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第ニ章 少女と平和主義なネオミュータント そのニ

   【サイド、アミ】


「ここがあたしの家です。散らかっていますけど……どうぞ」


 アミは自宅であるバラック小屋の扉を開け、濡れないように傘を差してくれたとっても大きな人(?)を一緒に家に招き入れようとした。今のアミは体内のバッテリーがなく目が見えていないが、四畳半の部屋の中にはちゃぶ台とほつれた布の座布団が置かれているはずである。そこに客人を案内するつもりだ。


 そのちゃぶ台の上には、丸い金属とプラスチック製のロボットのイオが鎮座しているはずだ。


「アミ様、おかえりなさい」


 イオのカメラアイが動く音がする。アミを検知したようだ。アミは自然と微笑んでイオの頭を軽く叩いた。


 イオは頭部だけのロボットだが、頭部の首にあたる部分からタコの触手かクモの足のようなものが出るようになった。最近は器用にアミに巻き付いて体を動かし、アミの頭の上まで登るのが流行りになっている。今もイオが触手を器用に使い、いつものようにアミの頭の上に陣取る。


「ただいま、イオ。今日お客さんがいるんだよ。とっても親切な人なの!」

「お客様……?」


 イオが言葉を終えるや否や、アミの背後からドスンと重たい音がする。そうしてとっても大きい人が部屋に入ってきた。


 小さな部屋ではあるがそれが更に狭く感じるほどの圧迫感である。目の見えないアミは気配でしか分からないが、とっても大きい人は小さな座布団に座ろうとしているようだった。おそらくその身体には小さすぎて、お尻のほうがずいぶんはみ出していることだろう。


「イオ、この人がその親切な人!」

「イオはご挨拶します……。え? 人?」


 イオが声を震わせている。カメラレンズを不安そうに小刻みにカタカタ動かしている気配がする。


「??」


 アミはそんなイオを不思議に思いながら、目を覆っている眼帯を外す。そしてそっと首元の端子を伸ばして取り出し、壁のコンセントに差し込んだ。そのままアミはすぐ傍の台所に向かい、お湯を沸かし始める。


 アミは見えないが、部屋の中の空気は張り詰めているように感じた。とっても大きい人の呼吸は低く、ごろごろとした音が時折聞こえる。イオはその度にピピッと短い電子音を立てて小さく身を震わせていた。


 アミのサイボーグの目がゆっくり起動して、じんわりと頭が温かくなる。視界がぼんやりと、そしてくっきりと色彩と形を取り戻していく。


 狭い室内の中心には古いちゃぶ台が置かれている。壁際には壊れかけの家電が積まれ、布団とストーブが隅にある。隙間風が通り抜けるが、子供の手で飾られた雑貨や色褪せたぬいぐるみが、ささやかな温もりを添えている。


 ちゃんとお客さんの顔を見て礼儀正しく挨拶をせねばという心持ちで、アミは気合を入れて振り返った。


「ひっ!」


 思わず短く悲鳴が漏れた。ガシャーンと持っていた急須を床に落とした。


 目の前のお客さんはどう見ても人間ではなかった。


 全身が緑色の鱗と厚い皮膚で覆われ、肩幅は子供一人分ほどもある。腕も太く、手には獣のような鋭い爪がある。頭には角のような突起がいくつかあり、口から鋭い牙が見えている。尻尾が床の上を無意識にゆっくりと叩いている。


 親切な人だと思っていた客人はネオミュータントであったとアミは初めて気づいた。イオはギギギとカメラの駆動音を立ててアミとネオミュータントを見比べている。ネオミュータントは少し居心地悪そうに体を小さく丸め、キョロキョロと辺りを見渡しながらお行儀良く正座をしていた。


「……」

「……」

「……」


 奇妙な静寂が三者の間を支配する。


 アミがそのまま沈黙し続けていると、ネオミュータントのお腹から「ぐぅう」と空腹を知らせるお腹の音がした。


「!」


 その時、アミは閃く。空腹なら胃を満たせば良い。自分の血肉以外の食糧で!


