第9話「明かされた素性と決意の土」
秋晴れの空の下、アルトが放った鋭い言葉と研ぎ澄まされた剣先が、三十人の武装した騎士たちをその場に縫い留めていた。
隊長の顔は恐怖と混乱で引きつり、額からは滝のように汗が流れ落ちている。
「ろ、隣国の王族だと……。そ、そんな馬鹿な。行方不明になっていた王子が、なぜこんな辺境の泥まみれの畑にいるんだ」
隊長は震える声で叫び、アルトが構える剣先から逃れるようにジリジリと後ずさりをした。
「俺がどこにいようが、貴様らには関係のないことだ」
アルトの声は冷え切った氷のように静かだった。彼は一歩前に踏み出し、隊長を見下ろす。
「だが、ここで俺が彼女の畑を守るために剣を抜いた事実は変わらない。このまま強引に作物を奪い、彼女を連れ去るというのなら、それは我が国への明確な敵対行為とみなす。王太子にそう伝えろ」
アルトの群青色の瞳には、一切の迷いがない。王宮で毒を盛られ、人を信じられなくなっていたかつての彼の姿はそこにはなかった。今、彼の心には、自分を救ってくれたルシアナと、彼女が命を吹き込んだこの土地を守り抜くという確固たる意志だけが燃えている。
「ひぃっ……。わ、わかった。今日はこれで退いてやる。だが、このままでは済まないからな」
隊長は情けない悲鳴を上げ、這々の体で馬に飛び乗った。周囲で立ちすくんでいた騎士たちも、アルトの威圧感に気圧され、我先にと馬を反して逃げ出していく。
巻き上がった土煙が少しずつ風に流され、やがて畑には再び静寂が戻った。
カチャン、と乾いた音を立てて、アルトが手から剣を落とした。彼はふうっと長く息を吐き、緊張で強張っていた肩の力を抜いた。
「ルシアナ……怪我はないか」
振り返ったアルトの表情は、先ほどまでの冷酷な王族の顔から、いつもの穏やかな青年の顔に戻っていた。
「はい、私は無事です。でも……アルトさん、あなた、隣国の王子様だったんですね」
ルシアナは驚きと安堵が入り交じった声で尋ねた。彼が高貴な身分であることは予想していたが、まさか隣国の王子だとは思いもしなかった。
「黙っていてすまなかった。俺は、政争に巻き込まれて毒を盛られ、命からがら逃げ出した身だ。誰が敵か味方かもわからず、素性を明かすことができなかったんだ」
アルトは泥だらけの自分の手を見つめ、少し自嘲気味に笑った。
「だが、君が差し出してくれたトマトが、君が育てたこの温かい土が、俺の凍りついていた心を溶かしてくれた。俺は、ここで生かされたんだ。だから、君とこの畑は、何があっても俺が守る」
彼の言葉には、嘘偽りのない真っすぐな想いが込められていた。
ルシアナの胸の奥底から、じんわりと温かいものが込み上げてくる。王太子から婚約破棄され、家族にも迷惑をかけ、一人で生きていくしかないと思っていた彼女にとって、アルトの存在はいつの間にか、かけがえのないものになっていた。
「ありがとうございます、アルトさん。でも、これでもう、王太子は黙っていないでしょうね」
ルシアナは崩された畝の土をそっと撫でながら、静かに言った。
「ああ。隣国を巻き込むとなれば、奴も迂闊には動けないだろうが、いずれ正式な手段で君の実家を脅し、ここを制圧しに来るはずだ。その前に、手を打たなければならない」
アルトは力強く頷き、ルシアナの目を見据えた。
「ルシアナ。君は、王都へ戻りたいか。それとも、ここで君の望む農業を続けたいか」
その問いかけに、ルシアナは迷うことなく答えた。
「私は、ここがいいです。自分の手で耕し、種を蒔き、命を育てる。この土地を、国中を救える豊かな農業特区にするのが私の夢ですから。でも、お父様たちを見捨てることはできません」
「わかった。なら、俺に任せておけ」
アルトの目には、確かな勝算の光が宿っていた。




