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第五章 それぞれの戦場 その一

 アミ達が身を寄せることとなった駅の待合室はプラットホームの中にあり、古びたベンチとひびの入った窓ガラスが並ぶ寒々しい空間であった。薄暗い天井灯がちらつき、壁には破れた時刻表や色褪せたポスターが残る。避難してきた地上の人々は毛布にくるまり、怪我で戦場を離脱した兵士はベンチに寝かされていた。


 アミは救急セットとイオを抱え、ベンチの上に横たわる兵士の青年に駆け寄る。軍服は破れ、胸から肩にかけて血が滲んでいた。フリーズから立ち直ったイオが出すライトの下で、アミはできる限りの応急処置を始める。止血用の布を噛ませ、傷口を急いで消毒し、細い声で「大丈夫だよ、怖くない」と何度も繰り返した。


 兵士の青年の息は浅く、肩で必死に呼吸している。アミが額に濡れタオルを当てると、少年のように弱々しい顔でアミを見上げた。


「寒い……寒い。まだ、死にたくない。……生きたい……生きたい」

「うん、大丈夫。絶対に諦めないから、頑張ろう」


 アミは震える手で兵士の青年の手を握る。自分の指も血で真っ赤になっていた。イオの顔のディスプレイが示した心電図計の値は、既に致命的な数値を指していた。大人達は口元を固く結び、誰もが祈るような眼差しで見守る。


「ありがとう……ありがとう……」


 静かに兵士の青年は息を引き取った。アミは何も言えず、兵士の手を胸元に戻して目を閉じさせる。誰かがすすり泣き、誰かがただ黙って立ち尽くしていた。


 雨音と時折響く遠雷だけが世界を包んでいた。


 やがて別のベンチでは顔面蒼白の婦人がしゃがみ込み、肩を震わせていた。幼い女の子がその背中を撫で、「お母さん、泣かないで」と囁いている。避難民の中にはパニックに陥る者もいれば、呆然と窓の外を見つめるだけの者もいた。


 カーバティは奥の壁際で怪我人を支え、治療を手伝う。スキーピー達は並んで無言で立ち尽くし、悔しそうに握り拳を作る。


 その時、轟音が待合室を揺るがせた。


「空襲だ! 全員伏せろ!」


 誰かが叫ぶと同時に爆風がプラットホームの天井を破壊し、砕けた瓦礫が弾丸のように辺りに飛び散る。


「!」


 即座にカーバティが動いた。待合室の窓ガラスや天井を突き破って飛び込んできた瓦礫から、七人の子供達を腕と背中で庇う。カーバティの背中に瓦礫が強く当たったが、カーバティは子供達が怯えないように呻き声を我慢して飲み込んだようだ。


「痛い!」

「誰か助けて!」


 助けを呼ぶ声を受けて、アミは駆け回る。誰かがアミの腕を掴んだ。アミは散らかった救急セットをかき集めて、倒れている少女の傷を押さえた。


「イオ、止血を手伝って! この子はまだ助かるかも!」


 イオは必死にライトを出しながら、触手のような手足を伸ばして道具を出す。カーバティはプラットホームの崩れた天井の下から人を引っ張り出そうと、巨体で瓦礫を押し退ける。スキーピー達も涙目になりながら、命令ではなく周囲の叫びに応えて、必死に怪我人を助け始めていた。


 血の感触、煙と火花、焦げた臭い、悲鳴に破裂音、全てが五感を刺激した。現実感が遠ざかっていく。


「まだ生キテイル者がいる! 誰かコッチに来てクレ!」


 カーバティが叫ぶ。


 アミは耳鳴りのする頭を押さえながらフラフラと立ち上がり、また別の怪我人の下へ走った。血と埃にまみれた手でひたすら傷口を押さえる。必死に生を渇望する怪我人の最期を、アミはその手を握りながら看取った。


「アミ、自分はコノ場を離レル」


 瓦礫に囲まれた部屋の隅で、アミは包帯を巻く手を止めた。見上げるとカーバティとスキーピー達がいた。


「カーバティ、どこへ行くの……?」


 アミは自分の声が上擦って震えているのに気付いた。いや、アミは声だけではなく体全体が震えていることに気付いた。


 外では銃声と爆音が交じり合い、戦闘は激しさを増している。


 カーバティは一度アミの前に膝を突き、その大きな手でアミの手を包み込む。


「行かなケレバならナイ。ネオミュータントである自分ナラ説得が可能かもシレナイ。戦争を止メラレルかもしれない」


 イオも機械音で言葉を添える。


「カーバティの選択、イオも支持します」


 カーバティは深く頷き、アミの頬にそっと自分の大きな手を当てた。


「……戻る約束、して」

「必ズ」


 アミがそう願うと、カーバティは少し困ったような笑みを浮かべて返答した。


 その横で、スキーピー達三人も肩を並べて立っている。


「僕達も、行きます」


 アミが驚いてスキーピー達を見上げた。


 長男格のスキーピーは真剣な表情でアミを見つめる。


「研究所が敵ならば、クローン兵士の中に僕達の兄弟がいるはずです。説得ができるかもしれません。……僕達だけにできることがあるはずです」


 次男格のスキーピーと三男格のスキーピーもそれぞれ不安げな顔で、それでも小さく頷いた。


「帰ってきてね……」


 アミは声を詰まらせる。


「大丈夫、約束します。必ず帰ります」


 長男格のスキーピーは少し笑ってそう言った。


 アミとイオと子供達はスキーピー達とカーバティと一緒に駅舎の待合室から出る。そして駅舎の出入り口まで付いて行った。


 カーバティと三人のスキーピーは互いに目を合わせ、意を決したように駅舎の出入り口のシャッターを開けた。雨が降り、瓦礫と泥の広がる外へと一歩を踏み出した。その背中をアミとイオ、子供達が送り出した。

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