第一章・第三十九話 絶勝のカミの毛
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カジノは、想像していたよりもずっと広かった。
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
外の冷たさが消えて、熱気が押し寄せてくる。
天井が、高い。
見上げると、シャンデリアがいくつも吊るされている。
光が、床に反射して、部屋全体が金色に輝いているように見える。
テーブルが、並んでいる。
どれも立派で、人がたくさん集まっている。
声と、笑い声と、金属の音が混ざり合って、耳に残る。
私は、少しだけ圧倒された。
リトリーが、目を輝かせた。
「すごい……!」
声が、弾んでいる。
アルティナも、尻尾を激しく揺らしている。
「こんなの初めて見た……! 王都よりもすごい……!」
カムイは、黙って周囲を見ている。
でも、視線が止まらない。
あちこちに動いている。
アンリミが、笑った。
「では、私とアルアは二階でゆっくりしていますので。何かあったら、呼んでくださいね」
「はい!」
リトリーとアルティナが、同時に頷いた。
アンリミとアルアは、階段を上がっていった。
アンリミの水色の髪が、光に揺れて、すぐに二階の影に消える。
私たちは、受付へ向かった。
受付の女性が、笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
リトリーが、袋を差し出した。
「これを、チップに交換してください」
女性が、袋を受け取る。
中身を確認して、少しだけ目を丸くした。
「……かしこまりました」
しばらくして――
山のようなチップが、返ってきた。
リトリーが、息を飲んだ。
「わあ……こんなにあるんだ」
アルティナも、尻尾を丸めている。
「す、すごい……」
「お客様方はどうやらお金をたくさんお持ちのようでしたので、VIP対応ということでチップを金貨百枚分追加で貸し出させていただきました。ごゆっくりとお楽しみください」
「やった!ラッキーだね」
「よくわかんないけど増えたってことでしょ。これでもっとたくさん遊べる!」
リトリーとアルティナは喜んでチップを受け取る。
カムイも、黙ってチップを受け取った。
手に持って、少しだけ重さを確かめている。
私も、チップを受け取った。
重い。
ずっしりとした重さが、手に伝わってくる。
これが、全部お金。
リトリーとアルティナが、二階を見上げた。
「聖女さま、ありがとー!」
声が、大きい。
二階から、アンリミが手を振っているのが見えた。
リトリーとアルティナは、すぐにテーブルの方へ駆けていった。
尻尾が、激しく揺れている。
カムイも、少しだけ周囲を見てから、別の方向へ歩いていった。
私は――
一人、残った。
周囲を見る。
テーブルが、いくつもある。
どれも、違うゲームをしているようだ。
ルーレット。
サイコロ。
カード。
どれにしようか、迷う。
私は、カードのテーブルへ向かった。
「ポーカー」と、札が置いてある。
席に座る。
ディーラーが、笑顔で頷いた。
「いらっしゃいませ」
丁寧な声。
私は、チップを置いた。
カードが、配られる。
手札を見る。
数字が、バラバラ。
絵柄も、揃っていない。
(……これ、どうすればいいんだろう)
ルールは、何となく分かる。
でも、この手札からの勝ち方が――
よく分からない。
周りの人たちは、すぐに判断している。
カードを交換したり、そのままにしたり。
私は、少しだけ迷ってから――
適当に、カードを交換した。
結果が、出る。
「お客様の負けです」
ディーラーの声。
チップが、回収される。
(……あ)
もう一度。
カードが配られる。
また、バラバラ。
交換する。
「お客様の負けです」
また、チップが減る。
もう一度。
また。
もう一度――
