第四章 不可思議な三人の子供、予兆 その一
【サイド、アミ】
冬の終わりが近い、ある晴れた日のことだった。
終点町の鉄道車両基地はかつて多くの人と貨物を運んだ栄光の痕跡を残していた。今は錆びついた線路を縫うように雑草が生え、窓の割れた車両が並び、そこかしこに子供達が作った旗や看板、色褪せた落書きがひしめく。基地というより古い遊園地の廃墟めいて、どこか懐かしくどこか寂しい。
今日は週に一度の定例集会であった。
「じゃあ、均等になるように分けようね。欲張っちゃダメだよ」
アミと七人の子供達は貨車の陰やベンチの上、階段などに集まっておやつ分配会議の真っ最中だった。皆にとっておやつは珍しく、ご馳走だった。砂糖を付けて揚げたパンの耳やビスケットの欠片、干し果物の小袋が人数分になるように真剣な表情で並べている。
不意に、鉄道車両基地の外で車のブレーキ音が響いた。
子供達は顔を見合わせる。皆で一斉に、大きく開放された出入り口を振り返る。すると砂埃を巻き上げて、黒塗りの高級車がゆっくりと進入してくるのが見えた。傷一つない車体とピカピカのメッキが、荒んだ景色の中でいやに浮いている。
「な、何あれ……」
「すごい車……」
「まさか、お金持ちが攻めてきたの?」
怖がりの年下の子はそっとアミの袖を握った。
やがて車のドアが開いて男が姿を現す。身長はやや高く痩せている。真っ黒なコートの下にスーツを着て、茶色い革靴を履いている。サングラスをかけ、オールバックの髪だった。その人物は「銃紅心死」と呼ばれる暴力団の組長のサエジマであった。
「サエジマ組長さん。どうしたんですか?」
組長と聞いて子供達は小さく悲鳴を上げ、後退りした。さっきまでの賑やかさが嘘のようにしんと静まり返った。アミとアミの頭の上にいるイオ、そしてアミの隣にいるカーバティだけが勇気を出して一歩前に出る。
サエジマは周囲を見回す。
「ここが君の拠点か、悪くない」
サエジマは鉄道車両基地のあちこちを見て歩き回り、怯える子供達に挨拶をして、皆にチョコレートを配っていた。
「あの……」
「君のあの命懸けのポーカーを見てから少し考え方が変わってね。非効率なものにこそ価値があるのかもしれないと思い始めた。いや思い出した、かな」
サエジマはアミの中に、かつての自分が失ってしまった何かを見ているようだった。
「はぁ……」
アミはいまいち話が飲み込めない。
「少し前の話だがね。終点町を守る兵士が不可思議な子供の奴隷を三人捕まえた。その扱いに困っていてね。奴隷として使うこともできるが、私の趣味じゃない。そこで身寄りのない者も含めて子供達の世話をしている君を思い出して、君なら信じられると思って連れてきた」
「! そういうことなら、紹介していただいても良いですか?」
アミとサエジマは鉄道車両基地を一通り歩き回り、車の前に戻る。そしてサエジマが手でひらりと合図すると車のドアが開いた。
中から三人の子供が降りてくる。とても奇妙な三人であった。
アミは三人の前に立ち、中腰になって目線を合わせる。
「……三つ子さんかな?」
三人は同じ動きで順番に降りてきた。皆同じ髪型、同じ顔付き体付きだった。具体的には十歳くらいで小柄な体格、日焼けした健康的な肌、額で切りそろえた黒い前髪と丸い輪郭の顔には無垢な表情が浮かんでいた。三人は服装も同じで、古びたグレーのシャツにやや大きめのズボンとくたびれたブーツ、右腕には番号が記された白い布が巻かれていた。
「白い布……」
アミは町を消す人の噂を思い出した。
アミの胸に一抹の不安がよぎる。だが三人の腕に巻かれた布は真っ白ではなく、番号が振ってある。三つ子を識別するためのものだろう。それにまだ子供で、町を消すなんて物騒なことはできそうにない。気のせいだろうとアミは思った。
後ろの子供達は息を呑んで見つめる。
「鏡のようにソックリだ」
「一卵性の三つ子とイオは予想します」
カーバティとイオがアミの後ろでそう話す。
アミは困惑しつつも、順番に三人に声をかけようとする。
「えっと……貴方、お名前は?」
アミが右の子に話しかけると右の子はピンと右手を上げて、宣言した。
「スキーピー・バルボア!」
その反応を見て、イオのカメラアイが微かに光る。
「……この応答パターン、記録にある……? メモリ領域にアクセス、アクセス制限、管理者権限が必要です」
イオがアミの頭の上で何か独り言を呟いていた。この時のアミはそれがよく聞こえなかった。
「まるで軍隊みたいな挨拶だね」
アミは苦笑いをしてしまう。次にアミは真ん中の子の前に移動する。
「……じゃあ貴方のお名前は?」
「スキーピー・バルボア!」
真ん中の子も右の子と同様に、ピンと右手を上げて宣言した。
「……あ、へぇ、ふーん……」
同じ名前であった。いくら三つ子と言っても同じ名前を付けるだろうか? いや二人までなら偶然かもしれない。生き別れた三つ子で違う両親にたまたま同じ名前をつけられただけかもしれない。
アミは一抹の不安を抱えて左の子の前に立つ。
「えっと……その、貴方のお名前は?」
「スキーピー・バルボア!」
左の子も二人と同様に、ピンと右手を上げて宣言した。
「……」
アミは絶句した。最早三つ子のレベルではない。クローンという技術で作られたコピー人間だ。アミはそう確信した。
