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第四章 不可思議な三人の子供、予兆 その三

 薄灰色の雲は重く垂れ込め、しとしとと降り注ぐ雨音が響く。雨水が廃棄された鉄道車両基地の屋根や錆びついた線路を濡らしていき、水たまりを作る。水たまりでは小さな波紋が広がっては消えていった。


 アミ達のいる車両は明るい笑い声で満たされている。


 スキーピー達は初めて作ったというパンを、誇らしげに皆に配っている。アミは小さくちぎって口に入れ、少し焦げた香ばしい味に頬を緩ませた。


「少し硬いけど、味は最高だね!」

「本当ですか!? 良かった。初めて作ったので心配で……」


 三男格のスキーピーはガッツポーズして喜んだ。


「あたしのパンよりずっと美味しいよ」


 アミの言葉にスキーピー達が嬉しそうに笑顔を見せる。七人の子供達もパンを頬張り、おかわりを要求していた。


 車両の中はそんな活気に満ちていた。


「スキーピー達はすっかり馴染んだね。最初の頃とは全然違うよ」

「はい。でもそれは僕達だけじゃありません。アミさんやカーバティさん、イオさんも変わったと思います」


 長男格のスキーピーが皆にそう言った。


「えっ。そうかな?」

「ええ。皆少しずつ柔らかくなったというか、表情が明るくなった気がします」


 カーバティは恥ずかしそうに首をかき、イオは納得したように目を光らせた。


 平穏な空気が壊されたのは、その直後だった。


 突如、終点町中のスピーカーから鋭い警戒警報が響き渡った。耳をつんざくような電子音が雨音をかき消し、平和だった空気を一瞬で凍りつかせた。


『警告、警告! 終点町の全住民に告ぐ! 町の周囲にネオミュータント及び軍用ミュータント犬、そして強化外骨格を装着した兵士の一団が接近中! 直ちに避難し、地下からの援軍を待て! 繰り返す――』


 アミは眉をひそめてその放送を聞いた。子供達は声を失い、顔色が青ざめていく。鉄道車両基地の中は沈黙に包まれた。


「イオ、お願い! 状況を確認して!」

「了解です!」


 イオがガタガタと震え、目の光が激しく点滅を始める。無線ネットワークを通じて情報収集を始めているようだった。しかしその直後、イオは突如として激しいノイズ音と共にフリーズした。


「……イオ?」

「未確認……データ……検出。ケンキュウジョ、研究所……け、研究……所……」


 イオが途切れ途切れに発したその言葉は、アミの背筋を凍らせた。これまで見たことのない異常な反応だった。


 スキーピー達三人が不安そうに顔を見合わせ、長男格のスキーピーが小さく呟く。


「研究所……。僕達クローン兵士を作った組織が動き出したのかもしれません……」


 長男格のスキーピーの声は震えていた。


 アミは驚きの表情を浮かべ、車両にいた全員が息を呑んだ。外では終点町の地面を濡らす雨音が不気味に響いていた。鉄道車両基地の外から複数の兵士の足音が近付き、声が聞こえ始める。


「住民は至急、駅舎へ避難を! 迅速に行動してください!」


 兵士の冷静な指示を受け、町の住人達が慌てて動き始める気配がする。


 鉄道車両基地の子供達は怯えて身を寄せ合い、スキーピー達はどうして良いか分からず不安げに周囲を見回した。カーバティはフリーズしたイオを抱えながら、鉄道車両基地の外の安全を確認するために跳び出した。


「行こう!」


 アミは不安を押し殺して立ち上がり、震える子供達の手を強く握った。そして子供達とスキーピー達に医療キットと拳銃を持たせ、カーバティの後を追うように慎重に鉄道車両基地の外に出た。


 駅舎へ続く小道には瓦礫と古い線路が無秩序に転がり、所々に壊れた標識が斜めに立っていて、打ち捨てられた貨車やサビだらけの自転車が並んでいた。冷たい雨粒がぽつりぽつりと落ちてくる。アミ達が歩く度、傘のない子供達の髪や服にも水滴が滴り落ちた。


 遠くで避難を急ぐ人々の声が微かに響き、駅舎の大きな出入り口に人々が集まっていた。多くの人の顔には恐怖と動揺が浮かんでいる。アミはその様子を見渡し、落ち着いた声で皆に語りかける。


「怖くないよ、大丈夫。皆一緒だから」


 アミは子供達の手を握り締めながら、何度も囁くような声で言い聞かせた。


 兵士の話によると、最新の強化外骨格を装着した兵士や獰猛なネオミュータントが終点町を取り囲み、じわじわと包囲を狭めているらしい。


「戦争が……始まります」


 三男格のスキーピーの声が震えていた。


 アミはゆっくりと頷いた。


 終点町にとって最大の試練となる戦争が、今まさに始まろうとしていた。

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