかった。
一月程過ぎた。
ディヘルは部屋から出して貰えない。
食事は三度運ばれてくる。
窓から外を見れば、季節は夏から秋に変わり物寂しく木の葉が舞っている。
弟のファリドが、バラディーナをエスコートして庭を歩いていた。
二人は仲良く談笑して、楽しそうに話をしている。
何故、弟がバラディーナの傍に?
あの家に婿入りするのは私のはずだ。
弟なんかより、私の方が美しくて優秀で。窓を開けて叫んだ。
「バラディーナ。私だっ。私はここにいる。だから、再び婚約しろ。美しくて優秀な私がお前と再び婚約してやるんだ。アディアとは別れた。今度こそ、お前を愛してやる。だからここから出せっ」
バラディーナもファリドも驚いたようにこちらを見た。
でも、何事も無かったかのように、話をしながら行ってしまった。
「私を助けろーーー。ここから出せーーーーーーっ」
使用人が二人、ドアを開けて入って来た。
窓を閉めて、ディヘルに向かって、
「おとなしくしてくださいませんと」
「こうして生かして貰っているのですから」
ディヘルは暴れた。
「離せっーーーー。私はカレント公爵になる男だーーーーっ。再び婚約してやると言っているんだーーー」
何か布を口に押し当てられた。
ディヘルは気を失った。
意識がぼんやりする。
誰かが話をしている。
「屋敷に置いてはおけんな。カレント公爵令嬢も不快に感じただろう」
「父上、屑の美男を教育する変…辺境騎士団に送ったらどうです?兄上は顔だけは美しいですから。命だけは助かるでしょうし」
「仕方が無い。そこへ引き取ってもらうか。多額の寄付をしてな」
何だ?変…辺境騎士団???嫌だ。そんなところに行きたくない。
私はカレント公爵になる男…男なんだ……
バラディーナは、新たな婚約者ファリドとお茶をしている。
ファリドから、
「この間は、見苦しい物をお見せして申し訳ございませんでした。しかるべきところへ送りましたので、二度と、貴方の心を兄が煩わす事はないでしょう」
「わたくしは気にしていなくてよ」
ああ、それは嘘だわ。
わたくしは、婚約早々、あっけなく裏切ったあの男が大嫌い。
何が真実の愛よ。
自分の都合で真実の愛を語っていただけじゃない。
ただの不貞を勝手に変換しないで。
わたくしは、今は幸せ。
話が通じるファリドという素敵な婚約者が傍にいるから。
貴方が望んだように、わたくしはカレント公爵家を守っていきます。
もちろん、貴方とではなく、ファリドと二人で。
ですから貴方は、変……辺境騎士団で。
美しさしか取り柄のない貴方には、そこで十分でしょう。
さようなら。全く話が通じなかった元婚約者様。




