第一章 少女と壊れたロボット そのニ
朝、目が見えなくなったアミは杖を突きながらゴミ山の傍にある家へ向かった。
アミは胸に例のロボットの頭部と思われる機械をしっかりと抱いていた。その頭部は錆びており、一部の部品が露出している状態であった。夜明けに一度だけ返事をしてくれたが、それっきり反応はなかった。壊れているのか壊れる寸前なのかもしれないとアミは焦っていた。
トタンや板で造られたバラック小屋に滑り込む。そこは屋根が波打っており、壁の隙間からは風が入り込むようなボロボロの家だ。中は粗末な寝床と手作りの棚、拾い集めた道具が雑然と並んでいるやや狭い四畳半の部屋であった。義眼のバッテリーが切れて見ることはできないが、壁は色とりどりの布で覆われ、町で撮った様々な写真が貼られている。
この場所こそがアミの大好きな自分の空間だった。
「大切な電力だけど、今が使う時!」
アミは目を覆っていた黒い眼帯を外す。そして自分の首からサイボーグ特有の端子を引き出し、部屋のコンセントに接続する。すると家の屋根の太陽光パネルから作られて蓄電池に蓄えられた電力を得られた。
アミの視界がぼんやりと、やがてはっきりと開けていった。
「今日が晴れで良かった。日が沈むまでが勝負!」
まずロボットの頭部を自分の作業スペースであるちゃぶ台の真ん中に慎重に置く。次に精密ドライバー、ニッパ、ペンチ、ピンセット、ハンドルーペにはんだごて等を並べる。最後に自身の体より大きなぶかぶかのトレーナーの袖口をまくり、自身の頬を二回叩いて気合を入れた。
「よし、やるか!」
そうしてアミはロボットの修理を始めた。まずアミはゆっくりと頭部の筐体を開ける。
「すごい。こんな高性能な物、見たことない」
中には複雑な電子回路や長寿命の原子力電池が見える。こんな代物をアミは見たことがなかったが、それでもアミは全力を尽くすことにした。
自身の経験を基に回路基板を注意深く観察し、焼けた部品や断線を見つけていく。そして壊れているものを取り外し、ゴミ山で見つけた使い道のない部品と交換して回路を修理していく。慣れた作業だった。
「音がする……」
アミはロボットの頭部から微かな音を聞いた。
確かな手応えを感じる。
そうしてアミが修理を終え、ケーブルの配線を整理したりコネクターの接続を確かめたりしていると淡くロボットの目が光り始めた。ゴミ山でロボットが返事をしてくれた時と同じである。そしてロボットのスピーカーから「起動」と音声が出る。
アミは嬉しくてたまらなかったがすぐに集中力を取り戻し、作業を続けた。気がつけば、飲まず食わずで六時間も作業を続けていた。
もう日が暮れようとしていた。
回路の修理を終え、ロボットの頭部を再び組み立てる。そしてアミはバッテリーを温存のために自身の義眼の機能を停止させ、ロボットを正面に据えて話しかける。
「……AIさん。大丈夫? 自分の名前、分かる?」
そうアミが尋ねる。
アミは簡単な機械の修理はできるが、複雑な精密機械の知識はほとんどない。何か不具合が残っているのならばロボットの人工知能に自己申告してもらうより他にない。
「ダ、イジョウ、ブ、デス」
アミはロボットのスピーカーも交換したが、古いラジオカセットレコーダーの物だったから上手く話せないかもと不安だった。しかしロボットの返答を聞くと、何とか簡単な会話ならできそうであると安心する。
「ハ、……ハイキ、ブツ、ジュウサン、……ゴウ」
そう名乗った。
「廃棄物十三号? それが貴方の名前?」
「ハイ」
「うーん、全然可愛くない。ずっとその名前だった訳ではないでしょう? 前は何て呼ばれていたの?」
「……分カリ、マセン」