気づいたら、チップが全部なくなっていた。
私は、席を立った。
足が、少しだけ重い。
周囲を見ると、リトリーとアルティナが遠くのテーブルで笑っている。
カムイも、どこかのテーブルで座っている。
みんな、楽しそう。
私は――
やることがなくなったから二階へ上がった。
△▼△▼△▼△
二階には、ソファがあった。
柔らかそうで、赤い布で覆われている。
アンリミとアルアが、座っている。
アンリミは、紅茶を飲んでいた。
アンリミが、こちらを見た。
「あら、シルアちゃん。もう戻ってきたんですか?」
「……うん」
声が、小さい。
アンリミは、少し首を傾げた。
カップを、テーブルに置く。
「どうしたんです? 楽しめましたか?」
「……全部、なくなっちゃった」
「え」
アンリミが、目を丸くした。
「全部……ですか?」
「うん」
私は、ソファに座った。
体が、沈む。
力が、抜ける。
アンリミは、少しだけ困ったように笑った。
「まあ、そういうこともありますよ」
優しい声。
「初めてだと、難しいですよね。ルールも複雑ですし」
「……うん」
アルアが、隣で眠そうに言った。
「向いてないんじゃないかなー」
「……」
言葉が、胸に刺さる。
アンリミが、すぐにアルアを睨んだ。
「アルア!」
「事実だと思うけどー」
「そういうことを言わないの!」
アンリミは、私の方を向いた。
優しい顔。
「大丈夫ですよ、シルアちゃん。誰でも最初は――」
そこで、声が聞こえた。
「あれ、シルアももうなくなっちゃったの?」
リトリーの声。
階段を上がってくる音。
振り返ると――
リトリーとアルティナが、階段を上がってきた。
手には――
大量のチップ。
私は、固まった。
(……え?)
アルティナが、尻尾を揺らしながら言った。
「シルアは、運がないんだねー」
「……ど、どうして」
声が、震えた。
リトリーが、笑った。
「え、普通に勝ったよ? ルーレットで赤に賭け続けたら、ずっと当たってさ」
「普通に……」
その言葉が、胸に刺さる。
アルティナも、頷いた。
「私は黒に賭けてたんだけど、途中で赤に変えたら当たり始めたの!」
二人とも、楽しそう。
私は何も言えなくなった。
すると――
後ろから、また声がした。
「なんだ、シルアだけ負けたのか」
カムイの声。
振り返ると――
カムイも、チップを抱えている。
大量に。
私は呆然とした。
(……私だけ?)
リトリーが、首を傾げた。
「大丈夫? シルア」
「……大丈夫」
私は、立ち上がった。
「私は、これからだもん」
そう、これからだ。この後勝てばいい。
負けたままじゃ、終われない。
アルティナが、チップを差し出した。
「じゃあ、これ使う?」
「……ありがとう」
私は、チップを受け取った。
温かい。
アルティナの手の温もりが、残っている。
そして、一階へ。
どうすれば勝てるかは大体わかった。
もう負けない。
今度こそ。
今度こそ、勝つ。
△▼△▼△▼△
また全部なくなった。
私は、二階へ戻った。
足が、重い。
心が、もっと重い。
ソファに、座る。
力が、入らない。
アンリミが、心配そうに覗き込んだ。
「シルアちゃん……大丈夫ですか?」
「……うん。……嘘、やっぱり大丈夫じゃない」
負けた時のことを思い出すたびに気持ちがどんどん沈む。
アルアが、隣で言った。
「やっぱり向いてないんじゃないかなー」
「……」
返す言葉が、ない。
アンリミは、少しだけ考えた。
それから、立ち上がった。
「わかりました。私が、この聖女が手本を見せてあげます」
「え」
「さあ、シルアちゃん。ついてきてください。私が光を見せてあげましょう!」
アンリミは、私の手を引いた。
温かい。
柔らかい。
私は、引っ張られるままに立ち上がった。
私たちは、階段を降りた。
ルーレットのテーブルへ向かう。
アンリミは、チップを取り出した。
「こういうのは、最初は倍率が低くても当たりやすいものを狙うんです」