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「三つ子じゃなくて、同じ人形じゃないの!?」
スキーピー達は子供達に面白がられた。サエジマを怖がっていたはずの子供達も好奇心が勝って前へ出てくる。
「スキーピー!」
「はい!」×三
子供達の誰かがそう声をかけると三人がビシっと揃って手を挙げる。本当に同じ名前なのだとアミは呆然とした。
「耳引っ張ったら違いが分かるかな?」
「鼻の高さが微妙に違うかも」
そのように子供達はわいわい言い合いながら三人の周りを取り囲んだ。対し、スキーピー達はまるで機械のように同時に一歩下がり、困ったようにきょろきょろと狼狽える。
「君は本当に面白い。君に託して良かった」
サエジマが去り際、そのようにアミに話した。
アミはそのままサエジマを見送った。
「ハイ、スキーピー達が困っているから今日は解散! お開き!」
アミは子供達におかしを持たせて家へと帰らせた。そしてアミは飲食物の保管場所をスキーピー達に教え、寝床を整えてやる。
「また明日来るから、適当に楽にして過ごして」
そのように言い残し、アミもイオとカーバティを連れて家へと帰った。
そして朝が来る。朝の鉄道車両基地はまだ薄暗く、寝ぼけたような冷たい空気が漂っている。線路は結露でキラキラと光っていた。
遠くでカラスが一声鳴く。そんな静けさの中、アミはイオとカーバティと一緒にパンの切れ端と水を持って鉄道車両基地へ足を運んだ。
「……スキーピー達、ちゃんと過ごせたかな」
アミはほのかな期待を胸に、寝床を用意した古びた貨車の扉をそっと開く。
昨夜と変わらぬ暗がりの中、見慣れた毛布とマットの上に三人のスキーピーが並んで正座している。まるで昨日から全く動かなかったかのように、髪も服もピシリと揃ったままだった。目だけが時折キョロキョロと動いている。
「??」
アミは一瞬、目の錯覚かと思った。
「……え? 三人共……どうしたの? もしかして、寝てなかったの?」
「はい」×三
アミがそう問いかけると三人はピタリと同時にアミの方を向き、声を揃えて答える。アミは戸惑いながら今度は水瓶やパンの皿を見る。どれもそのままで減った形跡がない。
「ご飯も……食べてないんだ?」
三人はきょとんとしながら首を縦に振る。
「昨日、食べ物と水、それにトイレの場所も教えたよね?」
「はい」×三
返事はまた三重唱。外では他の子供達が少しずつ集まり、様子を見に来ている。
「寝てないって……嘘だろ」
「お腹減らないのかな?」
そんなひそひそ声が聞こえてくる。
カーバティは腕を組み、怪訝な顔で三人をじっと見つめている。イオもレンズを光らせて、スキーピー達の言葉を記録している。そうしてしばらく沈黙が続いた。その間に三人のうち一人、長男格と思われる子がもじもじと体を揺らし始める。膝のあたりをそわそわと押さえ、じっと我慢している様子だ。
アミはようやく気付き、近づいて声をかける。
「皆、どうしたの? もしかして……トイレ行きたいの?」
すると三人が同時に困った顔をして、視線を下げた。
「はい……でも、命令されていませんので」
長男格のスキーピーが答える。
その場にいた全員が一瞬固まった。
「命令待ち……?」
そうアミが呟き、カーバティも目を丸くする。イオだけは「命令プロトコル、従属条件……不明」と小声で言っている。
「……え、えーと……じゃあ、食べたり寝たり、トイレに行ったりも、命令されなきゃしないの?」
「感情は不要。命令は最適化された未来のためにあると教育されています」
「はい」×ニ
長男格のスキーピーがそう説明し、二人はまたぴったり声を揃え、頷く。
アミは思わず言葉を失った。
「……寝ないと疲れるし、ご飯も食べなきゃ動けなくなるのに……? トイレも我慢しちゃダメだよ。体に悪いよ」
「でも、任務外の行動は許可されていないので……」
「命令してもらえたら……トイレに行ける気がします」
次男格のスキーピーが少し不安そうな声で言った。続けて三男格のスキーピーが唇を震わせて情けない顔で俯く。
その間、貨車の外から見ていた他の子供達もざわめき出した。
「どうしてトイレに行かないんだろ」
「機械の人間なのかな」
怖がって隠れる子もいれば興味津々でそっと覗き込む子もいる。
アミは小さく息を漏らし、できるだけ優しい声で言った。
「じゃあ一緒にご飯食べて、水も飲もうか! トイレも……すぐ行ってきて良いよ!」
「了解!」
その瞬間、三人の顔がパッと明るくなり、軍隊のような掛け声で立ち上がった。スキーピー達は踊るように貨車から飛び出し、トイレへと全力疾走した。
「あの三人の姿を見ているとイオの中にノイズが走ります」
イオはスキーピー達を見て混乱しているようだった。
「……少し不思議な子達だもんね」
子供達はスキーピー達を面白がって笑っていたが、カーバティは複雑そうな顔だった。
「何カラ何まで命令待ち……。ドンナ過酷な生キ方をしていたのダロウ……」
アミはその言葉ではっとした。
確かこの子達は奴隷と言われていた。おそらく全ての自由を奪われて生きてきたのだ。それは大変な生き方だったはずで、アミの価値観からすれば不幸だ。だからこれからは好きなことを好きなだけできる生き方をさせてあげたい。そのようにアミはスキーピー達を思った。




