第四十三話『笑う警官たち』
黒煙の正体は、人間の欲望だった。
戦いの混乱に乗じて街を支配しようとする武装集団。
しかし、日向ハルトと仲間たちは決して退かない。
彼らは「警官」として――そして「仲間」として、最後の戦いに立ち上がる。
焚き火の赤い光に、銃口が幾つも光った。
日向ハルトは、恐怖よりも苛立ちを覚えていた。機械との死闘の果てに、ようやく得た静寂を、また人間の欲望が踏みにじろうとしている。
「お前ら、もう十分だろ」
ハルトは笑みを浮かべたまま言う。
「機械に怯えて生きる時代は終わった。なのに今度は人間同士で血を流すつもりか? ……笑わせんなよ」
傭兵崩れの男たちは、一瞬たじろいだ。だがすぐに口々に叫ぶ。
「口先だけの警官が何を守れる!」
「俺たちがこの街を仕切る! 従うやつは生き残れる!」
その声にかき消されるように、別の音が響いた。
――人々の足音だった。
広場から、負傷した市民や子どもを支える者たちが次々と駆けてきた。先頭に立つのは楓で、ミカドを支えながら声を張り上げる。
「この街は渡さない! 機械にも、あんたたちにも!」
群衆の後ろからは、老人が杖を突き、子どもたちが瓦礫を投げる準備をしている。武器らしい武器はなくても、その目は生きていた。
リオナが呟く。「……みんな、来てくれた」
ナズナは口元を歪め、銃を構えた。
「こりゃあ、俺たちだけの戦いじゃなくなったな」
南雲は低く言う。「市民を背にして撃てる奴はいない。……奴らの心を折るんだ」
ハルトは深く息を吸い、煙草を口にくわえた。火を灯し、紫煙を吐く。
「聞け! 俺たちは警官だ! 笑って街を守る、それが俺たちの仕事だ! こんな連中に怯える必要はねえ!」
その声に呼応するように、市民たちが叫ぶ。
「街を返せ!」
「俺たちは生きるんだ!」
「もう奪わせない!」
傭兵崩れの男たちは動揺し、銃口が揺れる。彼らは「支配できる弱者」を想定していたが、目の前に立つのは「笑う警官」と団結した市民だった。
一人が引き金を引いた。
銃声が瓦礫に反響する。リオナが即座に遮蔽物から反撃し、弾丸が男の足元を弾いた。ナズナは素早く回り込み、銃を弾き飛ばす。
南雲は冷静に狙いを定め、相手の肩を撃ち抜いた。
だが――決定打は市民の声だった。
子どもたちの泣き叫ぶ声、老人の怒声、母親たちの叫び。
「この街を返せ!」
「出ていけ!」
その圧力に、傭兵たちは耐えられなくなった。
一人、また一人と武器を放り出し、瓦礫の奥へ逃げていく。残った者たちも、次第に膝をつき、抵抗を諦めた。
静寂が訪れた。
焚き火の炎だけが、かすかに揺れている。
ハルトは煙草を吸い、吐き捨てるように言った。
「終わりだ。ここは俺たちの街だ」
リオナが肩で息をしながら笑う。
「ほんと……あんたって、バカみたいに笑ってばかりね」
ハルトは笑った。
「そうだろ? でも、その笑いがなきゃ、やってられねえ」
人々が笑い始めた。泣きながら、笑いながら、互いに抱き合う。
その輪の中に、確かに「街」が息を吹き返していた。
銃撃よりも、人々の声と団結こそが勝利をもたらした瞬間です。
「笑う警官」は一人ではなく、仲間と市民すべてを指す存在となりました。