自信満々の声。
笑顔で、テーブルを見ている。
「黒で」
チップを、黒のマスに置いた。
ディーラーが、頷いた。
「承知いたしました」
玉を、回す。
カラカラと、音がする。
玉が、回る。
回る。
回る――
止まった。
「赤」
ディーラーの声。
アンリミのチップが、すぐに回収される。
でも――
アンリミは、平気な顔をしていた。
笑顔のまま。
「こういうふうに、誰でも一度は負けてしまうものです。だからシルアちゃんも落ち込まなくて大丈夫ですからね。」
私の方を向いて、言った。
「しかし、所詮は二分の一。すぐに取り返せるんですよ」
また、チップを取り出した。
黒に、置く。
玉が、回る。
カラカラと、音が鳴る。
止まる。
「赤」
また、回収される。
アンリミは――
また黒に置いた。
今度は、少しだけチップが多い。
「三回も連続で同じ色になることなんて滅多にないんですよ。だから次こそ黒です」
玉が、回る。
「赤」
また、回収される。
アンリミは――
「私こ人生で一度も四回連続で同じ色になるところを見たことがありません。だから今度こそ黒です」
さっきより声が大きい。
また黒に置いた。
今度は、さらに多い。
「赤」
私は、少しだけ不安になった。
「……リミちゃん?」
アンリミは、笑顔のまま答えた。
「大丈夫です」
声が、少しだけ硬い。
でも、笑っている。
「ここです!」
アンリミは、全てのチップを――
赤に置いた。
「傾向は掴めました。こういうこともあるんです。」
自信満々の声。
「これだけ赤が続いたということは、次も必ず赤です」
ディーラーが、玉を回す。
「そして、これに勝てば今までの負けを全てチャラに……むしろ多くなって――」
玉が、回る。
カラカラと。
止まる。
「黒」
ディーラーの声。
アンリミが、固まった。
笑顔のまま。
でも、動かない。
「……リミちゃん?」
私が、もう一度声をかけた。
後ろから、音がした。
「ハッ」
鼻で笑う音。
振り返ると――
アルアが、立っていた。
眠そうな顔。
でも、笑っている。
アンリミの顔が、みるみる赤くなった。
「アルア!」
振り返って、叫んだ。
「何を馬鹿にしたみたいに笑ってるんですか!さっさと私の負けを取り戻しなさい!」
アルアは、めんどくさそうに言った。
「さっきも同じやりとりしたなー」
「いいから! 早く!」
アルアは、ため息をついた。
「はいはーい」
そして、席についた。
(負けを取り戻すって……)
(リミちゃん、結構な額をなくしちゃってたけど……)
アンリミは、後ろで頬を膨らませている。
アルアは、チップを取り出した。
そして――
赤でも黒でもなく。
数字。
「13」と書かれたマスに――
一点に、大量のチップを賭けた。
私は、思わず声を出した。
「え、それ危ないんじゃ……」
数字は、倍率が高い。
でも、当たる確率が低い。
ディーラーが、玉を回す。
カラカラと、音。
玉が、回る。
回る。
そして止まる。
「なっ……じ、13番」
ディーラーの声。
アルアが賭けた数字。
チップが、山になって返ってきた。
アルアは、棒読みで言った。
「やったー、今日はついてるなー」
感情が、こもっていない。
でも――
たった一回で――
アンリミの負けを、全部取り戻した。
アンリミが、私の方を向いた。
顔が、輝いている。
「どうです! これがアルアなんですよ!」
なぜか自慢げ。
私は、思わず頷いた。
「……すごい」
アルアは、そのまま次の数字へ賭けた。
「次は7でー」
アンリミが、慌てて言った。
「ああ! いけません! もう取り戻したから、やめなさい!」
アルアは、無視した。
「ちょっと聞いてますか!? 無視しないでください!」
玉が、回る。
止まる。
「馬鹿な……7番」
ディーラーが驚いた声で言う。
また当たった。
チップが、また山になる。
アルアが、こちらを見た。
してやったり、という顔。
眠そうな目が、少しだけ開いている。
