第二十一話『夜を統べる者』
クラウド・ゼロの中枢に通じる“鍵”を手に入れた日向たちは、ついに都市政府第七庁舎へと潜入を図る。
だが、そこに待っていたのは、情報管理庁の最強の警備システム、そして……ある女の影だった。
夜の帳が落ちる中、光なき真実が牙を剥く。
第七庁舎。
都市でもっともアクセスが制限された建造物のひとつ。
ガラスと鉄骨でできた無機質な構造は、まるで巨大な墓標のように夜空にそびえ立っていた。
「……入り口のパス、通ったわ」
リオナがノートパッドを閉じる。
侵入ルートの制御は完了した。だが、内部に足を踏み入れるのは初めてだ。
日向はジャケットの中に拳銃をしまい込みながら、ぼやいた。
「なあリオナ。今から言っても遅いけどさ……ここ、マジでヤバいとこなんじゃねぇの?」
「今さら遅いわ。警告してもあんた聞かないし」
「うん。だよな。俺、バカだし」
「知ってる」
二人はひっそりと笑い合いながら、重い防火ドアを押し開けた。
薄暗い廊下。無音。監視カメラの死角を縫って進む。
だが、異常に気づくのは早かった。
「……静かすぎる。何か、おかしい」
リオナの目が鋭くなる。
庁舎の警備は、セキュリティドローンが巡回しているはずだった。だが、ここには一台もいない。
「歓迎されてる、ってわけでもなさそうだな……」
日向がそう呟いた直後、――空間が歪んだ。
廊下の先、突如現れた黒い影。人影。それは音もなくこちらへと歩み寄ってくる。
「誰……!?」
リオナが警戒して後退した。
影が明かりに照らされる。
現れたのは、長い黒髪と高級スーツに身を包んだ――一人の女性だった。
「……久しぶりね、日向クン」
日向の顔色が変わる。
「……あんた、なんで……!」
「覚えてない? 私、国家情報庁第六課・局長代理。名倉マリア。あなたの“かつての上司”よ」
マリアはにっこりと笑った。その笑顔は美しく、そして底知れなかった。
「君たちが手に入れた“鍵”……あれ、わたしが意図的に流したの。クラウド・ゼロに本気で近づく存在が欲しかったから」
「……利用する気だったのか、俺たちを」
「もちろん」
あまりにも素直に答えるマリアに、日向は毒気を抜かれたようにため息をついた。
「マジかよ。女の好み、もっと真面目に見直すべきだったかもな……」
「そうしても、あなたはきっと“真実”に惹かれるのよ。危険で、甘くて、毒のような正義に」
彼女がスーツの内側から取り出したのは、携帯用の神経毒注射器。
細く、銀色に光るその針先が、リオナの首に向けて放たれ――
――だが、銃声がそれを遮った。
日向が撃ったのは天井の非常警報用センサー。
スプリンクラーから水が降り注ぎ、警報が鳴り響く。
その隙に、リオナが飛び出してマリアの腕を払い、注射器を地面に叩きつけた。
「……あら、やるじゃない」
マリアが楽しそうに微笑む。
「さあ、ここからが本番よ。クラウド・ゼロの中枢、“第七データコア”へようこそ」
その背後の壁が、音もなく開いていく。
日向はリオナを見た。
リオナも頷く。
「行こう。あの笑顔の裏にあるもの、ぶっ壊すまでな」
その一歩の先に、都市の“真実”が待っていた。
旧知の上司・名倉マリアとの再会。
その裏に見え隠れする陰謀と謎、そして加速する陰謀。
次回――第二十二話『第七コアの扉』




