第一章・第四十話 スレインの浄化
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翌朝。
目が覚めると、窓から光が差し込んでいた。
カーテンの隙間から、白い光が差し込む。
少しだけ、眩しい。
私は、ベッドから起き上がった。
リトリーとアルティナは、もう身支度を終えていた。
「おはよう、シルア」
リトリーが、笑顔で言った。
「おはよう」
アルティナも、尻尾を揺らしている。
カムイは、窓の外を見ていた。
「……今日は、浄化の日だな」
低い声。
私も、窓の外を見た。
空が、青い。
雲が、少しだけ流れている。
「うん」
私も、身支度を始めた。
服を整えて、髪を整えて。
剣を、腰に下げる。
形だけの剣。
もうこの剣の軽さにも慣れてきた。
準備ができて、私たちは部屋を出た。
廊下を歩く。
絨毯が、足音を吸う。
階段を降りる。
一階にはアンリミとアルアが、待っていた。
アンリミは、いつもの聖女の服。
水色の髪が、光に揺れている。
アルアは、いつも通り眠そうな顔。
アンリミが、こちらを見た。
「おはようございます、皆さん」
笑顔。
「おはようございます!」
私たちが、頷く。
アンリミは、少しだけ深呼吸をした。
「それでは、行きましょうか」
声が、いつもより少しだけ硬い。
緊張しているのかもしれない。
私たちは、宿を出た。
外は、もう人が多かった。
道を歩く人たち。
みんな、同じ方向へ向かっている。
城の方へ。
「すごい人だね」
リトリーが、呟いた。
アルティナも、尻尾を小さく揺らしている。
「みんな、儀式を見に行くんだね」
カムイは、黙って周囲を見ている。
私たちも、人の流れに乗った。
王城が、見えてくる。
ソルニアのものより大きい城の前にはもっと大勢の人がいた。
広場が、人で埋まっている。
声が、あちこちから聞こえる。
「ソルニアの聖女さまが見れるぞ」
「前に見たことがあるんだがすごいぞ」
「楽しみだな」
人々の声が、重なり合っている。
アンリミは、私たちの方を向いた。
「特等席を用意してもらっていますので、皆さんはそちらで見ていてくださいね」
「はーい」
私たちが、頷く。
アンリミは、少しだけ笑った。
「では、また後で」
そして、アルアと一緒に城の中へ入っていった。
私たちは特等席へ案内された。
特等席は、広場を見下ろせる場所にあった。
高い位置にいくつか椅子が、並んでいる。
すでに何人か座っていた。
立派な服を着た人たちばかりだ。
商人か、貴族か。
私たちは、空いている席に座った。
広場が、よく見える。
人が、たくさん。
みんな、城の前を見ている。
儀式が始まるのを、待っている。
私もおとなしく待った。
待っていると隣から、声が聞こえた。
「楽しみだな」
男の声。
太っていて、髭が立派な男。
この人も商人のような服装をしている。
隣にも、同じような男が座っている。
「ああ。聖女の儀式をこんな近くで見られるなんて」
「儀式のたびに思うんだが、国全体が能力の範囲だなんてすごいよな」
二人が普通の会話をしている。
私は、変わったところもないので特に気にしなかった。
広場を見る。
人がさらに増えている。
隣の男たちが、また話し始めた。
「それにしても」
「ん?」
「聖女のあの目が、これほどの力を可能にしているらしいぞ」
目?
