第六話 隣人は、同じ日を二度聞く
それは、朝の挨拶から始まった。
ニートがゴミ出しのために廊下へ出ると、
隣の部屋のドアも同時に開いた。
「おはようございます」
「……どうも」
いつも通りのやり取り。
声の調子も、立ち位置も、ほぼ同じ。
彼女は一歩踏み出して、
少し首をかしげた。
「……今日って、何日でしたっけ?」
「え?」
思わず聞き返す。
「日付、です。
今日、何日でしたっけ」
ニートはスマホを見る。
「……二十日っすね」
「……あ、ですよね」
彼女は軽く笑った。
「ありがとうございます。
最近、曜日と日付がごちゃごちゃで」
「……まあ、ありますよね」
それで話は終わった。
彼女は階段を下りていく。
足取りは、少し早かった。
ニートは、その背中を見送りながら思う。
――昨日も、似たようなこと聞かれたな。
ただ、それだけだ。
部屋に戻り、布団に座る。
スマホをいじり、時間を潰す。
昼過ぎ、
コンビニに行こうとしてドアを開けると、
また隣の部屋のドアが開いた。
今度は私服だった。
「あ」
彼女が言う。
「あ、すみません」
「……いえ」
少し間があって、
彼女がまた首をかしげる。
「……今日って」
ニートは、
言われる前に分かってしまった。
「二十日、っす」
彼女は、はっとした顔をする。
「……あれ?」
「……さっきも聞きましたよ」
そう言うと、
彼女の表情が固まった。
「……え?」
一秒。
二秒。
彼女は、ゆっくりと笑った。
「……あ、ほんとですね」
「……大丈夫っすか」
「大丈夫です、大丈夫です」
言い切りが、少し強い。
「たぶん、疲れてるだけです」
そう言って、
彼女は足早に廊下を進んでいった。
ニートは、
その場に立ったまま、少し考える。
――ズレてる。
昨日より、
一段階ズレている。
「……まあ、いいか」
自分には関係ない。
そう思って、
コンビニへ向かう。
夕方。
アパートに戻ると、
廊下でまた彼女に会った。
今度は、向こうから声をかけてきた。
「すみません」
「……はい」
「今日って……」
そこで、
彼女は言葉を止めた。
口を開いたまま、
数秒、固まる。
「……」
「……?」
彼女は、ゆっくり口を閉じて、
深呼吸をした。
「……いえ、やっぱり大丈夫です」
そう言って、
何もなかったように会釈をする。
ニートは、
なぜか少しだけ、
胸の奥がざわついた。
「……今日は二十日、っすよ」
言う必要はなかったかもしれない。
でも、言ってしまった。
彼女は、
一瞬だけ目を見開いた。
「……ありがとうございます」
その声は、
安心というより、
確認が取れた人間の声だった。
夜。
布団に横になりながら、
ニートは天井を見ていた。
「……同じ日、
二回聞くことって、あるか?」
独り言。
ないとは言えない。
でも、
今日の彼女は――
「忘れている」感じじゃなかった。
「……思い出そうとしてた、よな」
その考えが浮かんだ瞬間、
ニートは思考を止めた。
考えても意味がない。
自分が分かっているのは、
彼女がズレているということだけ。
理由は、知らない。
知る気もない。
「……疲れてんだろ」
そう結論づけて、
目を閉じる。
ただ一つ、
ニートが知らないことがある。
彼女は、
同じ日を二度聞いたのではない。
一度目は、
「確認」。
二度目は、
「思い出せるかどうか」を
自分自身に問いかけていた。
そしてそのズレは、
確実に――
広がり始めていた。




