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第三章 少女の異常性、そして少女の器 その四

   【サイド、カーバティ】


 カーバティはお姫様抱っこでアミを自宅まで運んでいた。


 アミの身体は驚くほど軽かった。その小さな体から感じる脈の弱さに、カーバティは何度も足を止めてはアミの顔色を確かめずにはいられなかった。ゴミ山の細い坂道を足元に気をつけながらゆっくりと進む。


 ゴミ山の中腹にトタンや廃材を寄せ集めて作られたバラックがぽつんと建っている。屋根は波打ち、壁もいびつに継ぎ接ぎされていて、雨よけのビニールシートが風にばたついている。ここがアミの家だ。


 カーバティがアミを抱えながらバラックの扉を開ける。


 狭い室内、ちゃぶ台は片づけられ、代わりに身を寄せ合って毛布にくるまっている四人の子供達がいた。埃っぽい空気の中、子供達は息を潜めてアミの帰りを待っていたようだ。そうしてカーバティの大きな影が差し込むと一斉に顔を上げて、近寄ってきた。


「アミ姉ちゃん!」


 子供達は恐る恐るカーバティに近づき、カーバティの腕に抱かれたアミの姿を見る。すると子供達は感情が溢れて泣いてしまった。


 カーバティはそっとアミを布団に寝かせ、その額に冷たいタオルを載せる。イオが横にやってきて、何やら体温や脈を計っている。


 カーバティはしばらくアミの寝顔をじっと見つめていた。呼吸は浅く、唇はまだ少し青白い。もしここで何かあったら、そんな不安が胸に渦巻く。だがやがてアミの瞼がかすかに動き、ゆっくりと開かれた。


「アミ、目が覚めタカ……」


 カーバティは自分の声がかすれていることに気づいた。イオも安堵の声を上げる。


「アミ様、意識回復を確認。現在、体温三十六度八分。貧血症状残存、無理は禁物です」


 その言葉に子供達が次々とアミの傍に集まり始める。


「アミ姉ちゃん! 僕、帰ってこれた!」

「ごめんね、アミ姉ちゃん……」


 泣き出す子供の頭を、アミは弱々しい手で撫でていた。


 その光景を見て、カーバティはようやく胸の中の重いものが溶けていくのを感じた。アミが生きて戻り、子供達も無事だ。それだけで何もかもが救われた気がした。


「皆を助けるために、あたし達を導いてくれたのはイオだよ……。イオにお礼言って」

「イオ先生ありがとう!」


 子供達は小さなイオを胴上げして喜んだ。


「それと皆を助けるために最初にカチコミに行こうとしたのはカーバティね……。あたしとイオを拳銃から守ってもくれた。カーバティにもお礼を言って」

「ッ!」


 カーバティは子供達に警戒されているので、子供が困るのではと思った。


「カーバティ大好き!」


 だが、その心配は不要だった。四畳半の狭い室内で、子供達はカーバティの巨体に飛び付いて抱きつく。子供達はカーバティを仲間として受け入れてくれたようだ。


「皆……モウ遅いから、今日はちゃんと帰ッテ休ムンダ」


 カーバティは優しく子供達とじゃれあいながら、声をかける。子供達はアミの枕元で小さく礼を言い、それぞれの家へと帰っていった。部屋に静寂が戻るとカーバティとイオはそっとアミの手を取る。


「本当に、よく頑張ッタ……」


 カーバティの胸には安堵と誇らしさ、そして少しの心配が入り混じっていた。


「それで、聞キタイことがアルのだが……」

「ん?」


 アミは布団に寝かされたまま、不思議そうに首を傾げる。


「ポーカーで何がアッタのか、教エテ欲しい。ソウしないと今晩は眠レナイ……」

「あぁ……」


 そのことかとアミは納得したように頷く。


「ポーカーを始めてすぐ、あたしおかしなことに気がついたの」


 カーバティは目を細める。


「オカシナこと?」

「最初は本当に気のせいだと思った。偶然、イオの赤外線カメラを通して配られたカードの裏を見ていたら、何枚かのカードにだけ薄っすら線が浮き出て見えたの。本当に小さなスジ。最初はただの傷か、ゴミが付いているのかと思った。だけど……何度か見ているうちに、どうしてもおかしいって確信したんだ」