私は少しだけ耳を傾けた。
「あの左目か。超越者たちの目なんだろ」
「ああ。しかも、あの目は――」
男の声が、少しだけ低くなる。
「移植して使うことも可能だとか」
「……本当か?」
「噂だがな。だが、もしそれが本当なら――」
男が笑った。
嫌な笑い方。
「価値があるだろうな」
私の中で、何かが冷たくなった。
(……何を言っている)
手が、剣の柄に触れる。
「確かに。あれだけの力があれば――」
「商売にも使えるだろうし」
「いっそ刺客を送って持って来させるとか」
男たちが笑っている。
私は剣を抜いた。
刃を男たちの前に突きつける。
「っ!?」
男たちが飛び上がった。
「な、何を!?」
「シルア!?」
リトリーが私を見て驚いて声を上げる。
慌てて私の腕を掴む。
「いきなりどうしたの!?」
アルティナも尻尾を固くして駆け寄ってくる。
カムイも立ち上がった。
「おい、落ち着け」
私は息を吐いた。
手が震えている。
(……私は、何を)
剣を下ろす。
男たちを見た。
「……人を、アンリミを物みたいに言わないで」
声が、低い。
男たちが、顔を青くしている。
「す、すみません……」
「申し訳ない……」
二人とも震えている。
私は剣を鞘に収めた。
男たちは慌てて席を立った。
そのまま特等席から逃げていく。
私は椅子に座った。
リトリーが心配そうに覗き込む。
「大丈夫?」
「……うん」
頷く。
でも、胸の奥が――
まだ冷たい。
アルティナが小さく尻尾を揺らした。
「あの人たち、変なこと言ってたもんね」
カムイも黙って頷いた。
私は広場を見た。
人がざわざわと騒いでいる。
そして――
城の扉が開いた。
ようやく儀式が始まる。
△▼△▼△▼△
最初に出てきたのは、スレインの王様だった。
太っていて、でも威厳がある。
黄金の冠を被っている。
広場が静かになった。
王が前に出た。
「皆の者、静粛に」
声が大きい。
「本日は、ソルニアの聖女アンリミ様をお迎えし、浄化の儀式を執り行う」
拍手が起こる。
王が手を上げる。
「我がスレインは、商いの国。そして、繁栄の国である」
「しかし、影霊もまた、我らを脅かす」
「故に、聖女様の力を借り、我が国を清めていただく」
王が手を胸に添える。
「感謝を、ここに」
拍手がまた起こる。
アルティナが、小さく言った。
「あれが、スレインの王様なんだ……」
私も王を見た。
(オタブッタとは、全然違う)
ちゃんと王様らしい。
威厳があって、言葉にも重みがある。
王が、下がった。
次に――
まさかのオタブッタが、出てきた。
ぽっちゃりした体。
汗が、額に光っている。
前に出て深呼吸した。
「えー、皆さん」
声が少しだけ震えている。
「本日は、聖女アンリミ様が――」
思ったよりちゃんとしている。
しっかりとした挨拶らしい。
「――我がスレインを、清めてくださいます」
「これは、誠に光栄なことであり――」
でも、だんだん変わってきた。
「そして、アンリミちゃん――いえ、アンリミ様は――」
声が弾んでくる。
「本当に美しくて、優しくて、天使のようで――」
「ぼくたんは、いつも思うんです。アンリミ様がいてくれるだけで、世界が――」
ざわざわと、広場が騒がしくなった。
「――いや、ぼくたんの心が、浄化されて――」
「オタブッタ様」
後ろから声がした。
男がオタブッタの肩を叩いた。
「そろそろ、お時間です」
「え、でも、まだぼくたんは――」
「お時間です」
男の声が、少しだけ低い。
「はっ、もしかしてこの後のぼくたんとアンリミちゃんの二人きりの時間を増やすために――!」
オタブッタは、無理やり下げられた。
リトリーが呆れたように言った。
「あれが、オタブッタ王子……」
カムイも小さく息を吐いた。
「……本当に、聖女さまが言ってた通りだな。ほんとに王子なのか?」
なんだかオタブッタが可哀想な気がしてきたが気のせいだろう。
次に出てきたのは――
茶髪の男だった。
細身で服が整っている。
笑顔が柔らかい。
前に出て頭を下げた。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
