第十九話『記憶は硝煙のなかに』
記憶保管庫を目前にして、公安部隊の襲撃を受けた日向とリオナ。
時間はない――だが、真実はここにある。
命懸けの「一分間の攻防」が始まる。
閃光弾が炸裂し、クラウド・ゼロの純白の空間に影が踊った。
銃声。金属の叫び。リオナの静かな呼吸。
「……あと30秒……!」
リオナは中央の記憶球体に手を添えたまま、微動だにしない。
彼女の網膜にだけ、数百万件の極秘データが流れ込んでいた。
一方――日向は、たったひとりで公安特機隊の前に立っていた。
「国家機密保護法違反の容疑で、君たちを拘束する。投降しろ!」
黒い装甲服の男がマイク越しに叫ぶ。
だが日向は、にやりと笑った。
「おう、そっちは“法”かもしれんけど、こっちは“人間”やってんだよ」
次の瞬間、銃弾が飛び交った。
日向は跳ねるように床を転がり、敵の足元を狙って撃ち抜いた。
伏せた状態から跳び起き、壁に背をつけて息を吐く。
「なあに……こちとら雑用係だ。毎朝コーヒー運んで、書類にハンコ押して、迷い犬追っかけてた男が、ここでヒーロー気取りってか……ふざけんなよ……」
それでも。
彼は立ち上がった。
リオナのために。
そして、自分自身のために。
「終わりました……!」
リオナの声が届いたとき、ちょうど銃声が止んだ。
日向の銃は空だった。身体のあちこちが打撲と擦過傷で痛んでいた。
だが彼は、最後まで引かなかった。
「よっしゃ……じゃあ逃げよっか」
リオナが駆け寄り、彼の肩を抱える。
「まだアクセスしてる間に、記憶の一部をこっちに転送しました。これで都市の“中枢”とつながる情報は確保できたはず」
「じゃあ今度は俺らが逃げる番だな。ほら、ダッシュだよリオナ嬢ちゃん!」
二人は転送トンネルへ駆け込む。
クラウド・ゼロの空間が爆破処理に入り、白い光が彼らの背中を照らした。
間一髪、トンネルを抜けた先は、廃駅となった地下鉄のホーム。
だが、そこには一人の男が待ち構えていた。
黒のスーツ、艶やかな白髪、冷たい瞳――
「よくここまで辿り着いたな。日向警部補、そして……リオナ・カグラ」
その声を、日向は知っていた。
「……お前、まさか……!」
男は口元だけで微笑むと、名乗った。
「警察庁・特別監査官、神城昴。君たちの記憶データは没収させてもらう」
ついに姿を現した“真の敵”――神城昴。
公安よりもさらに上、国家の意志を代弁する男が現れたとき、日向とリオナの逃走劇は、国家との戦いへと変わっていく。
次回、第二十話『神の名を持つ男』