 イオが即座に補足する。


「不可視インク、ですね。赤外線カメラなら判別可能。カジノ業界で古くから悪用されるイカサマの手法の一種です……」

「五十二枚のうち、八枚だけ。二つの数字で四枚は縦に、四枚は横に、目印みたいな傷。ディーラーはそのマーキングを見て、カードを配っていたと思う。だから時々、あたしにも強い手が来ることがあった。ポーカーって大きく勝つためには相手も良い手で勝負させる必要があるでしょ?」


 カーバティが腕を組み、低い声で唸る。


「イカサマ……ディーラーが、手札を操ッテ……。でもアミは自分ノ手札以外は触レられナイ。どうやって打開ヲ?」


 アミは頷きながら、小さく指を動かす。


「まず要らなくなって脇に置いたデッキ交換前の山から『マーク付きエース四枚』と『マークなし二を四枚』を抜き出したの。それで自分の手札しか触れないけどカードを多めにチェンジしてフォールドして、時間を稼ぎながらデッキ交換後の『マークなしエース四枚』と『マーク付き二を四枚』をバレないようにすり替えた。すごく、すごく緊張した」


 イオは息を呑むような電子音を鳴らす。


「あるカードを抜いて同じカードを補充しているだけ。マーキングを考慮しなければ全く意味のないすり替えです。イカサマとは言えないと思います」

「そう。それですり替えに気づけるのはイカサマをしていた人だけ」


 だから勝負の後にサエジマは「イカサマはしていない。そう言う他にない」と言ったのだ。カーバティは感心とも呆れともつかぬ感情でいっぱいになる。


「……ソレデ最終戦、ディーラーはイカサマでサエジマ組長に十のフォーカード、アミに二のフォーカードを配ル心算デあった。……しかしアミはイカサマを逆手ニ取ッテ仕掛ケ、エースのフォーカードに……」


 アミは小さく笑った。


 その笑みに対し、イオが心配そうに声を落とす。


「ディーラーがカードのすり替えに気づく危険性がありました。最後にアミ様が手にするカードがフォーカードではない可能性もありました。……かなり穴のある策略です。何か一つでも歯車がズレればアミ様の命が……」

「うん。でも、それしか……本当にそれしか、皆を助ける方法がなかったから」


 アミを見ながらカーバティは考える。アミは相手の思惑を看破し、相手の思惑に乗りながら、相手の思惑の上を行ったようだ。命が懸かった局面でそんな大胆な真似ができるだろうか。ましてや自分の利益のためでなく、他者の救済のためなのだ。


 何をどうすればこんな人間が生まれるのか皆目見当がつかない。常軌を逸しているとカーバティは思った。


 カーバティは大きな肩をすくめ「天晴」と言った。


 アミははにかむように笑った。


「本当にはちゃめちゃな世の中だよ。だってさ、仲間から追放されるし、ゴミ山に捨てられたりする。昨日まで一緒にいた友達が次の日には消えていることだって珍しくないし、電池が切れただけで明日を迎えられなくなる子もいる。薬一つ欲しいだけで盗みを働くしかなくて、大人は見て見ぬ振り。地上じゃゴミや汚染だらけで地下じゃご馳走と光が溢れているのに、誰もその壁を越えられない。正しいことをしたくても、暴力が全てを決めることもある。……本当に、先が見えない真っ暗闇。でも――」

「……」

「……」


 イオとカーバティはアミの言葉を待つ。


「……でも、あたしはそんな暗がりを照らして導く灯になりたい。……二人がいてくれればできる気がするんだ」


 そのように、弱っているはずのアミは力強く言う。


 イオはカメラアイを優しく点滅させ、カーバティは黙ってアミの手を包み込むように握った。奇妙な友情を確かめ合い、より強く結ばれた。

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