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第ニ章 少女と平和主義なネオミュータント その三

 カーバティがこの家にやって来た日、カーバティは見るからに衰弱していた。全身が泥と傷に覆われ、巨大な体がぐったりしていた。


 アミは急いで貴重な飲み水をバケツに入れて用意し、カーバティの前に並べた。手元に残っていたパンや干し肉、冷たいスープまで、とにかく口にできそうなものをかき集めて差し出した。


 だが、カーバティの身体の大きさを思えば、用意した食事ではとても足りそうにない。それでもカーバティは水を何度も何度も喉に流し込みながら、食べ物は遠慮がちに少しずつ口にしただけだった。


「もっと食べても良いんだよ?」


 そうアミが差し出すと、カーバティは首を横に振って答えた。


「ダイ、大丈夫……。自分ハ光合成ができる。少しくらい食べナクても何とかナル……」

「こう、……ごうせい?」

「光合成とは植物や藻類などの生物が、光エネルギーを利用して二酸化炭素と水からグルコースなどの糖質を合成する反応のことです」


 そうイオがフォローしてくれた。


 カーバティの言ったことが冗談なのか本当なのか、アミには分からなかった。だが確かにカーバティの緑色の皮膚にはどこか苔のような緑色の斑点がちらほらと浮かんでいた。


 それからアミはゴミ山から拾ってきた大きなデッキチェアを外に出し、その上にカーバティを寝かせた。カーバティは一言も文句を言わず横たわるとすぐに深い眠りに落ちた。まるで何日も眠っていなかったかのように、夜が明けても寝息を立てていた。


 そして翌昼、空は雲ひとつなく晴れ渡り、荒廃した町にもほんのり暖かい日差しが差し込んでいる。


 アミは朝早くから小屋の片隅で料理の支度を始めた。太陽光でソーラーパネルがしっかり発電してくれているおかげで今日は義眼のバッテリーも絶好調だ。


 アミはヒカリウシ(発光体質になった牛のミュータント)の肉を薄く切り、クモブタ(足が六本になった豚のミュータント)の脂身と一緒にフライパンでじゅうじゅうと焼く。焼けた肉からは微かに光が滲み、室内が淡い色で照らされた。次に蒸し器で硬いパンを蒸し、鍋に入れているスープには干した豆と色々な野菜を加えた。


 そうして料理の香りが小屋いっぱいに満ちた頃、カーバティが眠そうな顔で外から入ってきた。カーバティの巨大な体はまだ少し頼りなさげでフラフラしている。それでも昨日よりはずっと生き生きとして見える。


 アミは粗末なちゃぶ台の上にヒカリウシとクモブタの肉、硬い蒸したパン、そして湯気の立つスープを並べた。


「……肉が光ってイル……。美味しソウ……」


 カーバティは目を輝かせながら、ちゃぶ台の前に腰を下ろす。


「タンパク質、脂質、炭水化物の量も適当だとイオは分析します」


 イオもちゃぶ台の隅でアミとカーバティの様子を観察している。


「では……頂きます!」


 アミが手を合わせて明るく声をかけると、カーバティもアミと同じように少し遅れて不器用に手を合わせる。


 アミがパンをちぎって頬張る。


 その横でカーバティは使ったことのない二本の箸を両手に持って困惑し、箸で慎重に肉を挟むと豪快に口に運ぶ。その次にスープの鍋をおそるおそる持ち上げ、やがて一気に飲み干した。喉の奥からごくごくと音が響く。カーバティは微笑むアミと目が合い、少し照れくさそうに目を逸らした。


