第11話「王都の混乱と届いた甘み」
ルシアナが手配した野菜と保存食が王都の市場に並んだ日、街はかつてないほどの熱狂に包まれた。
王太子の愚策によって、長らく新鮮な野菜や栄養のある食べ物に飢えていた民衆にとって、荷馬車いっぱいに積まれた色鮮やかなトマトやカボチャ、そして甘い干し芋は、まさに砂漠で見つけたオアシスのようだった。
「なんだこのトマトは。皮が弾けそうで、甘みがすごいぞ」
「この干し芋、一切れで一日分の力が湧いてくるみたいだ」
市場のあちこちで歓声が上がり、商品はあっという間に売り切れてしまった。
行商人は、約束通り適正な価格で販売し、同時にこの奇跡の野菜が誰の手によって作られたのかを民衆に伝えた。
「これは、王太子殿下によって辺境に追放された、ルシアナ様が育てた野菜だ。彼女は、ご自分の手で荒れ地を耕し、皆さんのためにこの食糧を送ってくださったのだ」
その事実は、瞬く間に王都中へと広まった。
悪役令嬢として非難されていたルシアナが、実は民衆を救う聖女のような存在であり、逆に彼女を追放し、侯爵家を冷遇して食糧難を引き起こした王太子こそが真の悪人であるという世論が、一気に形成されていった。
当然、この事態は王宮にも知れ渡った。
「ええい、忌々しい。あの女、辺境で大人しくしていると思えば、勝手な真似をしおって」
王太子は執務室で報告書を叩きつけ、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「すぐに全軍を動員して辺境へ向かえ。あの女を捕らえ、畑を焼き払ってしまえ」
しかし、彼が命令を下した直後、重い扉が開かれ、国王が厳しい顔つきで入ってきた。
「愚か者め。まだ自分の立場がわからんのか」
国王の冷たい声に、王太子はビクッと肩を震わせた。
「父上……しかし、あの女が王家の権威を」
「黙れ。お前が侯爵家を不当に冷遇したせいで、民の不満は爆発寸前だ。しかも、隣国から正式な抗議状が届いた。隣国の第一王子アルト殿下が、ルシアナ嬢の保護と、彼女の領地を不可侵の農業特区として認めるよう要求してきているのだ」
「隣国の王子だと……。なぜそんな大物が、あの女の後ろ盾に」
王太子は信じられないというように目を見開いた。
「アルト殿下は、ルシアナ嬢の作った野菜に命を救われたそうだ。もし彼女に手を出せば、隣国との全面戦争も辞さないと通告してきている。お前の浅はかな嫉妬と傲慢さが、国を滅ぼしかけたのだ」
国王の怒号が響き渡り、王太子はその場に崩れ落ちた。彼の手からすべての権力が滑り落ちた瞬間だった。
一方、辺境の屋敷では、ルシアナとアルトが冬に向けての土づくりを行っていた。
王都での騒動の報告は、隣国の使節団を通じて彼らの耳にも届いていた。王太子は廃嫡され、侯爵家の名誉は完全に回復したという。さらに、国王はルシアナの功績を認め、この辺境の地を彼女の完全な独立領地である農業特区として正式に承認したのだ。
「終わりましたね、すべて」
ルシアナは冷たい初冬の風を頬に受けながら、静かにクワを下ろした。
「ああ。君の強さと、君が育てた野菜が、国を動かしたんだ」
アルトはルシアナの隣に並び、彼女の泥だらけの手を優しく握った。
「ルシアナ。俺は隣国に戻り、正式な手続きを経て、我が国とこの農業特区との恒久的な貿易協定を結ぶつもりだ。そして……すべてが片付いたら、もう一度、一人の男として君の元へ戻ってきてもいいか」
アルトの群青色の瞳が、真っすぐにルシアナを見つめている。その眼差しは、初めて会った時のように怯える青年のものではなく、愛する人を守り抜く決意に満ちた強い男のものだった。
ルシアナの顔が、熟れたトマトのように赤く染まる。
「はい……。一番美味しい野菜を作って、待っています」
彼女がはにかみながら頷くと、アルトは嬉しそうに微笑み、彼女の小さな手を両手でしっかりと包み込んだ。二人の足元には、春に向けて静かに眠る、豊かで温かい土がどこまでも広がっていた。




