表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第一部・第五章 武闘大会

アルガルドに入ってから、空気が少し重い。


重い、というより――揃っている。


道の端の石がまっすぐで、杭がまっすぐで、歩く人の背筋もまっすぐだ。すれ違う旅人も、兵も、冒険者も、腰の剣が同じ高さで揺れる。


リトリーが小さく息を吐いた。


「うわー。こういう感じ、ほんと苦手」


「入ったばっかりで?」


「入った瞬間に、もう分かるやつ。ほら、視線の角度まで揃ってるもん」


私は周りを見た。確かに、見られている気がする。けど、誰も露骨じゃない。露骨じゃないのが、逆に怖い。


「……秩序ってやつ?」


「そ。秩序って顔して、殴ってくるタイプ」


「それ偏見じゃない?」


「偏見は身を守るの!」


なんて守り方だ。


歩いていると、道が少しずつ賑わってくる。屋台の声、鉄を叩く音、遠くの歓声。町の中心に近づくほど匂いが変わった。香草より、油と金属の匂いが強い。


「ご飯の匂いより鉄が勝ってるの、アルガルドすぎ」


「ご飯はまだ?」


「まだ!」


言いながら、リトリーは急に足を止めた。


通りの壁に、紙が何枚も貼られている。風で端がぴらぴら揺れて、誰かが指で押さえながら読んでいた。


私はリトリーの横へ回り込む。


「どうしたの?」


リトリーが、紙の真ん中を指さした。


「……優勝したら賞金百万!!」


「……え」


「シルア、この武闘大会一緒に出よ!」


「ええ……」


「ええじゃない! ご飯が無限に食べれるんだよ!」


「結局それ……」


リトリーはへへ、と笑って、紙を見上げたまま言った。


「いや、でもさ。こういうの、アルガルドってほんと好きなんだよ。殴り合いを“健全な娯楽”にしてくる」


「健全……?」


「健全って言い張る。うん。言い張り続ける」


紙の下の方に、会場への案内が書いてある。矢印。場所。受付。参加条件。


私は文字を追いながら、腰の剣に指が触れた。


「……出ても、いいのかな」


「出るの!」


「……私、ルールとか分かんない」


「そこは説明してくれるはずだから」


「なら...」


「決まり!」


リトリーは紙から手を離して、私の腕を引いた。


「ほら、行こ。受付はもう始まってるみたい!」


ご飯につながるからか、引く力が強い。


△▼△▼△▼△


会場は、町の中心より少し外れにあった。


丸い石壁。高い柵。外からでも、人の声が渦みたいに漏れている。入口には屋台が並んでいて、焼けた肉の匂いが流れてきた。


「ご飯……」


リトリーの目がそっちに吸い寄せられる。


「受付が先じゃないの?」


「わかってるよ! わかってるけど!」


入口の前には列ができていた。参加者の列。観客の列。屋台に並ぶ列。全部が列で、全部が揃っている。揃っているのに、熱だけは勝手に跳ねていた。


列の端で、小さな声が聞こえた。


「……参加費、もう少し安くならないでありますか……」


変な語尾。というより、切実な語尾。


私は視線を向けた。


小柄な男の子が、受付の前で困っている。髪は黒っぽくて、目が大きい。服はきちんとしているのに、ところどころ擦れていた。腰の剣も、鞘が古い。


受付の係が、淡々と首を振る。


「規定です。参加費は参加費。無理なら観客席へ」


「はい……で、あります……」


男の子は財布を握って、指が白くなるほど力を入れていた。諦めたくないのに、どうにもならない顔。


リトリーが、私の耳元で囁く。


「……あの子、金欠の気配する」


「うん...」


でも、分かる。あの焦りは、私が宿で「お金って……」って聞いた時のそれに似ていた。


リトリーが一歩前に出る。


「ねえ、そこのちっちゃいの。参加したいの?」


男の子がびくっとして振り向いた。


「は、はいであります! したいであります!」


「であります多いね」


「癖であります!」


即答がまっすぐすぎて、ちょっと笑いそうになる。


