番外編「群青色の手紙と王都の春」
ルシアナと再会する少し前。隣国の王宮にある豪勢な執務室で、アルトは山積みになった書類と格闘していた。
彼が毒を盛られて行方不明になっていた期間の遅れを取り戻すため、そしてルシアナのいる辺境を独立した農業特区として認めさせるための根回しに、彼は連日徹夜で働き続けていたのだ。
「アルト殿下。少し休憩されてはいかがですか」
年老いた宰相が、心配そうな顔で銀のトレイを運んできた。その上には、湯気を立てるスープと、黄金色に輝く干し芋が乗っている。
「ありがとう。ちょうど腹が減っていたところだ」
アルトはペンを置き、スープの入った器を手に取った。
王宮の料理長が、ルシアナから送られてきた冬野菜を使って作ってくれた特製のスープだ。アルトはゆっくりとスプーンで口に運び、野菜の甘みが胃の奥にじんわりと染み渡るのを感じて、小さく息を吐いた。
『やっぱり、彼女の野菜は世界一だ』
かつて食事恐怖症に陥り、水すらまともに飲めなかった彼が、今ではこうして毎日三食をしっかりと食べられるようになっている。ルシアナが命を込めて育てた野菜には、不思議な力が宿っているとしか思えなかった。
「殿下のお顔色が、以前よりもずっと良くなられましたな。王様も、その回復ぶりには大変驚いておいででした」
宰相が目を細めて言う。
「ああ。彼女のおかげだ。俺は、彼女に救われた命を、彼女のために使いたい。だからこそ、この貿易協定と農業特区の条約は、何としてもまとめ上げなければならないんだ」
アルトは干し芋をかじりながら、真っすぐに宰相を見据えた。
ルシアナの実家である侯爵家とは、すでに極秘裏に連絡を取り合っていた。王太子が廃嫡され、王都が混乱に陥る中、侯爵家はアルトの支援を受けて民衆への食糧配給を指揮し、見事に信頼を回復しつつあった。
ルシアナの父である侯爵からの手紙には、娘を追放から救えなかった後悔と、アルトへの深い感謝が綴られていた。アルトは彼らに対し、必ずルシアナを守り抜き、彼女を幸せにすると固く約束する返事を出していた。
「殿下、王様がルシアナ様とのご結婚を承認なさいました。隣国から追放された令嬢とはいえ、彼女の持つ農業技術と、我が国にもたらす利益は計り知れないとご判断されたようです」
宰相の報告を聞き、アルトは目を大きく見開いた後、安堵の笑みをこぼした。
「そうか。父上も、あのトマトの味には勝てなかったようだな」
アルトが王宮に持ち帰ったルシアナのトマトは、美食家である父王をも唸らせた。毒殺の恐怖に怯えていた息子をたくましく変えただけでなく、これほどの作物を育てる才覚を持つ女性ならば、王族の妻として申し分ないと認められたのだ。
「すぐに出発の準備をしろ。春の訪れとともに、彼女の元へ帰る」
アルトは立ち上がり、窓の外に広がる青空を見上げた。
あの土の匂いがする場所へ。太陽の下で泥だらけになって笑う、愛しい彼女の元へ。彼の胸は、早くも春の温もりに満たされていた。




