第六話『偽りのバッジ』
天城リオナ――被験者ナンバー1。
彼女に会えば、この“記憶移植”計画の出発点が見えてくる。
そう思って指定の倉庫街に向かった俺を出迎えたのは、銃と、警察手帳だった。
三丁目の廃倉庫街。夕方五時。人気はないが、風の音だけはよく通る。
予定通り、「第3貯水路跡」の前に立った。
そして、一歩足を踏み出した瞬間――
「動くな。手を上げろ」
背後から鋭い声。冷たい鉄の感触が首筋に当たる。
「……刑事課、日向駿一。警察手帳は右の内ポケットだ。確認してもらって構わんが……撃つならその前に名乗ってくれよ」
「確認済みだ、日向。問題はお前が“何を嗅ぎ回ってるか”だ」
ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、俺と同じ警官の制服に身を包んだ、見覚えのある顔だった。
「……お前、公安の南条じゃねぇか」
「ご名答。だが今のお前には“敵”かもな」
南条光一。公安の特別対策班に所属する男で、頭脳派で有名だった。
だがこいつは、正義感より任務の遂行を優先するタイプだ。
「三咲涼子の件だな。お前、彼女をどうするつもりだ?」
「保護か、それとも“始末”か。……まあ、あいつの頭の中身に興味がある奴は多い。民間も、軍も、警察内部ですらな」
「はっ、まるで映画みたいだな」
「だがこれは現実だ、日向。……忠告しておく。“No.1”には関わるな。天城リオナは今、別のコードネームで動いてる。その正体を知れば、お前は後戻りできなくなる」
「――なら、俺はもう手遅れだ」
そのとき、倉庫の裏手に気配が走った。
南条がわずかに目線をそらす。俺はその一瞬を逃さなかった。
――足払い。
南条のバランスが崩れたところで、右腕を取って地面に叩きつける。
「ぐっ……相変わらず荒っぽいな、お前」
「褒め言葉として受け取っとく」
南条を転がしたまま、俺は走り出す。気配のした方向へ。
その先に、赤いコートの女が立っていた。
「……三咲か?」
「違う。天城リオナよ」
全く別人だった。
三咲と違って、背は高く、金髪のショート。無機質な笑みを浮かべている。
「なるほど、“中身”は同じでも、“姿”は変えられるってわけか」
「違うわ。“記憶”を変えられても、“意志”までは奪われない。私は私の意思でここにいる。三咲涼子を助けるために」
「理由は?」
「彼女は“最後の正常個体”だったの。私の知る限り、唯一“暴走”せずに記憶を保っていられる被験者。――だから、組織は彼女を“消そう”としてる」
「その“組織”の名前は?」
「……“ノクス”。元は国防省の外郭団体よ。今は、裏であらゆる兵器開発に関わってる」
ノクス――夜、闇。
名前からしてろくでもねぇ。
「奴らは今も、街の地下で動いてる。実験場は閉鎖されたけど、データは生きてる。三咲を守りたいなら、先に行動しないと手遅れになる」
「……協力してくれるか?」
「ええ。でも条件がある」
「なんだ?」
「一つだけ。私に……銃を貸して」
その目は、冗談じゃなかった。
警官の皮を被った敵、公安の警告、そして姿を変えた“ナンバー1”の登場。
闇は深く、そして広がっていく。
次回、第7話『暗号名:NOX』――
組織の名が明かされたとき、街の表層が音を立てて崩れ始める。