トモくんの探し物
トモくんは、保育園に通う五さいの男の子です。
毎朝、保育園の門のところで、お母さんはトモくんの頭を優しくなでながら言います。
「トモ、今日もいい子にしてるのよ」
「うん!」
トモくんが大きな声で返事をすると、お母さんは仕事へ急ぎます。
コツコツコツ……とお母さんのくつの音が小さくなっていきました。
そのとき、トモくんの鼻のあたまに冷たいものがふれました。
見上げると、白い粉のような雪がまっていました。
* * *
昼間のトモくんは、とても元気です。
お友だちといっしょにブロックで町をつくったり、
お店屋さんごっこで「いらっしゃいませー!」と大きな声を出したり。
お昼ごはんの時間には、
「トモくん、お野菜もたべられたね」
先生にほめられて、トモくんはにこにこ顔になります。
お昼ねから目をさますと、雪は止んでいました。
元気よく園庭にとび出すと、すべり台を何回もすべって、
砂場でトンネルをほったり、鬼ごっこで走り回ったり。
ワイワイ、ガヤガヤ。
トモくんの笑い声も、園庭いっぱいにひろがります。
* * *
すこしずつ空の色がかわって、まどに夕日がさしこみはじめると、
お部屋のすみっこには長いかげがのびます。
ブロックの塔も、ままごとのお皿も、きいろい光にそまっていきます。
「ハルカちゃん、お母さん来たよー」
「じゃあねー!」
先生の声に、お友だちが次々と帰っていきます。
門のところでお母さんやお父さんのむねにとびつくお友だちのうしろ姿を、
トモくんはブロックをかたづけるふりをしながら、まどからそっと見ています。
(いいなぁ……)
トモくんの心の中で、小さなため息がひとつ落ちました。
声の数はだんだん少なくなり、
やがてまどの外はオレンジ色にそまり、
誰も乗っていない園庭のすべり台もブランコも、
赤っぽいかげになってねむそうにしています。
* * *
延長ほ育の時間になると、お部屋には、
トモくんと当番の先生がひとりだけになります。
「トモくん、ブロックもってきていいよ」
先生がそう言うので、トモくんはテーブルの上にブロックをならべます。
さっきみんなで作った町を思い出しながら、
今度はひとりでビルを高くつみ上げていきます。
けれど、頭の中によぎるのは――
さっき、お母さんにだきついていたお友だちの笑顔です。
ブロックにあきると、絵本のたなから一さつをえらんでひらいてみます。
ページをめくる「ペラッ」という音と、
時計の「カチ、カチ」という音だけが聞こえます。
まどの外では、でんしん柱のあかりが
ぽつり、ぽつりとともりはじめました。
(もうすぐ、お母さんがお迎えにくる……)
トモくんは、まどの外をじっと見つめます。
(お母さん、早くこないかな……)
* * *
やがて、入り口のドアが「ガチャ」と音をたてて開きます。
「トモ……」
冷たい空気といっしょに、お母さんが入ってきました。
お母さんは、大きく息をはきました。
「いい子にしてた?……」
お母さんはそう言って、トモくんの前にかがみこみました。
お母さんの顔は、いつもつかれて見えます。
だから、本当はぎゅっとお母さんにだきつきたいけれど、
トモくんは両手をキュッとにぎってがまんします。
「うん」
トモくんは笑顔でこたえます。
「さあ、かえろうね」
もう外は真っ暗です。
トモくんとお母さんは手をつないで歩き出します。
トモくんは、少し冷たいお母さんの手を、ぎゅっとにぎります。
「お母さん……」
トモくんの小さな声は、白い息といっしょに、
冷たい空気の中へととけていきました。
* * *
その日も、トモくんは延長ほ育でひとり残っていました。
冬の夕方は早くて、まどの外はもう真っ暗です。
外灯の光が、ぽつり、ぽつりと園庭に落ちていました。
トモくんはテーブルのいすにすわって、
絵本をぼんやりと見つめています。
ずっと同じページがひらいたままです。
(……お母さん、まだかな)
そんなときでした。
「トモくん」
やさしい声がして、そっと足音が近づいてきます。
顔を上げると、園長先生が立っていました。
いつもは園のどこかでにこにこと歩いているけれど、
今はトモくんの前で、やわらかい笑顔です。
