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線香

前回の日の放課後の出来事です。


「ただいま」

煙たい匂いが私を出迎えてくれた。お線香の、哀しい匂い。

小さな一軒家に、私の声は虚しく溶けて消えてしまった。靴を脱いでカーテンを開く。白いカーテンは真っ赤になっていて、窓を開けば鴉の声がする。

茜色の空が私は嫌いだ。お父さんが事故に遭ったと言う電話が鳴った時も、空は赤くて鴉は呑気に鳴いていた。

お父さんは、中学生の時に事故で死んでしまった。それ以来、お母さんは働きっぱなし、そして細々と続くいじめ。私は独りになった。おまけに今年、新一年生が入ったあたりからいじめは悪化した。

お母さんといる時間を増やしたいなんて、私のために必死に働いてくれてるお母さんに言えるわけがない。

それに、来年には大学受験も控えている。お金が必要なのに、私はまだまだ子供で、バイトすらできない。

「あ、私って邪魔なんだな」

そんなことを考えたくないから、勉強をする。賢くなって、いい仕事について、お母さんにいっぱい恩返ししたいから。私のためにかけてくれた時間を無駄じゃなかったって思ってほしい。

お金、お金、お金。

お金があればお母さんは楽になれる。

私は早く大人になりたい。

ここ最近、昔のことや将来のことばかり考えている。いや、思うだけなら問題はない。問題なのは考え事をすると体の動きが止まってしまう。現に、私は窓の近くに立って木に止まっている鴉を睨んだままだ。

そういえば、鴉と目を合わせたら目を抉られるって本当なのかな?思考はだらだらと際限なく続くので意識しないと一日中窓際にいる羽目になる。危ない危ない。

私は鴉から目を逸らして宿題を始めた。シャーペンの芯そろそろ買わなきゃ。

数学の宿題を片付けると私は今日助けてくれた子たちについて考える。

可愛い子達だったな。きっとクラスでも人気者で、家族から大事にされてて、毎日幸せで、いじめなんて関係ないんだろうな。しかもいじめをやめさせる勇気がある。羨ましいな。

「…暗くならないっ!」

私は自分の頬をぱち、と叩いて気を紛らわせた。これじゃ私が家族に大事にされてないみたいじゃない。いいの、これでいいの。大人になればそんなの関係ない。友達がいなくても、寂しくても何も感じなくなる。大人はきっとそういう生き物なんだ。

萩原椿の“今”に、どうせ誰も見向きはしない。

私は瞼を下ろして、夢を描いた。家族で笑い合う夢を。


次回はまたまた屋上です。

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