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第五章 それぞれの戦場 そのニ

   【サイド、カーバティ】


 終点町の外れ、雨がしとしとと降り続ける灰色の廃墟地帯にカーバティと三人のスキーピーはいた。カーバティは泥に足を取られながら、スキーピー達と身を潜めていた。


 遠くで断続的な銃声と爆発音がこだまし、頭上からは軍用ドローンの鋭い風切り音が聞こえる。廃工場の窓越しに閃光弾のまばゆい光と断末魔の叫び声が交錯する。戦場の空気は血と鉄と焦げた油の臭いが渾然一体となっていた。


「こっちです」


 そう長男格のスキーピーが小声で指を差す。


 スキーピー達はかつては全く同じ顔、同じ声、同じ動きだった。だが今はどこか微妙に表情が異なって見える。怯える次男格のスキーピーと三男格のスキーピーは力強い長男格のスキーピーの背中を見て、心の支えとしている。


 カーバティはスキーピー達の間に兄弟の絆が生まれていると分かった。


「音を立てルナ……」


 カーバティは己の巨体が目立つことを自覚し、息を殺しつつ瓦礫の山の影へと身を滑り込ませる。


 スキーピー達も泥だらけになりながら、カーバティの後を追う。小刻みに手が震えているのは恐怖だけではないだろう。スキーピー達にとって今が、どう生きるかを選ぶ局面なのだ。そういう決意がスキーピー達の顔に浮かんでいた。


「……」


 廃墟の合間から、光沢のある装甲に覆われた三人の強化外骨格兵が現れる。重厚な機械の脚、肩に装着された火器、顔を覆い隠す黒いマスク、腕に巻かれた白い布が目立っている。歩くだけでコンクリートの床が軋み、水たまりが跳ねる。


 その姿を見た瞬間、カーバティは咄嗟にスキーピー達を壁の陰に押しやった。


 だが長男格のスキーピーはそっとカーバティを制し、深呼吸を一つしてからそろそろと手を上げて遮蔽物の影から姿を出す。


「危険ダ!」


 カーバティが咄嗟に腕を伸ばすが、長男格のスキーピーは首を振った。


「交戦の意思はありません! 僕は、話し合いに来ました! 戦争を終わりにしましょう!」


 その声は雨音と爆発音の中でもはっきりと聞こえた。強化外骨格兵達が警戒態勢を取り、ライフル銃の銃口を長男格のスキーピーに向ける。


 静寂。緊張が張りつめる。


 次の瞬間、強化外骨格兵達の肩に埋め込まれたスピーカーから、電子的に加工された低い男性の声が響いた。


「スキーピー・バルボア、通信を認識できますか? こちらは研究所。帰還せよ。開戦せよ。これは命令であり、反逆は許可されない」


 長男格のスキーピーは敵兵を、その奥にいる研究所を睨みつけた。次男格のスキーピーと三男格のスキーピーは身を隠しながら膝を抱えて震えている。


 カーバティはスキーピー達の心情を察する。


 スキーピー達にとって研究所の命令は絶対だったのだろう。きっと生まれてからずっとだ。自分達の存在理由は指示に従うことだけだと思っていたのだろう。だが今は違う。自由を知った。仲間を思う心が生まれた。そういう熱が長男格のスキーピーの胸の奥から湧き上がってきているに違いない。


「帰還せよ」

「開戦せよ」

「帰還せよ」

「開戦せよ」

「帰還せよ」

「開戦せよ」


 電子音声が繰り返される度に、強化外骨格兵達の動きがわずかに早まっていった。


「どうしたら良いの……?」


 次男格のスキーピーが消え入りそうな声で尋ねる。


「命令……それが僕達の存在理由だった。でも……命令の外側にも守りたいものが生まれたんだ……」


 長男格のスキーピーは空を仰ぐ。


「……戦争が命令なら、従わない! それが……自分で選んだ答えだ!」


 その言葉にはありったけの勇気が詰め込まれているに違いない。真の勇者がここにいたのだと、カーバティは強く思った。


 空気がピンと張り詰める。


 電子音声が一瞬だけ沈黙し、次いで野太い声が響いた。


「反逆個体認定、殲滅対象」

「兄さん逃げて!」

「誰かっ! 兄さんを助けて!」


 重い金属音がした。強化外骨格兵達が一斉にライフル銃を構える。次男格のスキーピーと三男格のスキーピーが長男格のスキーピーを庇おうとし、跳び出そうとする。それをカーバティが全力で押さえた。