リトリーは財布を見て、それから受付を見て、考える顔をした。考える顔のまま、急に私を見る。


「シルア」


嫌な予感がした。


「……なに」


「賞金百万」


「……うん」


「優勝したら、二人分のご飯が大量に」


「……うん」


「つまり、出る」


「論理がご飯に寄ってる」


「寄せていくの!」


リトリーが胸を張る。


男の子が、何の話か分からない顔で見上げている。


「ところで君、名前は?」


「えっと……ぼくは、ユズキと言うであります……!」


「ユズキくんね。よし、覚えた」


リトリーは人差し指を立てた。


「ユズキくん、出たいなら出よう。どうせこの大会、人数多いから」


「で、でも……参加費が……」


「うん。そこだよね」


リトリーが、にやっと笑って、私の方に体を寄せた。


「シルア」


「やだ」


「まだ何も言ってない!」


「顔で分かる」


リトリーは「ちぇ」と舌を出してから、受付に向き直った。


「ねえ、参加費って、三人分まとめて払える?」


受付係は一瞬だけ眉を動かした。


「払えますが、返金はしません」


「返金いらない! はい!」


リトリーが、さっと金を出した。


私は驚いてリトリーを見た。そんなの、持ってたっけ。


リトリーは小声で、私にだけ聞こえるように言う。


「町で働いた分、ちゃんと貯めてたの。――こういう時のご飯のために」


「……結局ご飯」


「ご飯は裏切らない!」


ユズキが目を丸くして、慌てて頭を下げた。


「え、えっ、いいのでありますか!? ぼく、返せないでありますよ!?」


「返せなくていいよ。代わりに――」


リトリーは指を折る。


「もし勝ったら、ご飯奢って」


「はいであります!!」


返事が大きい。周りの人がちらっと見る。ユズキはすぐ小さくなった。


「……声、でかかったであります……」


「かわいい」


私がぽつっと言うと、ユズキが固まった。


「え、えっ……?」


リトリーが笑う。


「ほら、照れてるじゃん。よし、受付済ませよ!」


△▼△▼△▼△


札みたいなものが手渡された。参加番号。名前を書く紙。


ユズキは文字を書くのが丁寧だった。丁寧すぎて、ちょっと時間がかかっている。


「ユズキくん、まじめ」


「はいであります! 真面目だけが取り柄であります!」


受付を抜けると、控えの通路に案内された。中は広い。石の床。木のベンチ。水桶。壁には剣を立てかける場所が並ぶ。


あちこちで参加者が身体を動かしている。剣を抜く者もいれば、抜かずに呼吸だけ整える者もいる。


私は、無意識に腰の剣へ触れた。


形だけの剣。戻らない剣。

それでも、ここでは“それがある”だけで、息がしやすい。


リトリーが肘で私の脇をつついた。


「シルア。顔が固いね」


「……固い?」


「固い。あと目が、めっちゃ真剣」


「真剣は……いいことじゃないの」


「そうだけどさ〜。ほら、ここ、祭りっぽいから。もうちょい“うわ、やるの?”って顔していい」


「そんな顔できない」


「できるよ。こう」


リトリーがわざと肩をすくめて、「ええ〜」って顔を作る。


「……うざい」


「褒め言葉として受け取っとく!」


受け取らないでほしい。


通路の向こうから、歓声が一段大きくなった。開会前のざわめきが、膨らんでいく音。


そこへ、甲高い声が響いた。


「さあさあさあ!! 本日も始まりましたァ!! アルガルド闘技祭!!」


声だけで、空気の温度が上がる。


壁の穴から覗くと、円形の闘技場が見えた。観客席はぎっしり。旗が揺れ、太鼓が鳴り、笑い声が跳ねる。砂の匂いと汗の匂いと、熱が混じって押し寄せた。


中央の台に、派手な服の男が立っていた。腕を広げて、世界を掴むみたいな仕草。


「司会、うるさそう」


「うるさいのが仕事なんだよ」


リトリーが言った通りだった。


「ルールは簡単!! 降参! 戦闘不能! それで勝敗決定!! 故意の殺しは無し! あくまで“祭り”ですからねえ!!」


観客がわあっと沸く。


