第10話「反撃の狼煙と幻の野菜」
騎士団を追い返してから数日が経ち、辺境の屋敷には慌ただしい空気が流れていた。
アルトはルシアナに内緒で、隣国にいる信頼できる側近へ手紙を書き、密かに使いを送っていたのだ。
手紙には、すでにアルトを陥れた政敵が宰相らの手によって捕らえられ、国内の混乱が収束に向かっているという報告への返答も兼ねていた。
彼が生きていること、そしてルシアナの作る驚異的な作物の存在を知らせ、隣国として正式な交渉のテーブルにつく準備を整えるためだった。
一方、ルシアナは王都の食糧難を救うため、前世の知識をフル活用して保存の利く加工食品作りに没頭していた。
「アルトさん、この干し芋と、塩漬けにした根菜を樽に詰めるのを手伝ってもらえますか」
ルシアナは厨房で、甘く茹で上がったサツマイモを丁寧に切り分けながら言った。
「ああ、任せてくれ。それにしても、ただ茹でて干すだけで、こんなに甘みが強くなるとは驚きだな」
アルトは干し網に並べられた黄金色の芋をつまみ食いし、目を丸くして感心している。
「保存食は、水分を抜くことでうま味が凝縮されるんです。これなら、王都まで運ぶ間も腐る心配はありませんし、すぐに栄養補給ができます」
ルシアナは得意げに微笑んだ。
彼女の目的は、王太子の圧政によって苦しむ民衆に、直接食糧を届けることだった。王族や貴族ではなく、一般の市場へこの栄養満点の野菜を流通させ、ルシアナの存在価値を国中に知らしめるのだ。
数日後、アルトの使いが戻り、隣国からの正式な使節団が極秘裏に辺境の屋敷へと到着した。
使節団の代表は、アルトの腹心である初老の宰相だった。彼はアルトの無事な姿を見るなり、涙を流してひざまずいた。
「アルト殿下。ご無事で何よりです。我々は、あなたが暗殺されたものとばかり……」
「心配をかけたな。だが、俺はこの通り、以前よりも健康になっている。すべては、このルシアナ嬢が育てた野菜のおかげだ」
アルトはルシアナを前に立たせ、誇らしげに紹介した。
宰相は怪訝そうな顔でルシアナを見たが、出された干し芋と、採れたてのトマトのスープを口にした瞬間、その表情は驚愕へと変わった。
「こ、これは……なんという滋味深い味わい。それに、体が内側から温まり、力が湧いてくるようです」
「そうだろう。彼女の農業技術は、我が国の食糧事情をも劇的に改善する可能性を秘めている。俺は、彼女とこの土地を、我が国の保護下に置きたいと考えている」
アルトの提案に、宰相は深く頷いた。
「素晴らしいお考えです。ルシアナ様の実家である侯爵家への不当な扱いについても、我が国が正式に抗議状を出し、圧力をかければ、王太子も強硬手段には出られなくなるでしょう」
話は一気に進んだ。
アルトの隣国という強力な後ろ盾を得たことで、ルシアナの農業特区計画は現実味を帯びてきた。彼女は、王都の市場へ向かう行商人に大量の保存食と新鮮な野菜を託し、それを適正な価格で売り出すよう手配した。
「これで、反撃の準備は整いました」
ルシアナは夜明け前の静かな畑を見渡しながら、小さくつぶやいた。
彼女が育てた命が、王太子によって飢えさせられた人々を救い、そして家族を守る盾となるのだ。前世ではただ土を愛するだけの学生だった彼女が、今や国を揺るがすほどの力を手に入れようとしていた。