 食事の後、柔らかな静けさが漂う。


 アミはスプーンを置き、思案しながらカーバティを見つめた。


「ねぇカーバティ。これからどうしたい? やりたい仕事とか、得意なことってある?」


 カーバティは肩を落とし、しょんぼりと俯く。


「……自分は、図体バカリ大きくて何もできナイ無能……。その上不器用で細カイ作業は苦手デある……」


 その言葉にアミはパンをちぎる手を止めて、ぽかんと首を傾げた。


「でも、ほら。刀持っているじゃない? 強いんでしょ?」


 カーバティは傍らに置く大きな刀(野太刀と言うらしい)に目を落とした。そうしてどこか皮肉っぽく、苦笑しながら口を開く。


「……こんな棒切レ、多少上手に扱えたトコロで何の役にも立たナイ。それに……」


 カーバティは拳をちゃぶ台の上に乗せて強く握り締めた。


「暴力が得意なダケで、何の権限ガアッテ他者の命を奪ったり、他者を征服しタリできるのダロウか……。暴力が得意だからト言って、何が偉イのか……自分には分からナイ」


 空気が少しだけ重くなる。


「ふーん……」


 アミはその主張を受け止めつつ考える。


 暴力が蔓延る今の世の中、強さこそ正義と信じている人も多い。けれど、きっと自分が本当に強いからこそ、カーバティは強さの価値に疑問を持っている。改めてアミはカーバティが平和主義なネオミュータントなのだと、しみじみ思った。


 ちゃぶ台の隅にいるイオが小さな機械音で「自己評価、過小傾向……」とアミに囁く。


 アミは少しだけ考え込み、やがてカーバティを見つめて、柔らかく微笑んで言う。


「何かを壊すためじゃなくて、誰かを守るためにその強さを使えたら、それは素敵なことだと思う」

「ッ!」


 カーバティははっと驚いたように顔を上げた。


 アミはちゃぶ台に乗り出し、満面の笑みで対面にいるカーバティの手を握る。


「無能なんて思わない! 急いで得意なことを見つけなくても良いんだよ。少しずつ一緒に得意なことを作ったり探したりしていこう!」


 手を握られたカーバティはしばらく迷ったように黙っていた。だが、やがて「……うむ」と言ってゆっくりと頷いた。



********************



 そうしてカーバティが十分に休息を取って二日が経過し、アミの待ち望んでいた日が来た。今日はアミを含めた終点町のスラムの子供達の集会が開かれる日なのだ。アミはこの機会にイオとカーバティを紹介するつもりだ。


 アミの家の外では、焚き火の周りに集まった大人達が声を潜めて会話をしている。


「腕に白い布を巻いた男を見たって?」

「ここまで近づいてきているのか……」


 アミは何となく足を止める。


「白い布を巻いた人達、本当に町ごと消しちゃうのかな……」


 アミはドラム缶の中の焚き火を見つめながら呟いた。ドラム缶には『終点町は非効率』とスプレーで書かれていた。


「夜道を照らしてくれる灯があれば、きっと逃げられるのに……」


 町の人々は何かに怯えていた。


 アミはイオとカーバティの存在が町の人々を驚かせないように気を配った。イオを袋に入れて、カーバティには全身を覆う粗布をまとってもらって更にお面(お祭りで当たったひょっとこの物)を被ってもらった。


 そうしてアミ達は目的地に辿り着く。


 集会が行われる廃棄された鉄道車両基地は巨大な鉄骨の骨組みがむき出しになり、朽ちた列車や部品が無造作に転がる広い空間だった。天井のガラスはほとんど割れ、床には錆びた工具や廃材が散乱している。かつての整備用のピットが残り、そこには車両が廃棄されている。


 ここは子供達の秘密基地となっている。


 アミは廃棄された車両の前で、両手を大きく振る。


「皆集まって! 皆の新しい仲間を紹介するよ!」


 パンをかじりながら駆けてくる子、半分寝ぼけ眼のまま毛布にくるまる子、使い古したバケツを椅子代わりにしている子、他にも色々、それぞれの事情を抱えた七人のスラムの子供達がぞろぞろとアミの前に集まってきた。


「これがイオ。凄く賢いロボットなの!」


 アミは袋からイオを取り出し、皆に見えるように両手で持ち上げた。


「皆さんはじめまして、イオと申します。今日は皆さんと一緒に働けるのを楽しみにしています」


 子供達は興味津々でイオを囲み、好奇心の塊のような目でじっと見つめる。


「すごい、機械が人みたいにお喋りするんだ!」

「ねーね! ちょっとあたしに貸して!」

「目が光ってる! ロボットの表情が分かる!」


 誰かがイオのカメラアイに指を近づければ、イオは「壊れてしまいます。手加減願います」と困った様子で応える。


「皆、丁寧に扱ってあげてね」


 アミは注意しつつも、その様子を嬉しく思い眺める。イオは「皆さんの力になれるよう、全力を尽くします」と健気に宣言する。子供達はすっかりイオの虜になっている。


 アミはそんな和やかな空気の中で一呼吸を置き、隣に立つもう一人の仲間のカーバティを紹介する。


「それと……もう一人、皆の新しい仲間を紹介するよ! 名前はカーバティ・カーバティ。とっても優しいネオミュータントなの!」


 カーバティがお面を外し、全身を覆っていた粗布を払い除ける。カーバティは大きな体をできるだけ縮こまらせ、アミの後ろからそっと姿を現す。そしてガチガチに緊張しながら子供達に丁寧に挨拶をする。