アミは人工知能の記憶に関する部分が壊れているか、消されていることを察した。どちらにしろあまり喜ばしいことではない。この大事な商品を可能であれば完全に近い状態にして売ってあげたい。それが、このロボットと未来の買い手への誠意だとアミは思った。
「じゃあ、あたしが名前を付けてあげる」
アミは頭を捻る。
「AIに因んだ名前が良いかな。『エー』って日本語だと『あ』のことなのよね。あたしがアミだから……。イ、イ……オ? うん。そうね。貴方の名前はイオにする!」
「イオ? ……イオ」
イオのスピーカーがわずかに反応して、イオは自分の新しい名前を繰り返した。それに呼応するように頭が小刻みにガタガタ震え出した。人工知能なりの感情の表現だろうか? まるで人間のようだとアミは思った。
「イオ、沢山お喋りしましょう!」
アミは満面の笑みでイオに話し掛け始める。
「イオって、あたしが拾うまで何してたの?」
「データガ、無イデス。記録ガ消去サレテイマス……」
「そっかぁ……。じゃあ、イオって何かできることある?」
アミは興味津々に尋ねる。
「……高度計算、パターン認識、データ解析……。イオハ、ソノ他、機能モアリマシタガ、現在ハ、制限中デス」
「ふーん……制限ね。今のイオは人を助けてくれる?」
「……ハイ。イオハ可能ナ限リ人ヲ支援シマス」
アミは腕を組んで考え込む。
「なるほど、頼りになりそうね。例えば料理とか、後は……そう、困った時の人生相談とか、そういうのもできる?」
「料理ノ知識ハ保有シテイマス。人生相談モ可能デス……。人ノ幸セヲ支援シマス。ソレガイオノ目的ニナリマシタ」
「人の幸せが目的かぁ……。それ、凄く良い!」
アミは一瞬、驚いた。そして自然と笑顔になる。
「じゃあもっと聞くね。イオの最初の記憶って何?」
「……独リ……暗闇ノ中……。イオハ停止状態デ、長期間放置……。次ノ記録ハ、アミ様ノ声……」
「ん? ……あたしの声?」
「……廃棄状態デシタガ、アミ様ニ拾ワレ……目覚メマシタ……」
その言葉に、アミは心のどこかが少しだけ温かくなった気がした。イオは捨てられたが、誰かの役に立つために二度目の生を受けたのだ。それは素敵なことだとアミは思う。アミは自分がその切っ掛けを作れたことを誇らしく思うと同時に、イオの未来の所持者が良い人であることを祈った。
「それって、なんだか運命みたい!」
「……運命。イオハ理解シマス。アミ様トノ出会イハ、運命……ウンメイ……」
その後もアミはイオにイオを売り込むための性能や能力について質問を投げかけた。だがイオの答えは不明瞭なものか答えられないものばかりだった。やはりイオは多くの機能を制限されているか、失っているようだった。
「……不出来ナ機械デ、申シ訳アリマセン……。イオハ反省シマス」
イオは落ちこんでいるのか、そのまま黙ってしまう。
イオの人間のような振舞いにアミは可笑しくなってしまった。
「ふふふ、気にしないで。それじゃあイオの知ってること教えて」
ここでアミは大人達から断片的に聞かされてきた昔の世界についてイオに尋ねてみた。イオは少しの検索時間の後、静かに語り始めた。
イオの記録によると、この世界はかなり繁栄していたようだ。昼夜問わず都市は輝き続け、そこら中に大量生産された労働ロボットが溢れ、自然環境はコントロールされ、人々は何不自由なく暮らしていたそうだ。しかしその繁栄は脆く儚いものだったと、イオは片言の言葉で懸命に話してくれた。
「へぇ……。どうしてそんな凄い世界がなくなったんだろう……」
きっかけは些細なことだったようだ。希少な資源を巡る争いが、やがて国や人種の違いによる敵意を生み、止まらない殺し合いの応酬になったとイオは説明した。
イオの言葉はまるで遠い神話のようだった。アミはそんな夢のような世界が本当に存在したのか、想像することもできなかった。
アミとイオは眠ることを忘れ、そのまま朝まで語り明かした。