丁寧な声。
「私、ジニアス・フォルアトスは今回の聖女様の来訪に際し、スレインの国民を代表して感謝を述べさせていただきます」
男が笑った。
広場の人たちは彼の言葉を真剣に聞いている。
目が、違う。
国王とは、オタブッタなんかとは違う。
尊敬と、そして畏怖が混ざったような。
私は少しだけ引っかかった。
「あの人って……」
リトリーが小さく言った。
「叡簒者だよ」
「エイサンシャ?」
私が聞き返す。
アルティナも首を傾げた。
リトリーが説明した。
「叡簒者ジニアス・フォルアトス。スレインの”力の方”でトップの人だよ」
「力の方?」
「うん。スレインのいろーんな役職を、その力と頭脳で奪ってきたんだって」
「……奪った?」
リトリーが、頷いた。
「正確には、実力で勝ち取ったらしいけど。でも、元々その役職にいた人たちからすれば、奪われたも同然みたいな」
私はもう一度男を見た。
優しい笑顔。丁寧な話し方。
(……とても、そんな人には見えないけど)
アルティナが尻尾を垂らした。
「奪うなんて……奪われた人が、可哀想だよ」
「実力で負けた奴の方が悪いだろ」
カムイが静かに言う。
「カムイ冷たい!」
ジニアスの話が終わると広場がに騒がしさが戻る。
ざわざわと、期待の声。
そして――
城の扉がまた開いた。
ソルニアの聖女アンリミ・ソルニアが、姿を現した。
広場が一瞬静かになる。
それから歓声が上がる。
「聖女さまー!」
「アンリミ様!」
声が重なる。
アンリミは笑顔で前に出た。
背中には剣が浮いている。
左目には、越眼。
アンリミが、口を開いた。
「皆様」
声が通る。
広場が静かになった。
「本日は、このような機会をいただき、誠にありがとうございます」
笑顔。
完璧な聖女の笑顔。
「私はソルニアの聖女として、今日はスレインの地を清めさせていただきます」
広場がまた静かになった。
みんなが息を飲んでいる。
アンリミが――
両手を、合わせた。
「では」
その瞬間――
背中の剣が、光り始めた。
白い光が広場を照らす。
まぶしい。
光が次第に強くなってゆく。
そして――
アンリミ自身も光り始めた。
全身が、光に包まれる。
私は目を細めた。
(ソルニアと同じように、光の雨を降らすのかな)
でも予想とは違った。
光が一瞬止む。
そして――
次の瞬間。
閃光が、眩い白が世界を包んだ。
広場を。
広場を超えて、王都を。
王都を超えて、スレイン全土を。
光が、全てを照らした。
私は目を開けていた。
失明するかもしれないほどの強い光のはず。
でも、不思議と目は痛くない。
温かい。
光が優しい。
十数秒。
世界を照らしていた光が、静かに止んだ。
広場に色が戻ってゆく。
人々が、呆然としている。
アンリミが手を下ろした。
「これで、この国の影霊は消えました」
声が静かに響く。
そして広場が――
爆発した。
歓声。拍手。感謝の言葉。
「聖女さまー!」
「ありがとうございます!」
「素晴らしい!」
声が重なり合う。
リトリーが、息を飲んだ。
「すごー……」
アルティナも、尻尾を固くしている。
「こんなの、初めて見た……」
カムイも黙って頷いている。
私も――
言葉が出なかった。
ただ、すごかった。
それしか思えなかった。
△▼△▼△▼△
浄化が終わった後アンリミは後ろへ下がった。
城の中へ。
歓声がまだ続いている。
でも城の中は静かだ。
アンリミは、ふう、と息を吐く。
体が重い。魔力を大量に使った。
視界が少しだけ揺れる。
めまいが襲ってくる。
さらに横から嫌な声がする。
「アンリミちゃん! 素晴らしかったよ! ぼくたんは感動して――」
オタブッタの声だ。
いつもは笑顔で流すが、今は構う気力がない。
アンリミは足を踏み出そうとした。
でも――
ふらっと体が傾いた。
倒れそうになる。
その瞬間――
誰かが支えてくれた。
白い服が視界にうつる。
「お疲れ」
アルアの声。
でもいつもの棒読みじゃない。
ほんのりと感情のこもった優しい声。
顔を見ると柔らかな表情で微笑んでいる。