「お、オハよう……ございます。ゴゴ、ご紹介にアズかりましたカーバティ・カーバティです。……本日は皆様とココで働かせていただきたく存ジマス……」


 その瞬間、子供達の空気がピリッと張り詰めた。


「わっ、わっ! 何でネオミュータントがここにッ!?」

「うぉぉお。……で、でかい……」


 その声と同時に小さな子は思わず後ずさりし、年長の少年は妹の手を引いて奥へ逃げた。臆病な子は寝床に頭を隠し、勇気のある子も身構えてカーバティと対峙する。一人二人とざわめきが広がり、誰もカーバティの近くには寄ろうとしない。


 カーバティはしょんぼりと肩を落とし、下を向く。大きな両手の人差し指同士を合わせ、立ち尽くしている。


 イオが触手のような足を使ってトコトコとカーバティの足下までやってくると「元気出して」とカーバティを慰める。アミは慌ててカーバティと子供達の間に入り、声を張り上げてカーバティのフォローに回る。


「カーバティはネオミュータントだけどあたし達の大事な仲間だよ! あたし達を絶対に傷つけたりしないって、あたしが約束する!」


 子供達の中から、小さな女の子が不安そうに尋ねた。


「本当に……人、食べたりしない?」


 カーバティは「食べナイ。絶対食ベナい」と言って何度も頭を下げる。


「その……怖ガラせて、すまナイ」


 子供達はなおも警戒を解かないが、だんだん落ち着いて少しだけざわめきが静まる。アミは気を取り直して、仕事の割り振りを始めた。


「じゃあ、今日はそれぞれ仕事を分担しよう。イオは機械の部品に強いから皆と一緒にゴミ山で集めた宝物探しを手伝って。皆は役に立ちそうな機械や部品、売れそうな金属の塊、古いデータ端末なんかを見つけたらどんどんイオに聞いてみてね!」

「やった! イオ、宜しくね!」

「この前見つけたラジオ、直せるかなぁ?」


 イオは子供達に囲まれ、いきいきと知識を披露する。


「このスーパーロボット、ジーニアス・イオにお任せ下さい!」


 イオと接する子供達の顔に笑顔が浮かぶ。だが、カーバティの周りは静かなままだった。誰も近づこうとせず、遠巻きに見ている。


 アミはそっとカーバティの横に立ち、囁くように言った。


「ごめんねカーバティ。でもこれから少しずつ信頼を得れば、仲良くなれるよ」


 カーバティはアミを見て、小さく「ん」と頷いた。その表情は少し寂しそうだ。


 年長の少年がおそるおそる口を開く。


「ごめんなさい、カーバティさん。悪い人じゃないって分かっていても、怖い……」


 他の子達も黙って頷き、距離をとったままだ。


 アミはすぐにカーバティを励ますような明るい声色で提案する。


「じゃあカーバティ、今日はあたしと一緒に隣村まで家畜を運ぶ仕事をしようよ! あたしと二人なら大丈夫!」


 鉄道車両基地の一角では既にイオが子供達に囲まれ、機械の説明や冗談を言っている。こちらは問題なさそうだとアミは判断し、この場をイオに任せた。


 アミとカーバティは鉄道車両基地を後にし、外へ出た。扉の向こう、朝の光が二人を包み込む。アミは一度、後ろを振り返って明るく手を振った。


「じゃあ行ってくるね! 今日も良い一日になりますように!」


 カーバティも気恥ずかしそうにぎこちなく手を振る。


 対し、子供達は遠くからカーバティに手を振り返したり、中には敬礼を送った子もいた。そんな風に、少しではあるがカーバティは子供達に受け入れられていた。カーバティはわずかに口角を上げ、照れくさそうに微笑んでいた。

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