第1話 プロローグ「謎の黒フード、現る」
【ダンジョン配信】
深層でモンスター暴走!?→現れた謎の黒フードが強すぎた件【ゆなちch】
画面の中、ダンジョンの暗闇を照らすのは、懐中ランプのかすかな光と、探索者スーツに内蔵されたステータス表示のUIだけ。
息を荒げ、壁に背を預けながら、少女がカメラ目線で呟いた。
「……まじでやばい。マジでヤバい。なんで深層7階にAランク級のモンスター湧いてんの……?」
画面右下に設置されたチャット欄が一斉に動き出す。
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【草】
【これバグ湧きじゃ?】
【管理局何してんの】
【っていうか一人で深層入るなってあれほど】
【新装備見たかっただけやろ?】
「ぐだぐだ言わないで!……あたしだって、深層でS装備拾って見せたかっただけだよ!」
息巻きながらも、少女──人気配信者《神楽ユナ》は、震える手で杖を構える。
通路の奥からは、黒い瘴気をまとった異形の獣がゆっくりと姿を現した。
「……ッ、"深層災害級"……!? ありえない、こんなの……っ」
背筋を凍らせる唸り声。魔力の濁流。
撤退すら間に合わない。
死が、確実に迫っていた──その時。
ザシュッ。
重く、鋭い音が響いた。
何かが斬られた音。だが、それはユナのものではなかった。
彼女が振り向くより先に、画面には“何か”が飛び込んでいた。
それは、黒いローブに身を包んだ男。
いや──ただの男、ではなかった。
空気が変わる。映像越しにも伝わる“異常さ”に、視聴者たちも凍りつく。
「……モンスターが暴走? また管理局はサボってるのか」
男の声は低く、抑揚がない。だが、その足元に倒れる異形の死骸が、彼の“強さ”を何より雄弁に語っていた。
ユナが何かを言う前に、男は一歩、前へ進んだ。
そして──ただ、一閃。
黒の残像が空を裂く。
次の瞬間、災害級モンスターの首が、宙を舞った。
爆風が吹き荒れる。ユナが吹き飛ばされ、映像がブレる。
ようやく立ち上がった彼女が見たのは、静かに剣を収める黒ローブの背中だった。
「……助かった、の?」
彼女の呟きに、男は何も答えず、ただ、闇の中へと消えていった。
映像は、そこで途切れた──
【チャット欄 アーカイブ抜粋】
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【は???】
【なんだ今の】
【エフェクトおかしくね?】
【あれAランクじゃねえぞ】
【いやSでも無理だろ】
【あいつ誰だよ】
【まさか……“黒影の英雄”……?】
【生きてたのか!?】
《神楽ユナch》配信後ツイート:
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「えっと……今日の配信、ヤバい人に助けられました。誰か知ってる?
#黒フードの人」
そして、その夜──
匿名掲示板《ダンジョン情報共有スレ》に、こんなスレッドが立つ。
【速報】深層で災害級モンスターを一刀両断した謎の黒フード、正体は誰だ? Part1
> 1:名無しの探索者
はい、今日の配信で見た。マジで一撃。ガチでヤバいやつだった。
「動きがあの人に似てる」って言ってる奴がいたけど、誰だかわかる?
> 5:名無しの探索者
黒影の英雄……昔、最強ランカーだったけど、5年前に消息絶ったって噂の?
> 12:名無しの探索者
やっぱりあの人、生きてたのかよ……
だが、当の本人──
黒フードの男、黒瀬 陸は、アパートのソファで伸びながら、ポテチを食べていた。
「……やっべ。つい斬っちゃった。目立ってないといいけど」
テレビでは、ユナの配信がニュースに取り上げられている。
彼はリモコンをぽちっと押して、電源を切った。
「……明日もバイト、だるいな」
──世界最強の男は、今日もただのフリーターを演じている。
だが、彼の静かな日常は、この配信をきっかけに、徐々に崩れ始めていた。
初投稿になります!