「あ、あたし! 何か作りますね!」


 アミは台所に戻ろうとする。


 ネオミュータントはその重い口を開く。


「……オレ様、オ前、マルカジリ」


 イオが突然、大きな電子音で叫んだ。


「ア、アミ様! ネオミュータント個体デスッ! 至急避難推奨! 繰リ返シマスッッ、ネオミュータント個体デスッッッ!」


 イオは「シャーッッ!」と子猫の威嚇のようなこともして、アミの頭の上から転げ落ちる。そのままカタカタと転がりながらアミの足下に張り付き、隠れる。


「うぇぇええん! あたしの人生、ネオミュータントに捕食されて終わるんだあああ! 生きたまま頭からムシャムシャ食べられるんだあああ!」


 アミは手に持った湯呑みをカタカタ震わせ、泣いてしまう。涙だけではなく、汗、鼻水、よだれ、顔から出るもの全部出して全力で泣き叫んだ。


「ん。冗談……」


 ネオミュータントは二人の様子を落ち着いた目で、少し悲しそうに見つめている。


「うええ!? ネオミュータントって冗談とか言うの!?」


 アミは必死に呼吸を整え、バタバタと湯呑みを用意する。頑張ってこの場をやり過ごさなければ食い殺されると自分を何とか奮い立たせようとするが、どうしてもその手はガタガタ震えて、お茶を零しては入れ直すという作業を繰り返していた。


 そうして何とかお茶を用意し、ちゃぶ台の後ろに置かれた座布団に座り込んでネオミュータントと相対する。


 イオはその間「頑張ッテ、アミ様……頑張ッテ……」と応援しているのか怯えているのか分からない小さな声を発していた。


「自分ハ……人間は食ベナイと決めてオリます」

「は、……はああぁぁぁ、最近はそういうネオミュータントもいるんですね。あたし知らなかったなぁ……。アハハハ……」

「ネオミュータントイコール危険対象。ただし現状は被害なし。イオ、混乱、困惑。予測不能です……」


 アミは恐る恐るネオミュータントの前に湯呑みを差し出した。ネオミュータントの爪が湯呑みにカリっと触れると、イオがビクッと体を揺らす。


 ネオミュータントはまるで壊れ物を扱うように不器用に、慎重に湯呑みを持ち上げた。その巨大な手に比べると湯呑みは小鳥の卵のようだ。それをそっと口元へ運び、ゆっくりと飲む。


「……美味シイ。温かイ……」


 ネオミュータントの発した声は低い。でもどこか優しいものだった。


 アミはガクガクと膝を震わせながらも、イオの頭をポンと叩く。


「だ、……大丈夫だよ。多分……きっと……あたしに親切にしてくれたし……」


 そのようにアミは自分にも言い聞かせるように言った。


 イオはカメラアイをくるくると回して、アミの手の後ろに隠れたまま「この個体、敵意なし? 検証……続行中……」と呟いている。


「少シ、……話を聞いて欲シイ」


 ネオミュータントは落ち着いた口調で語った。元人間の自分が人を襲い、食すことに疑問を感じたこと。かつての仲間に追い出され、自分の意志でここまで来たこと。これからは人と共に人間社会の中で生きたいということを簡潔に話した。


「ふーん……。そうなんだ……」


 初めは酷く動揺していたアミとイオだったが、ネオミュータントの話を聞くうちにだんだん落ち着いてきた。


 アミは全ての話を聞き終え、しばしの沈黙の後に勇気を振り絞って尋ねる。


「……その、良かったら、お名前を教えてくれませんか?」


 ネオミュータントはアミとアミの後ろに隠れるイオを見比べて話す。


「イロハの、ハ号……。そう呼バレていた」


 ネオミュータントは「ただの識別番号のようであまり好きではない」と呟く。


「じゃああたしが新しい名前をあげる! ええっと……カーバティ……とかどう?」

「それはドウイウ意味なのダ? 名字? 名前?」


 ネオミュータントは首を傾げる。


「えっと、名字がカーバティで名前もカーバティ。だからカーバティ・カーバティ。知らない? カーバティって連呼しながら遊ぶゲームがあるの! とっても楽しいのよ?」

「親しみやすい良い名前だと思います。きっと人気者になれるとイオは推測します!」


 イオも少しだけ元気を取り戻し、横から合いの手を入れる。


 アミは自分の怯えを隠すように、小さな声で言った。


「……じゃあ、良かったら、これから一緒にご飯を……食べましょう。その後に人間社会で暮らすための作戦会議をしましょう。危ない人じゃないなら……」


 カーバティは頷く。そして「世話にナル」と頭を下げ、もう一口お茶をすすった。


 ちゃぶ台の上では、イオがアミの前に出てきてカメラアイを瞬かせる。


「……敵意なし。アミ様、観察続行、許可?」

「許可するよ、イオ」


 緊張と笑いが入り混じる不思議な団らんであった。アミもイオもまだ完全には安心できないけれどカーバティと何とかやっていけそうであった。


 ちゃぶ台の上には三つの湯呑みが並んでいた。

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