「行ってはダメだ!」


 長男格のスキーピーはわずかに微笑み、両手を広げ、叫んだ。


「皆、生きろ!」


 乾いた発砲音がした。閃光と共に弾丸が長男格のスキーピーの体を貫いた。長男格のスキーピーの体がその場に崩れ落ちる。


「兄さんッ!」


 次男格のスキーピーが叫んだ。三男格のスキーピーは言葉にならない声で喚いた。カーバティの喉から咆哮にも似た唸りが漏れた。


 雨はさらに強くなり、血と泥が地面に滲む。


「……自分で生きるって……こういうこと、だったのか……」


 カーバティの目の前で、長男格のスキーピーは苦しげに、でもどこか安堵したような微笑みを浮かべてゆっくりと目を閉じた。


「敵を……討つ」


 カーバティの理性が削られていく。胸の奥から湧き上がる怒りが、かつての暴力でしか世界と繋がれなかった日々を呼び覚ます。


 三人の強化外骨格兵達がライフル銃をこちらに向けながらやって来た。


 怒りに任せてカーバティは瓦礫から跳び出し、驚愕する強化外骨格兵達の前に躍り出た。銃声がした。だがカーバティは止まらない。皮膚と肉を抉る銃弾の痛みも、今のカーバティを止められない。


 一人、二人、三人、カーバティは機械には真似できない獣特有の俊敏な動きで、強化外骨格兵達の間を縦横無尽に駆け抜ける。野太刀で器用にライフル銃を叩き落とし、装甲の薄い関節部を切りつけて切断した。カーバティの野太刀は芯の部分には軟鉄を、外側には超硬合金を合わせた特注品であり、鋼鉄をも断ち切る斬鉄剣である。


 強化外骨格兵の大きな腕、足がバラバラになって地に落ちた。


 そしてカーバティは三人の内の一人に狙いを絞り、その兵士の強化外骨格ごと廃墟の壁に叩きつける。

 強化外骨格兵が呻き、動けなくなった。


「ヒッ……助け……」

「罪もナイ者を……ヨクモっ」


 カーバティは剥き出しの力で強化外骨格の頭部をこじ開け、マスクを剥ぎ取る。現れたのはあまりに見慣れた、スキーピー達と同じ顔だった。


 カーバティは動きを止めた。息を呑む。


「オ、オ前モ、スキーピーなのか……?」

「ハッ、ハッ、ハッ……」


 強化外骨格兵は怯えたように短い呼吸をしながら、カーバティを見上げた。


 カーバティの脳裏に長男格のスキーピーと過ごした日々の記憶が蘇る。カーバティは拳を握り締め、呼吸を荒くしながら動けない。ここで怒りに身を任せてこいつを殺せば、また奪う側に戻ってしまう。だが長男格のスキーピーを殺された怒りが消えることはない。


 駄目だ……。もう繰り返してはならない。


 アミが、皆が、自分を変えてくれた。奪うことしか知らなかった自分に、守ることを教えてくれた。


「殺さナイ……」


 カーバティはゆっくりと拳を下ろした。


「……??」


 強化外骨格兵の顔には安堵と混乱の入り混じった表情が浮かぶ。


「兄さんは自分の意志で選んだ道を行った……」

「兄さんは僕達の光だった……」


 残されたスキーピー達が駆け寄り、長男格のスキーピーの亡骸の前に膝を突く。そして目を真っ赤にして泣きながら長男格のスキーピーを見送った。残されたスキーピー達は初めて命令から解放された痛みと喪失を、そして意志という新たな重みを噛みしめているに違いない。


「……ッ」


 カーバティは二人のスキーピーをしっかりと抱き寄せ、奥歯を噛みしめて空を睨んだ。強化外骨格兵達の間に戸惑いと迷いが広がる。カーバティは深呼吸し、涙を滲ませながら敵兵に語りかける。


「強化外骨格は破壊サレタ……。モウ戦えないだろう。……引ケ」


 強化外骨格兵達はしばらく沈黙したまま互いの顔を見合わせていた。やがて壊れた強化外骨格を脱ぎ去り、ゆっくりこの場を去った。

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