アンリミは、小さく笑った。
「……ありがとうございます、アルア」
疲れた声。
横からオタブッタが何か言っているが気にしない。
「よく頑張ったよ」
アルアのアホ毛が一瞬揺れる。
その瞬間――
アンリミの体が、軽くなった。
めまいが、消える。
疲労が、抜けていく。
アンリミは、目を見開いた。
「……ありがとうございます」
例え国中の影霊を消し飛ばすことができてもアルアはいないと私は――
「……やっぱり、私はアルアがいないとダメですね」
アルアが少し驚いた表情をした後に答える。
「ボクだって、君に何度救われたことか」
そしてさっきからうるさいオタブッタの声が――
途切れた。
見ると――
オタブッタが、倒れていた。
「王子様!」
兵士や執事が慌てて駆けつける。
アンリミが、アルアを見た。
「アルア、何かしました?」
アルアが眠そうに答えた。
「してないよー」
「本当ですか?」
「本当だよー。もしかしたら、彷徨う”大量魔力消費による体調不良”に、運悪く当たっちゃったのかなー?」
アンリミとアルアが、オタブッタを見て小さく笑う。
その時――
後ろから、声がした。
「アルア殿」
丁寧な声。
振り返るとジニアスが、立っていた。
「やあ、叡簒者どのー。ボクに何か用かい?」
ジニアスは笑顔で答える。
「個別でお話ししたいことがあるのですが」
「お時間、よろしいですかな」
アルアが眠そうに答えた。
「別にいいけどー」
「ありがとうございます」
ジニアスが頭を下げた。
アンリミが、少しだけ不安そうな顔をした。
普段はアルアの心配なんてしないのに。
なぜかこの時だけ嫌な予感がした。
△▼△▼△▼△
私たちは、聖女用の控室へ案内された。
扉を開けると、アンリミがソファに座っていた。
「あ、皆さん」
アンリミが笑顔で迎える。
リトリーとアルティナが、駆け寄った。
「聖女さま、すごかったー!」
「あんなにすごいの、もう二度と見れないよ!」
二人とも、興奮している。
アンリミが、笑った。
「ありがとうございます」
私は、アンリミの顔を見た。
少しだけ、疲れているように見える。
「……あんなに力を使って、体調とか大丈夫なの?」
アンリミが、頷いた。
「はい。もうアルアがなんとかしてくれたので、すでに万全の状態です」
リトリーが、驚いた顔をした。
「アルアさんって、そんなこともできるの?」
カムイが、周囲を見た。
「ところで、そのアルアさんはどこなんだ? 聖女さまの護衛だろ?」
確かに。
いつもは、アンリミのそばにいるのに。
アンリミが、答えた。
「アルアはジニアスさんとお話をしに行きました。しばらくしたら、戻ってくると思います」
アルティナが興奮気味に尻尾をぶんぶんと振った。
「国の最強同士の話し合い! 一体、なんの話なんだろーね」
私も、少しだけ気になった。
何を話しているんだろう。
「でも本当にすごかったね! 本気出したら世界中の影霊も浄化できるんじゃない?」
「さすがに世界中というのは無理ですね。力不足で申し訳ないです」
アンリミの声が、少しだけ申し訳なさそうに響く。
(アンリミでも、やっぱり世界規模は難しいのか)
私は、少しだけ驚いた。
あれだけの力を持っているのに。
「でも聖女さまって、いろんな国で浄化してるんでしょ? そろそろ影霊が絶滅してくれてもいいのにね」
リトリーが、首を傾げながら言った。
アンリミは、少し笑った。
困ったような、でもどこか諦めたような笑み。
「それは難しいですね。影霊は……気づいたら増えてますし」
声が、静かになる。
「たぶん一週間もすれば、スレインでも目撃情報が出るんじゃないでしょうか」
私は、思わず息を飲んだ。
(そんなに早く、また出るんだ)
その時――
床から、音がした。
からん、からん、と何かが転がる音。
私は床を見た。
影から――
小さな黒い球が転がってきた。
でも――
(これって……)
私の中で、何かが冷たくなった。
次の瞬間――
黒い球が、弾けた。
闇が広がる。
部屋が――
世界が――
あの時の黒に包まれた。
次回!全てを飲み込む影VS効果抜群過ぎな聖光!




