第7話「実りの秋と忍び寄る足音」
季節は移ろい、辺境の地には色鮮やかな秋が訪れていた。
夏の強い日差しは和らぎ、空は高く澄み渡っている。乾いた秋風が吹き抜けるたびに、畑の周囲を囲む木々が赤や黄色に染まった葉を揺らし、カサカサと乾いた音を立てていた。
ルシアナとアルトは、朝から総出で秋の収穫作業に追われていた。今の時期の主役は、土の中でたっぷりと栄養を蓄えた根菜類と、丸々と太った大きなカボチャである。
「アルトさん、そっちのツルを引っ張ってもらえますか。このカボチャ、予想以上に大きくて私一人じゃ持ち上がらないんです」
ルシアナは泥だらけのズボンの膝をつきながら、深い緑色をした巨大なカボチャと格闘していた。
「わかった。無理をするなよ、腰を痛めるからな」
アルトはカマを置いて駆け寄ると、ルシアナの隣にしゃがみ込んだ。彼は太いツルをしっかりと握り、タイミングを合わせてぐっと力を込める。
ズポッという鈍い音とともに、土から切り離された重たいカボチャが持ち上がった。二人はそのまま息を合わせて、収穫用の木箱へと慎重にカボチャを運び入れた。
「ふう、大物でしたね。それにしても、見事な色つやです」
ルシアナは額の汗を手の甲で拭いながら、木箱に収まったカボチャを満足げに見つめた。硬い皮の表面にはうっすらと白い粉が吹き、中には甘くてホクホクとした濃いオレンジ色の果肉が詰まっているはずだ。
「これだけ立派な野菜が次々と採れるなんて、本当に魔法のようだな。君の土づくりが完璧だった証拠だ」
アルトは泥にまみれた手で、ルシアナの麦わら帽子をぽんと軽く叩いた。彼もまた、すっかり農作業が板につき、たくましい青年の顔つきになっている。
二人は木陰に座り込み、水筒の冷たいお茶を飲み交わしながら短い休憩をとった。土の匂いと乾いた枯れ葉の香りが混ざり合い、穏やかな時間が流れていく。
しかし、その平和な空気を切り裂くように、遠くの街道から慌ただしい馬の蹄の音が近づいてきた。
現れたのは、いつも日用品を届けてくれる恰幅の良い行商人だった。だが、いつものようなのんびりとした荷馬車ではなく、馬に単騎でまたがり、顔を真っ赤にして駆け込んでくる。
「ルシアナ様。大変です」
行商人は屋敷の前に馬を乗り捨てると、息を切らしながら畑へと走ってきた。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
ルシアナは立ち上がり、嫌な予感を胸に抱きながら尋ねた。
「王都から、騎士団の一隊がこちらへ向かっています。王太子殿下が、辺境でルシアナ様が大量の野菜を育てているという噂を耳にされたんです。食糧不足の責任をご実家の侯爵家に押し付けた手前、ご自分の手柄にするために、この畑の作物をすべて奪い取るつもりだとか……」
行商人の言葉に、ルシアナの顔色が一瞬で青ざめた。
『ついに、目をつけられてしまったのね』
王太子はプライドが高く、自分の過ちを認めることを何よりも嫌う男だ。ルシアナが辺境で成功していると知れば、それを妬み、強引に自分の支配下に置こうとするのは火を見るより明らかだった。
「部隊はどれくらいの規模ですか。いつ頃こちらに着きそうですか」
隣に立つアルトが、鋭い声で尋ねた。彼の瞳には、これまでにない冷ややかな光が宿っている。
「三十人ほどの小隊です。馬を飛ばしてきているので、おそらく明日の昼までにはこの屋敷に到着するかと……」
行商人は震える声で答えた。
「知らせてくれてありがとうございます。あなたは早くここから離れてください。巻き込まれたら大変です」
ルシアナは行商人に金貨を握らせ、急いで帰るように促した。行商人は申し訳なさそうに何度もお辞儀をしてから、慌ただしく馬に乗って去っていった。
残された二人は、夕暮れが迫る畑の中に立ち尽くした。
「アルトさん……どうしましょう。せっかくここまで育てた野菜たちが、踏みにじられてしまいます」
ルシアナの声はわずかに震えていた。自分の命よりも大切に育ててきた命の結晶だ。それを、私利私欲のために奪い取ろうとする者たちに渡すわけにはいかない。
「心配するな。俺が絶対に守る」
アルトはルシアナの肩を力強く抱き寄せた。
「君は、君の畑の主として堂々としていればいい。理不尽な命令には、一切屈する必要はないんだ」
彼の低い声には、揺るぎない自信と、どこか高貴な威厳が満ちていた。ルシアナはアルトの温かな体温を感じながら、不安を押し殺すように深く頷いた。明日の昼、彼らの戦いが始まるのだ。