「どう? その絵本、おもしろい?」
トモくんは「うん」と言いかけて、下を向いてしまいました。
園長先生は、トモくんのとなりにいすを引いて、
同じ目の高さにすわりました。
「ねぇ……トモくん。先生になにか、お話してみる?」
やさしい声に、
トモくんのおなかのそこから、ふわ〜っとあたたかいものが広がってきました。
そして、ぽつり、ぽつりと、言葉がこぼれてきました。
「あのね……お迎え、みんな早いのに、ぼくは……いつも最後で……」
「……お母さんね、いつもつかれてるみたい。だから……」
「……ぎゅってしたいけど……がまん、しちゃうの……」
話しているうちに、トモくんの声はどんどん小さくなりました。
でも園長先生は、うん、うん、とゆっくりうなずきながら、
ひとつ残らず、やさしく受けとめます。
「そっか。トモくん、よく話してくれたね。がまんしてたんだね」
そう言うと、園長先生は少し考えてから、
ニコッと笑って言いました。
「ねぇ、トモくん。いっしょに“キラキラ”を探してみようか」
「……キラキラ?」
トモくんは首をかしげます。
「キラキラって、どんな?」
「う〜ん、なにかな〜……
トモくんが元気になるような“キラキラ”。
きっとどこかにあるはずよ」
園長先生は、まどの外の真っ暗な園庭をちらりと見てから、
「先生といっしょに、さがそうよ」
と、そっと手をさし出しました。
トモくんは少し迷ってから、その手をぎゅっとにぎりました。
“キラキラ”がよく分からなくても――
園長先生となら、見つけられるような気がしたのです。
* * *
次の日から、トモくんは “キラキラ” を探してみることにしました。
朝、お母さんと保育園に向かう道。
雪がふったあとは、白い雪のけっしょうがお日さまを受けて、きらりと光ります。
園庭のすみには、つららができていました。
つめたいガラスみたいにすきとおっていて、
指でそっとさわると、ぴとん、と水のしずくが落ちます。
まどガラスには、冬の光が反しゃして、
キラキラ、キラキラと小さな光のつぶがあそんでいます。
夜になれば、空には星がいっぱい。
冷たい空気の中で、白く光っています。
保育園のバッグに付けているお気に入りのバッジも、
お日さまの光をあびて、キラキラしています。
でも――
日がくれて、延長ほ育になると、
やっぱりトモくんの心は元気じゃなくなってしまいます。
(どこにあるのかなぁ、ぼくの“キラキラ”)
園長先生は「きっとどこかにあるはずよ」と言っていたけれど……
トモくんは、お母さんにも聞いてみました。
「ねえ、お母さん。お母さんが元気になる“キラキラ”ってなに?」
「キラキラ? ……う〜ん、なんだろうねぇ……」
お母さんは、それっきりだまってしまいました。
* * *
「先生、さようなら。トモくん、さようなら〜」
今日もお友だちはお迎えで、次々とお家へ帰っていきます。
みんながいなくなると、
トモくんはまたひとりでテーブルにすわります。
ブロックを高くつんでみても、
絵本をひらいてみても、
まどの外の光をながめてみても……
日ぐれが早くなるにつれて、
むねの中の“ぽつん”は、前より少しだけ大きくなっていくようでした。
キラキラ探しのことも、
いつのまにか心のすみっこに押しやられていきます。
そしてトモくんは、
“キラキラって、ほんとうにあるのかな……”
と、静かに思うようになっていきました。
* * *
ある日、保育園で「お父さん、お母さんの似顔絵をかこう」という時間がやってきました。
先生が、色えんぴつの入ったかごを机の上にどさっと置くと、お部屋は一気ににぎやかになります。
「はーい、みんなぁ。お父さんとかお母さんのお顔をかいてみましょうね。
よ〜く思い出してかきましょうねぇ」
「はぁーい!」
「あたし、えがおのお母さんにしよーっと!」
「なんか、お父さんのメガネ、むずかしいよぉ!」
「うちのお母さん、ピースしてるのー!」
みんなはうれしそうに、紙いっぱいに大きなお顔をかきはじめます。
けれどトモくんは、お母さんの顔のわくをかくと、そこでじっと固まっていました。
色えんぴつを手に持ったまま、なかなか動けません。
