エピローグ「一番美味しいトマトと穏やかな未来」
それから、三年の月日が流れた。
かつて荒れ果てていた辺境の地は、今や見渡す限り緑が広がる、国で一番豊かな大農園へと変貌を遂げていた。
整備された水路が太陽の光を反射してきらきらと輝き、整然と並んだ畝には、季節ごとに色とりどりの野菜が実をつけている。ルシアナの指導の元、多くの農民たちがこの地に移り住み、活気に満ちた農業特区として国境を越えた貿易の中心地となっていた。
夏の強い日差しが降り注ぐ中、ルシアナは大きな麦わら帽子をかぶり、畑の奥にある特別な区画でしゃがみ込んでいた。
「ルシアナ、無理をするなよ。今は体調を第一に考えなければならない時期なんだから」
背後から穏やかな声がかけられ、大きな日傘がルシアナの頭上を覆った。振り返ると、薄手のシャツの袖をまくり上げたアルトが、心配そうな顔で立っていた。
「大丈夫です、アルトさん。気分も悪くありませんし、土に触れているほうが落ち着くんです」
ルシアナは微笑み、少しだけふっくらとしたお腹をそっと撫でた。彼女の胎内には、アルトとの間に授かった新しい命が宿っているのだ。
「まったく、君の土いじりへの情熱には勝てないな」
アルトは苦笑しながら、ルシアナの隣にしゃがみ込んだ。彼もすっかりこの生活に馴染み、隣国の王族としての公務をこなしながらも、時間を見つけてはこうして畑に出るのが日課になっていた。
「ほら、見てください。今年最初のトマトが、こんなに赤く実りましたよ」
ルシアナは葉をかき分け、丸々と太った大粒のトマトを指差した。三年前、倒れていたアルトに初めて食べさせたあの特別な品種だ。毎年、この場所だけは二人で協力して育て続けている。
ルシアナは丁寧にトマトをもぎ取り、自分の服の裾で軽く拭いてから、アルトの口元に差し出した。
「はい、味見をお願いします」
「君が先だ。君が育てたんだからな」
「二人で育てたんです。一緒に食べましょう」
ルシアナが譲らないのを見て、アルトは優しく微笑み、その赤い果実にそっと歯を立てた。ぷちっと皮が弾け、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。それは、何度食べても彼を癒し、生きる力を与えてくれる最高の味だった。
ルシアナも反対側から一口かじり、目を閉じてそのみずみずしさを味わった。
「んん、今年も最高の出来ですね」
「ああ。世界で一番美味しい」
アルトはルシアナの泥が少しついた頬にそっと口づけをし、彼女を優しく抱き寄せた。
吹き抜ける夏の風が、青々とした葉を揺らし、心地よい土の匂いを運んでくる。かつて婚約破棄され、すべてを失ったかのように見えた令嬢は、自らの手で土を耕し、かけがえのない愛と、豊かで穏やかな未来を実らせたのだった。
二人の笑い声が、太陽の下でいつまでも優しく響いていた。