アンリミが、頬を膨らませた。
「もう……! 調子に乗って……!」
その時――
遠くから、声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと待って!」
リトリーの声だ。
なんだか慌てている。
「やめてよ、後でまた増やして返すからぁ!」
アルティナの声も混じっている。
尻尾が、見える。
固くなっている。
私は、そちらを見た。
リトリーとアルティナが――
何人かの男に囲まれている。
男たちは、笑っている。
「払えないなら、他の方法があるだろ?」
「ちょっと待って! なんとかして増やすから!」
リトリーが、必死に言っている。
「ティーナ!」
カムイの声。
カムイが、駆けてくる。
でも――
服が、ない。
上半身が、裸だ。
筋肉が、見えている。
なぜか身ぐるみを剥がされている。
「お前ら!二人から奪うなら俺から奪え!」
このわずかな間に一体何が。
私が駆け寄ろうかと思っていると、アンリミが、叫んだ。
「アルア! 三人を助けなさい!」
アルアは、不満そうな顔をした。
「えー」
「早く!」
アルアは、ため息をついた。
「だーからカジノなんて行かせない方が良いって言ったのになー」
そして、リトリーたちの方へ歩いていった。
私も、後に続く。
アンリミも、階段を降りてくる。
△▼△▼△▼△
カジノの外。
夜風が、少しだけ冷たい。
でも、心地いい。
リトリーが、大きく息を吐いた。
「聖女さまには本当に感謝だね」
アルティナも、尻尾を揺らしている。
「助かった……」
カムイは、黙っている。
服は、戻っている。
でも、少しだけ顔が赤い。
リトリーが、振り返った。
「最後は負けちゃったけど、楽しかったね」
アルティナも、頷いた。
「うん!」
アルティナが、カムイを見た。
「ね、カムイ」
「……まあな」
カムイが、ぶっきらぼうに答えた。
でも、声が少しだけ柔らかい。
アルティナが、笑った。
私は、後ろを向いた。
カジノの前でアンリミとアルアが、また喧嘩をしている。
「全部換金する必要ないじゃないですか!」
アンリミの声。
いつもの聖女の声じゃない。
「見てください、オーナーさんが冷や汗をかいています!」
確かに、カジノの入口に立っている男性が、額を拭っている。
アルアが、棒読みで答えた。
「大丈夫じゃないかなー。実際、換金できたしー」
「それはそうですけど!」
アンリミが、頬を膨らませた。
「とにかく、ダーメーでーすー! こんな不利益になるようなことばかりして、出禁になったらどうするんですかぁ!」
「出禁になるなら、もうなってるよー」
アルアが、眠そうに言った。
「ソルニアの聖女を出禁だなんて、畏れ多くてできないだろうねー」
「だからこちら側が自制しなきゃダメなんです!」
アンリミが、叫んだ。
「でも、ボクは別に聖女の言いなりってわけじゃないしー」
「もう!」
アンリミが、頬を膨らませた。
私は思わずふふっ、と声を出して笑った。
リトリーが、私を見た。
「どうしたの、そんなにニコニコして?」
「ううん」
首を横に振る。
「なんでもない」
ただ――
楽しかったな、と思った。
負けたけど。
全然勝てなかったけど。
でも、楽しかった。
みんなと一緒にいられて。
笑って、騒いで。
そういう時間が――
温かい。
夜が、更けていく。
空が、暗い。
星が、少しだけ見える。
私は、空を見上げた。
風が、吹く。
髪が、揺れる。
リトリーが、また笑った。
アルティナの尻尾が、揺れている。
カムイは、黙っているけど――
口元が、少しだけ緩んでいる。
アンリミとアルアは、まだ喧嘩している。
でも、その声も――
温かい。
私は、小さく息を吐いた。
(明日は、どうなるんだろう)
分からない。
でも――
今は、これでいい。
そう思った。
次回!超広域究極影霊浄化魔法・アンリミテッドシャイニングレイン!




