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第三章 少女の異常性、そして少女の器 その一

 拉致と聞き、急いでデンチ村の取引所を後にしたアミ達は、夕暮れ時の荒野をトラックで駆け抜けていた。トラックの運転席にはカーバティ、荷台にはイオとタイジと義眼のバッテリーが完全に尽きて眼帯をしているアミがいる。


 荷台の中は油と鉄の臭いが鼻を刺し、古びた毛布の埃っぽさが服にまとわりつく。金属の床はごつごつとして冷たく、トラックが揺れる度に空き缶や木箱ががらがらと音を立てる。暗く、狭く、息苦しい空間だった。


 タイジの喉から、苦しそうな嗚咽が漏れた。アミはタイジに粗末な毛布をかけてあげる。そんな中でイオの機械音声が切羽詰まった調子で響いた。


「アミ様……鉄道車両基地で事件が発生しました。大人の男達が突然やってきて、子供を数名拉致しました……」


 その報せに運転席のカーバティが真っ先に反応した。


 カーバティはアクセルから足を離したようで、ゆっくりトラックを停止させる。アミは見ることができないが、カーバティが無言でトラックを降りて荷台へ上がる気配がした。そして乱雑に積み重なった荷物の奥からごそごそと何か大きい物、おそらく野太刀を引き抜き、さらに荷台に置いてあったバイクを担ぎ上げたようだった。


 カーバティのその息遣いからは怒気が感じられる。


「許サン……。すぐに足取リヲ追って斬リ伏セル」


 カーバティが荷台から降りると地面にバイクを置く音が響く。そして荒野に響くバイクのエンジンの唸り、カーバティは今にも飛び出しそうだ。


「待って、カーバティ!」


 目の見えないアミが、エンジンの音を頼りに荷台から降りてカーバティに駆け寄る。そしてカーバティの太い腕を必死に掴んだ。


「お願い、やめて! 貴方が怒りに任せて人を傷つけたら、貴方はネオミュータントとして恐れられるだけになる。せっかく皆と仲良く、人と一緒に生きていくことを選んだのに、……もしここで人を斬れば、それが全部台無しになっちゃう」


 カーバティは一瞬固まり、強い口調で言った。


「しかし、子供達ガッ!」


 アミは頷く。


「分かるよ。あたしだって悔しい。でもカーバティはもう『奪う側』じゃないんだよ?」


 アミのその言葉を聞き、カーバティは深呼吸をして落ち着こうとする。


「あたしが……何とかする。でも、きっと一人だけじゃ無理だからあたしを支えて、あたしを守って」


 アミはさらに力強く言葉を重ねた。


 しばらくの沈黙。やがてカーバティは黙ってバイクから降りた気配、そして野太刀とバイクを荷台に戻したようだ。


「……分かった。アミを信ジル」


 アミは安堵の息を吐き、そっとカーバティの肩を叩く。


 カーバティはトラックの運転席に戻ったようだ。アミも荷台に戻る。そしてトラックのエンジンがかかり、運転が再開される。車内には緊張が残るが、少しだけ空気が和らいだ。


「ねえ、何があったの? ちゃんと教えてほしい」


 アミはイオとタイジに優しく声をかける。


「……イオは、ア、アミ様に事件の詳細をお伝えします。……アミ様がいない間に男達が襲来し、子供数名を拉致して去りました。その時、男達は自らを暴力団と名乗り、抗生物質の盗難の報復だと話しました」


 イオの電子音声が震えているような気がした。


「えっと、こうせい……物質?」

「体内の細菌をやっつける……素晴らしい薬です」


 そうイオが補足する。


 タイジが嗚咽を漏らしながら懸命に言葉を紡ぐ。


「……リリが、ずっと熱で苦しんでて……。ぼ、僕ら、どうしても薬が欲しくて、こっそりあいつらの病院に忍び込んだんだ。でもバレたみたい……。ごめんなさい、ごめんなさい……」


 タイジの悲痛な謝罪が車内に響いた。


 イオは悔しそうに話し続ける。


「イオは警報を出して他の子供に報せ、二人の子供と隠れて難を逃れました……」


 アミは泣きやまないタイジをそっと抱き寄せ、頭を撫でた。


「うん……。頑張った。リリのために必死だったんだね。でもやり方を間違えたみたい。盗みはいけないよ」

「ごめんなさいアミ姉ちゃん……。次からは相談する……」


 カーバティは運転席で、やるせない気持ちを吐露するようにハンドルを強く叩いた。


「誰が連れていかれたの? 何人?」


 アミが尋ねると、タイジが小さな声で答える。


「カイとユウト、それにユイとタケシも……。皆あっという間に車に詰め込まれて……」

「そう……怖かったね。後はあたし達に任せて」


 イオはアミの傍で熱を放つ。


「アミ様、イオには地球のどこからでも無線でインターネットに接続できる、衛星通信システムが内蔵されています。インターネットを使った調査によると暴力団の名称は『銃紅心死ガン・レッド・ハート・デス』です。闇金、裏カジノや闇病院の支配者として悪名高い者達です。そして彼らは終点町の地下の直営カジノにいると予想されます」


 そうイオが報告する。


 アミの心臓がどくりと跳ねた。


「地下か……」


 終点町の地下、かつての地下鉄道の跡地だ。放射能の影響が少なくミュータントも来ないその場所は、アミのような貧しいスラムの住人には近づけない金と権力が支配する世界だ。銃火器で武装した沢山の兵士がいる。


 けれどアミは迷わない。


「絶対に取り返す。……皆、あたしに力を貸して」

「力ならイクラでも貸ス。……ダガ暴力だけでの解決ハ難シイ世界……。アミの知恵ニ期待する」

「分かりました! アミ様、イオも最善の支援を誓います!」


 カーバティとイオはそう答えてくれた。


 アミは大きく深呼吸をして「ありがとう」と囁く。


「あたしは誰も見捨てない」

「アミ、終点町が見えてキタゾ」


 カーバティがアミにそう告げる。車窓の外で終点町の廃ビル群の淡い灯りがぽつぽつと揺れているのが見えたのだろう。トラックは荒れた道を真っすぐ進んでいく。


 アミの心は煮えたぎっていた。

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