(お母さん……どんな顔して笑うんだっけ……)
思い出すのは、いつもの夕方に見る――
すこしつかれたお母さんの顔ばかり。
ため息をつきながら「いい子にしてた?」と言う顔。
トモくんの手は、色えんぴつをギュ〜っとにぎったままです。
トモくんはしばらくじっと目をとじると、
ゆっくりと赤い色えんぴつを手に取りました。
やわらかいほっぺ。
くりっとした目。
それから――にっこり笑った口。
色を重ねるうちに、紙の中のお母さんはどんどん明るくなっていきます。
太陽みたいに、あたたかくて、
どこまでもニコニコしている笑顔です。
かきおえるころには、
トモくんの胸の中にも、ぽっと小さな明かりがともったようでした。
(お母さん……)
トモくんは、少し照れながら絵をそっと見つめていました。
* * *
すっかり日がくれて、トモくんは今日も延長ほ育で最後のひとりでした。
まどの外では、こまかい雪が静かにふっています。
まどガラスにはオレンジ色の灯りがうつり、
お部屋の中は、しんと静かです。
でも――今日はちがいます。
テーブルの上には、トモくんがかいた、やさしくほほえむお母さんの絵。
トモくんはニコニコしながら、その絵を見つめていました。
やがて――
入り口のドアが、きゅっと開きました。
「トモ……」
お母さんが入ってきました。
コートには小さな雪がいくつもついていて、ほっぺは冷たい風で赤くなっています。
その顔は、いつもどおり、すこしつかれて見えました。
でも今日は、トモくんの胸の中に、どうしても伝えたいものがありました。
トモくんは、ぎゅっと手に持っていた紙をさし出して、
少しうつむきながら言いました。
「これ……お母さん」
お母さんは、そっと紙を受け取りました。
そして――絵を見たしゅんかん。
ぱあっ、と、お母さんの顔が明るくなりました。
まるで部屋の灯りがひとつ増えたみたいに。
「トモ……これ、お母さん? あなたがかいたの?」
トモくんは、少し照れながらうなずきます。
「ありがとう。とても上手よ」
その声は、いつもよりずっとあたたかくて、
やわらかくて、
そして――ほんとうにうれしそうでした。
その絵を見つめるお母さんの顔には、
ゆっくりと、にっこり笑った笑顔が広がっていきます。
トモくんの胸の奥が、じんわりとあたたかくなっていきます。
(お母さんの顔……キラキラしてる……)
久しぶりに見る、お母さんのほんとうの笑顔。
それは、トモくんにとって――
世界でいちばんやさしくて、
世界でいちばんあたたかくて、
世界でいちばん輝いて見える“キラキラ”でした。
* * *
次の日の延長ほ育。
今日も雪がふっています。
お友だちはみんなお家に帰って、トモくんは今日もひとりです。
いつものようにブロックをつんだり、絵本をひらいたりしてすごします。
でも今日は、胸の奥で――
昨日のお母さんの笑顔が、キラキラしてます。
そんなトモくんに気づいた園長先生が、そっと近づいてきました。
「あら、トモくん。
今日はなんだか、うれしそうね。
……ひょっとしたら、キラキラ、見つかったのかな?」
園長先生は、いつものやさしい笑顔でたずねます。
トモくんはお母さんの笑顔を思い出して、うれしそうにうなずきました。
そして園長先生に、にっこりとほほえみます。
すると園長先生も、同じように笑顔になります。
「あらぁ、それはよかったわね。
その大切な“キラキラ”、ずっと大事にしてね」
「うん!」
トモくんは、少し考えてから聞きました。
「じゃあ……園長先生は?
園長先生は、“キラキラ”見つけた?」
園長先生は目を丸くして、ほんのすこしおどろいたあと、
やわらかくほほえみました。
そして――
トモくんをしっかりと見つめて言いました。
「たった今みつけたわよ。
先生の“キラキラ”はね、ちょうど先生の目の前にあるのよ」
トモくんは、きょとんとした顔で聞き返します。
「じゃ、園長先生も今、元気になったの?」
園長先生はニッコリと笑ってうなずきました。
そのとき――
まどの外から差しこむ雪あかりが、
ふたりの笑顔をきらきらと照らしていました。
― おしまい ―