「そして万が一の怪我についてはァ! 治療班が控えております!! 安心してボッコボコにしてください!!」


「安心してボッコボコって何」


私は思わず呟いた。


リトリーが笑う。


「アルガルドだねぇ」


司会が胸を張った。


「私の名はジョー・ゼッツ!! 今日も饒舌に喋り倒します!! よろしくゥ!!」


「そして本日の解説! 銀髪のギンナーさぁん! いいか諸君、こいつの解説は当たるぞ! 腹立つくらい当たるぞぉ!」


観客が笑う。


ギンナーが、マイク越しに軽い声で返した。


「当たるときは当たるし、外れるときは外れるよ〜。今日はどっちかな!」


「外れるなぁぁ!」


「外れないでぇぇ!」


客席が勝手に返事して、また笑いになる。

闘技場の端に、解説席が見えた。


私は、ほんの一瞬だけ目が止まった。


「……銀色?」


ギンナーはサングラスをかけていて、目元が見えない。


「気のせいか」


そう思っているとリトリーがにやにやして、通路の先を指さした。


「ほら。予選、あそこから見れるっぽいよ。あそこでどんな感じか確認しよ」


「確認?」


「そ。たぶん手強い相手ばかりだからシルアの使う技を決めないと。たくさん使っちゃって目立つのはあとで困るし」


私が頷くと、ユズキが手を挙げた。


「ぼくも、目立つのは怖いであります……!」


リトリーが一瞬焦ったがこんなに小さい子だし大丈夫だろう。


「ユズキくんは目立ってもいいよ。かわいいから」


「えっ……!?」


また固まった。


私は、ちょっとだけ笑ってしまった。ユズキは耳まで赤くなって、背筋を伸ばす。


「が、頑張るであります!!」


「うん。頑張ろ」


△▼△▼△▼△


予選の様子は、通路の隙間から見えた。


最初に出たのは、腕が太い男。次に、刃の長い剣を持つ女。名前も知らない。知らないのに、動きは綺麗で、怖い。


剣が交わる音が、近い。

歓声が、波みたいに押してくる。


リトリーが、私の耳元で小声になった。


「ね。どういう感じの力にする?」


私は、自分の手を見た。


弾く。壁。火。水。

できることの輪郭が、まだ掴めない。


でも、昨日から続いているものがある。


押す感覚。

空気が固くなる感覚。


「……風、みたいなの」


「風?」


「押したり弾いたり」


リトリーが頷く。


「いいね。応用ききそう」


闘技場の中央で、次の試合が始まった。


観客席がどよめく。何かが空を走った。細い、光る線が何本も。


「うわ、あれやば」


リトリーが目を細める。


私は目で追うだけで精一杯だった。細いものが、素早く相手に刺さっていく。相手が身をひねっても、追ってくる。


「……怖い」


「ね。でも風だと相性いいかも」


リトリーは、私の肩を軽く叩いた。


「自分の周り常に強い風を纏わせればああいうのも防げるかも」


「……うん」


決めると、心が少し落ち着いた。


ジョー・ゼッツの声が、また響く。


「さあ次のブロック!! 参加者ァ!! 控えに集合ゥ!!」


通路の空気が一気に動く。番号札を握る音。靴の音。息を飲む音。


「次、ぼくの番であります!」


ユズキが、私たちの横で小さく拳を握った。


「ぼく、やるであります……!」


「うん」


リトリーが笑って、背中をぽん、と叩く。


「ユズキくん、頑張って!」


「応援してる」


「はいであります!」


私は二人を見て、息を吐いた。


ここは、軍事国家アルガルド。

戦いが“祭り”になる国。


怖い。けど――

怖いだけじゃない。


胸の奥が、少しだけ熱い。


観客の歓声が、もっと大きくなった。

闘技場の砂が踏まれる音がする。


「ドキドキしてきたね」


リトリーが言う。


私は頷いて、札を握り直した。


腰の剣は相変わらず軽い。

でも、隣の足音はちゃんと重い。


そして今は、その重さに引っ張られて歩ける気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